第58話 するべきことは
「で、私は何をすればいいんですか?」
「やってもらうことは単純だ、いつものように瘴気を浄化して貰えばいい。ただ問題は、そのための『紅の宝玉』がないことなんだ」
「なるほど。ここまで強くなった瘴気だと、『紅の宝玉』なしでは浄化は難しいですものね」
私が来たときにもすでに張ってあった結界で瘴気は防ぎ、完全に密集してしまうことは防げているが、それでも異常と呼べる濃度の瘴気がアルミナ城郭を覆ってしまっている。瘴気は濃くなれば濃くなるほど浄化が難しい、ここまでの規模となると私でも『紅の宝玉』が必須だ。
「一応まだネックレスの宝玉が残ってますけど……これだけじゃ足りませんね。アルミナに残っていた『紅の宝玉』はないんですか?」
「それが、残っていたものはほとんど例の魔族たちが持ってきた偽宝玉だったみたいなんだ。本物もわずかにあったかもしれないが……」
「うーん、でも、国中全てを探し回ったわけではないんですよね?」
「それはそうだね、時間もないし、その方法もなかったから。仮にあったとしても、君がいなければ一時しのぎにしかならなかっただろうしね」
「じゃあ、大丈夫かもしれませんよ!」
私は胸のネックレス、そこに飾られた『紅の宝玉』に指を添える。結界のためにずいぶん小さくなってしまったが十分だ。
宝玉を指でトーン、トーンと突く。わずかな魔力が波のように放出され広がり、それが結界と共鳴する。
「……うん、大丈夫。国内に『紅の宝玉』はあります!」
ぽかんとするフェルドたち。これを見せるのは初めてなので説明が必要だろう。
「自分で張った結界の中なら、私の魔力感知はかなり精度が上がるんです。特にこうやって『紅の宝玉』の魔力をちょっとずつ出して、結界に響かせると、結界の中の『紅の宝玉』はだいたいわかります。結界の中はいわば私の庭ですから」
「おお……! すごい力だね」
「うふふ、お褒めに与り光栄ですわ」
調子に乗ってカーテシーなんてしてみたり。こんな状況だが、やはりフェルドに褒めてもらえるのは嬉しい。
「じゃあすぐにそれらを集めよう! 場所はわかるかい?」
「はい! えーっとちょっと待ってくださいね」
再び宝玉をトーントーンと突く。魔力に意識を集中させ、その場所を特定する。おおまかにしかわからないが、その情報を元に近づけばより詳しくわかるので安心……
「……え? これって……」
だが、様子がおかしい。感じ取る『紅の宝玉』の気配には異常があった。
「どうしたんだい?」
「『紅の宝玉』が……動いています。かなりの速度で……国内の、他の『紅の宝玉』のもとへ」
「なんだって……?」
「動いている『紅の宝玉』はかなりの量が集まっています。誰かが『紅の宝玉』をかき集めて……他の『紅の宝玉』も集めている、ように感じます」
どういうことだろう、これは。
「私の他の聖女候補の子たちが、自分から動いて『紅の宝玉』を集めてくれているんでしょうか?」
「どうだろう、僕が話した感じそこまで動ける子はいなかったように思えるが……」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってください!」
今度は明確に、異常なことが起こった。
「今、『紅の宝玉』を集めていた人たちが……け、結界から、出ちゃいました!」
「くっ、そういうことか!」
それでフェルドは状況が理解できたようだった。
「『紅の宝玉』を集めているのはクラックたちだ! ジュリーナの到来を察知してか元々そのつもりだったのかはわからないが、抜け目なく国内に残った『紅の宝玉』を集めて持ち去るつもりなんだ……!」
そういうことか。先手をとられてしまったらしい。だがそれがわかっても、この移動速度では到底追いつけない。
「ジュリーナ、国内の『紅の宝玉』は今持ち出されたので全部かい?」
「い、いえ、王城に少し……」
「それだけか……くっ、ジュリーナを警戒していないとはこういうことか……!」
が、そこで。
『そのクラックとやらが、例の男どもだったな?』
それまで大人しく待っていてくれたサッちゃんがニヤリと笑った。
『ジュリーナ! 方角を教えろ』
「あ、あっちです!」
『礼を言う! さあ、雪辱を果たすとしようぞ!』
サッちゃんはそう言うと翼を広げ、空高く飛び去った。その速度は私を乗せていた時とは比べ物にならないほど速い。サッちゃんなら魔族たちに追いつけるだろう。
