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第60話 奇襲

 私たちは聖女候補の子、ルーシュから『紅の宝玉』の残りを譲り受けた。だがすでにかなり小さくなってしまっており、当然この国を覆う瘴気を浄化するには足りない。もっとも元のサイズだったとしても足りはしなかっただろうが……


 私たちはすぐ王城を後にした。次の手を打たなくては。


「クラックたちはサッピールズと戦わざるを得ないはずだ」


 歩きながらフェルドと話す。


「もし彼らがサッピールズを放置したならむしろ有難い。彼にオーソクレースとアルミナを往復してもらって、『紅の宝玉』を運んで来てもらえばいいからね。逆にクラックたちはそうさせないようにサッピールズを殺しにかかるしかないだろうね」

「なるほど……!」

「きっと今頃戦闘が始まってる、だからまず彼と合流して……」


 そうして話している、その時だった。


 突然、フェルドが剣を抜いた。パイロもだ。そのことに私が驚いた次の瞬間。


 ガキン、と激しい衝突音がして、フェルドとパイロが私の背後に立っていた。恐る恐る振り向くと、そこにいたのは……


「防がれましたか」


 黒紫色の肌、白目のない真っ黒な目、頭には角、背には蝙蝠に似た羽……フェルドの話にあった魔族、クラックだ。


 クラックは鋭い爪を持つ手で突きの構えをとっており、それをフェルドたちに防がれた格好だった。フェルドたちがいなければ、私の体は貫かれていただろう。


「ハッ!」


 フェルドが雄叫びを上げ、クラックの腕を押し返した。すかさずパイロが追撃に入るも、クラックは翼を広げて空へと脱した。


「ジュリーナ、こっちへ」

「は、はいっ」


 フェルドに促され、その片腕に抱かれ身を縮める私。さらにその前にパイロが入り相手を牽制する。


 抱かれつつ、私はあらためてクラックを見た。


 私は魔族を見るのは初めてだ。孤児院にいた頃、絵本で呼んだ記憶はあるが、それはあくまでおとぎ話の悪役としての存在。それがこうして目の前にいるとなると、不思議な非現実感と、緊張感が胸を鳴らす。


「あなたが、クラック?」

「ええ、お初にお目にかかります、ジュリーナ様。はるばるオーソクレースからようこそおいでくださいました」


 悠長に語り挨拶するクラック。丁寧さがどこか不気味だった。


「あなたも遠くからいらっしゃったのでしょうね。お土産を差し上げるので帰っていただけませんか?」

「そういうことなら喜んで頂戴いたしましょう。あなたと隣の方の首などは素晴らしい土産になります」


 ひえっ、おっかない。こうもはっきりと殺意を向けてくる相手は初めてで、私は思わずフェルドの腕にしがみ付いていた。


 フェルドは毅然とクラックに対峙してくれている。


「戻ってきていたのか、クラック。サッピールズよりも先に、ジュリーナを消しに来たか」

「はい」


 あっさりと答えるクラック。冗談でないのは間違いなさそうだ。


 この魔族、クラックはたしかもう1人の仲間と共にサッちゃんを襲い正気を失わせたという相手にして、今回の件の黒幕。空気が張り詰めるのを感じた。


「やはり君でもジュリーナの力は怖いか。警戒していないと言っていたはずだけど?」

「ええ、警戒はしていません。『紅の宝玉』がない聖女など恐れるに足らず。ですからその今の内に、死んでいただこうと思いましてね」

「本当かな? ジュリーナが張った結界、君にとっては非常に厄介なはずだよ。瘴気を防ぐのもそうだけど、君はここでは……」


 その時だった。


「そこかあッ!!」

「おっと」


 突然、猛烈な勢いでクラックに飛び蹴りをかました者がいた。人間態のサッちゃんだ。空から勢いよく下りてきたようだ。


「くっ……」


 クラックは両腕を交差させてそれを受ける。だが受けきれなかったのか吹き飛び、近くの壁へと衝突した。ガラガラと壁が崩れ、クラックが埋もれる。


「フン! 我から逃げられると思うなよ。ジュリーナ、無事か?」

「サッちゃん!? え、ええ、おかげさまで」

「サッピールズ、ここまでの経緯を聞いてもいいかな。すでにクラックと戦っていたのか?」

「うむ、国のすぐ外で仲間と何やら話していたが、その後に仲間と別れて国に舞い戻ってきてな。そこを仕掛けたのだ! 瘴気はジュリーナのおかげで平気だったが、奴がちょこまかと鬱陶しく我の懐に潜り込んだりなどしてきたのだ。そこで、小回りの利く人の姿となり戦っていたのだ。パイロとの訓練のおかげよな! だが途中、ふいに奴が消えたために追いかけ、見つけたのがお主らの前だったというわけだ」

「仲間と合流……なのに1人で戻ってきた、だって?」


 クラックの行動の不自然さにフェルドが首をひねる。だがその理由まではまだわからない。


「どういうわけか奴め、我と戦った時よりはるかに弱っておるぞ! 動きも鈍く力も弱い! これならば容易く仕留められそうだ」

「それはそうでしょうね、だってここ、結界の中ですもの」

「結界?」

「ああ、今、ここはジュリーナの結界の内部だ。本来なら魔族は入ることすらできないはずだ、クラック自身が言っていたからね、アルミナに結界が張られていた頃は近づくことすらできなかったと」

「ほほう!」

「恐らくは今、外に満ちている濃い瘴気を吸収し力を上げたことで、なんとか結界内部への侵入はできたのだろう。だが結界の中ではその力は大きく弱まってしまっている……さっきの一撃でわかったよ」


 そうか、クラックは魔族、瘴気をエネルギーにする存在。今この国には私が張った結界がある、邪悪な魔力を防ぐ結界だ。その中で魔族のクラックが万全でいられるはずはない。


「ご明察」


 とその時、声と共に、瓦礫の中からクラックが復帰してきた。


「今、私の力はかなり弱まっています。さすがに本物の聖女の結界……恐るべきものですね」


 パンパンと埃を払いつつそう語るクラックだが、体には傷ひとつついていなかった。弱体化していてこれだ、やはり一筋縄ではいかなさそうだ。


「なのになぜ戻ってきた? 僕ならみすみす結界に入らず、結界の外でサッピールズを待ち伏せして、そのまま結界の外で仕留め切るか、そうでなくとも瘴気でアルミナを囲い続けて『紅の宝玉』の枯渇か僕たちの飢死を待つ。なぜ危険を冒し、あまつさえ1人で戻ってきたんだ?」

「なるほど、その作戦は思いつきませんでしたね、さすがはフェルド王子です。ニックは逃げてしまいました。この期に及んで恐れをなしたのでしょう、嘆かわしいことです」

「また時間稼ぎか? 何を企んでいるのか知らないが……どの道、君を制圧する他はなさそうだ」


 明らかにクラックの行動には何か裏がある。だがそれを知る術がない以上、戦うしかない。


「僕はジュリーナを守るから、パイロ、サッピールズ、悪いけど任せたよ」

「うむ! 望むところよ!」

「かしこまりました」

 

 そうして、クラックとの戦いが始まった。

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