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第62話 最後の計画

 アルミナ王国を覆っていた、私の結界。


 赤く美しい輝きを放っていたはずのそれが……黒く、澱んだ。


「これは……結界が!?」

「ジュリーナ、これはいったい?」

「わかりません! ただ、結界が……弱まって……!」


 今までになかったことだ。結界に直接、何かをされている。瘴気を受けて弱まるのともまた違う、まるで結界そのものを根底から否定されるような……嫌な気配がする。


「貴様なにをした!? 言わなければその首捩り切るぞ!」


 サッちゃんがクラックの首に手を掛けて凄むが、クラックはまったく動じていなかった。


「どうぞ。こうなった以上私がどうなろうと計画は完遂です」


 淡々と語るクラック。本気で自分の命などどうとも思っていない目をしていた。


「心配せずともすぐにわかります。ちょうど、来たようですしね」


 来た? その言葉を訝しむ間もなく。


 突然、ガシャン、というガラスが割れる音にも似た甲高い音が、私の頭上から響き渡った。


 見上げると、頭上の結界に穴が開けられていた。さらにそこから、クラックとは別の魔族が姿を現した。


 魔族は周囲に真っ黒な宝石を無数に従えていた。しかもこちらへ向かう内にもその数がみるみる内に増えていく。あれは瘴気の塊……危険だ。


 魔族が腕を振るうと、黒い宝石たちが私たち目掛け降り注いだ。


「お主ら下がっていろッ!!」


 飛び出したのはサッちゃんだった。両腕を竜のそれへと変じ、青い鱗で宝石を受け止めていく。


「うおおおッ!」


 そのまま魔族にも一撃を加えようとしたところで、魔族はひらりと身を翻してそれを交わす。


 さらに黒い宝石はクラックの方へと降り注ぎ、彼を拘束していた『蒼の魔石』を砕いてしまった。すかさずクラックが飛び起き、翼を広げて空へと脱した。


 クラック、そして今現れた魔族の2人が宙で並ぶ。現れた方はクラックと比べると一回り若く見えた。しかしその目は鋭く私たちを見ていて、今の立ち回りといい、クラックと変わらず危険な存在であることは否応なしにわかった。


「彼がクラックの仲間、ニックか……いや、それより、結界が……!」


 フェルドが上を見上げ、私もそれにならった。


 ニックが現れた場所の結界は砕かれ、穴が開いてしまっていた。


 これでは瘴気を防ぎきれない。クラックたちの目的が果たされてしまう。


「ニック、ご苦労。さすがの手際ですね」

「ああ……すべて、終わった」

「ええ、これですべて終わりです」


 クラックとニック、並び立つ魔族たち。


 彼らの企みがなんなのか、結界に何をしたのか、わからない。だがやることは同じだ。


「そちらから来てくれたのは好都合だ」

「クラックの傷は深い……万全とはいかないでしょう」

「何度でも叩きのめしてやるまでよ! ジュリーナ、お主も頼むぞ!」

「はい!」


 魔族が揃ってしまったが、逆にこれでこの場の戦いに集中できる。パイロの言った通りクラックの傷は深く、私の『聖女の光』のダメージもある、脱出こそしたが戦える状態ではないだろう。つまり敵は実質ニック1人。


 結界から漏れ出る瘴気も、ここにいる皆には私の加護が施されているので問題はない。『蒼の魔石』もまだある、もう一度、今度はニックをやっつけて、その後に対処を……


 そう考えていた時だった。


「う、あっ……?」


 ぐらり、と地面が揺れる。


 いや違う、地面が揺れてるんじゃない、私自身がふらついたんだ。


 足元から揺さぶられるような眩暈、私は立っていられず膝をついた。


「う!? う、ああ……!?」


 さらに激しい胸の痛みが私を襲う。胸の奥が焼けるように熱く、ズキズキと響くような痛みが走り、胸から全身を駆け巡った。


「ジュリーナ!? どうしたんだ、大丈夫か!?」

「わ、わかりません。ただ、フラついて……胸が、痛くて……!」

「い、いったいなにが……クラック、君たちの仕業か!?」


 フェルドの問いかけに、クラックはあっさりと頷いた。


「その通りです。正確にはニックの手によるもの」

「何をした!? 答えろ!」

「皆様もよくご存知の方法ですよ。結界を張ったのです」

「結界、だと?」


 苦しみに耐えつつ私もクラックの話に意識を向ける。彼らが何をしたのか、知っておかなくては……!