「無茶だ! 彼は一度、あの2人に完敗を喫しているはずだ、単独で向かわせては……」
「大丈夫です! ここに来る前に、サッちゃんにも私の加護をかけてあります! 前のようにはいきませんよ」
ドラゴンのサッちゃんなら並大抵の瘴気は平気とはいえ、明らかに異常な濃さの瘴気に突っ込むことになる今回、出発前に念のため加護をかけておいたのだ。
『蒼の魔石』の魔力に覆われたサッちゃんに効くかは少し心配だったが……サッちゃん曰く『馴染んだ』そうなので、きっと大丈夫なはずだ。
「なるほどわかった。じゃあ僕たちもそちらに……いや、まずはアルミナ王城へ向かおうか」
「王城へ? なぜ?」
「実は『紅の宝玉』をひとつだけ持ってきていたんだ、それは今、聖女候補の子の1人に託してある。君が来る前から張ってあった結界がそれだ。その宝玉はまだ残っているかもしれない、返してもらって、今は少しでも君の力にするべきだろう。ジュリーナ、王城に入るのは大丈夫かい? アルミナ国王や大臣たちもいるけど……」
「大丈夫ですよ! むしろ私の姿を見せて、これから助けてやるんだぞってアピールしてやります!」
「なるほど、たしかにそれがいいね。国民も君が来てくれたことを知ればパニックが収まるかもしれない……よし、行こう! パイロ!」
「かしこまりました。ジュリーナ様、失礼」
「わっと、お、お願いします!」
いつかのようにパイロが私を背負う。この方が絶対に速いからだ。
そうして私たちは真っ直ぐにアルミナ王城へと向かった。
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アルミナ王城に着いた私たちはまず、驚愕で迎えられた。
「ジュリーナ!?」
「い、いやジュリーナ様!」
「な、なんと、なんと……!!」
私の姿を見たアルミナ王城の兵や使用人たちは一様に目を丸くした後、なぜか涙を流し、跪いたり崩れ落ちたり、バンザイをしたりした。
「奇跡だ! 奇跡が起こった!」
「ジュリーナ様が……聖女様がお戻りになった!」
「ありがとうございます! ありがとう、ございます……!!」
私を追放した時とはずいぶん態度が違う。フェルドに聞いたところ、もう助からないとほとんどの人が絶望していたそうなので、その反動なのかもしれない。
調子がいい人たち。ま、この期に及んでなお悪女め、追放したはずだ、出ていけ、なんて場違いな台詞を吐かれるよりはいいけれど。
ここはむしろ……
「皆様、お久しゅうございます。もうご安心を、この宝石の聖女ジュリーナが、この国を救って差し上げますわ!」
私はそう言って皆を煽り立てた。おおおおおっ、と、歓声が上がる。うーん気持ちがいい。ここで印象付けておけば、終わった後の報酬の話もスムーズにいくはずだ。もっとも恩知らずなアルミナ国民はすっとぼけるかもしれないが、その時はフェルドと、あとそうだサッちゃんにも協力してもらおう。
ま、今はそれより。
「フェルド、その子というのはどちらに?」
「いや待って、それよりも……アルミナ国王はどこだ? それに家臣の姿がずいぶん少ないように見えるが……まさか」
たしかに国王の姿は見えない。いつもふんぞり返っていた玉座に姿はなく、また王を取り巻いていた家臣たちもごく少数を除いて顔が見えなかった。
「……逃げたのか!? この期に及んで、国民を見捨てて……!」
「ま、あの国王たちならしょうがないですよ」
「バカな、有事に国の中枢が一番に逃げてどうする!? 国民のパニックは加速するばかり……第一、逃げ場なんてどこにも……」
「フェルド、今はそのことを話してもしょうがないでしょう?」
王族としての責任感と気位に溢れるフェルドには相当なショックだったのだろうが、私からすればさして意外でもなかった。彼らならそういうこともするだろう。
「私たちは私たちのするべきことをしましょう。例の子はどこに?」
「あ、ああ、それもそうだね。こっちだ」
フェルドが宝玉を預けたという聖女候補の子のもとへ。それが済んだらサッちゃんの方へ加勢だ。最悪、私も魔族と戦うことになるだろう。フェルドは心配するだろうが……準備はしてきた。
ま、逃げ出した王様には平手打ちを一発追加してやろう。そんなことを考えつつ、私たちはアルミナ王城を急ぐのだった。
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