「聖女の結界が『紅の宝玉』の自然魔力によって成されるように、瘴気が宿す魔力によって結界を作り出すことができるのです」

「悪しき魔力による結界……そんなものが……」

「とはいえジュリーナのように簡単ではありません。十分な量の瘴気を蓄えた上で、結界を張る場所を囲うようにしてあちこち巡り……ようやく結界が成り立ちます。私が待っていたのはそれです」


 魔族の結界。私の、聖女の結界と対を成すような、邪悪な魔力による結界か。


「ジュリーナの能力は恐るべき物がありますが、片や手元にある分だけの『紅の宝玉』を使った一時しのぎのもの、片や収束した瘴気をふんだんに使って生み出されたもの……ここまで条件を整えれば、魔の結界も聖女の結界に勝るのです」

「それで結界が弱まり、さらには瘴気をぶつけて砕くことができたのか……! だ、だが、ジュリーナの身に起きていることはなんなんだ!?」

「それも考えればわかること。これは魔の結界。聖女の結界の中で我々が衰弱する、その逆のことが今起きているのです」


 その説明で合点がいった。


「なる、ほど……魔族の結界は、聖なる魔力を持つ私に……効果を発揮するんですね」


 胸の奥が痛いのは、私の中の魔力が反応しているからだ。私の結界が瘴気を弾くように、魔の結界が私の中の聖なる魔力を拒絶している。それで、私だけがこうして苦しんでいるというわけだ。


「ジュリーナ! 無理に喋らないでくれ、すぐに僕たちが奴らを……」

「『紅の宝玉』を使ったらどうですか?」


 私を慮るフェルドの言葉に、クラックが口を挟む。


「いかに私たちの結界があろうとも、宝石の聖女たるジュリーナならば『紅の宝玉』の力で跳ねのけられるはずです。その手の『紅の宝玉』を使えば、たやすく復帰できるでしょう」


 クラックの言う通りだ。私は魔術師じゃないので魔力自体はそう多いわけじゃない、あくまで私の力の源は『紅の宝玉』。そこに宿る魔力を扱う力が秀でていたからこその宝石の聖女だ。


 だがその分、『紅の宝玉』を使いさえすれば大抵のことはなんとかなる。実際、クラックがたちが苦労して仕掛けた結界による悪影響も、『紅の宝玉』を使えばたやすく跳ねのけられるだろう。


「ジュリーナ、それができるならすぐに!」

「い、いえ、それは……できません」

「な、なぜ?」

「この、『紅の宝玉』は……フェルドたちのためのものだからです」

「僕たち? ま、まさか……」

「フェルドたちにかけた加護も、私の結界と同じく……魔族の結界で、弱まっています。掛け直さないと、いけません……!」


 私がフェルドたちにかけている加護も、基本的には聖女の結界と同じものだ。よって魔族たちの結界によって弱まってしまっている。まして今はじわじわと瘴気が流れ込んでいる、このままではすぐにでもフェルドたちを瘴気が襲う。


「僕たちのことはいい! すぐに自分を……いや……そうか、僕たちが瘴気を受けてしまえば……」

「ええ……それこそお終いです。私もフェルドたちも、クラックたちに……殺されてしまいます」


 結局、私には『紅の宝玉』が必要だ。クラックたちはそれを知っていて、徹底的にそこを突いてきたのだろう。


 と、その時。


「え、ええいこんな奴ら! とっとと打ちのめしてしまえばいいのだッ!!」


 サッちゃんが業を煮やし、クラックへと飛び掛かった。一度クラックの身を切り裂き深手を負わせたその腕が魔族たちへと迫る。


 が、それをあっさりと受け止めたのは、重傷を負っているはずのクラックだった。


「なっ!?」

「先ほどまでは聖女の結界による弱体化がありました。それもなくなったということですよ!」

「ぐっ」


 クラックがサッちゃんを押し返す。そう、これで彼らは結界による抑制が解かれ、本来の力を発揮し始める。クラックの傷もだんだんと塞がり始めていた。


 傍らのニックも口こそ開かないが臨戦態勢だ。あの黒い宝石を展開し、いつでも迎撃できる構えをとっている。


「言ったでしょう。この時点でもう、我々の計画は完遂された。サッピールズの襲来もジュリーナによる結界も想定内。あとは結界の中も瘴気で満ち、ジュリーナに限界が来るのを待つのみなのです」


 そうクラックは勝ち誇った。今度は時間稼ぎではなく、表情こそ無感情なままだったが、計画の完遂を喜び饒舌になっているように見える。逆に言えば、それだけ彼にとってもう状況は決定的ということなのだろう。


「ですが念のため……皆様にはここで死んでいただきましょう。その遺体を使えば、オーソクレースを落とす際にも利用できそうですしね」


 クラックが明確な殺意を放つ。回復しつつあるクラックに万全のニック、対しこちらはやがて瘴気によって死に行く状態。私も『聖女の光』による援護はできない。


 どうすれば……苦しむ胸を抑え、必死に考えていたその時。


 救世主は、意外なところから現れた。

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