第57話 反撃開始!
それはフェルドたちがアルミナへと出発した翌日。
「今頃、フェルドはアルミナ王と会ってるのか……大丈夫かなあ」
私はフェルドを心配しつつ自室で紅茶を飲んでいた。なんだか最近ずっと茶飲みばっかしている気がするが、今は自室で大人しくしているのも私の役目。
「フンフン、我はやはりこの草の香りのする茶よりも菓子の方がいいな。ジュリーナ、そっちのもくれんか?」
「ダメ」
「ぐぬぬ」
茶飲み相手はサッちゃんだ。護衛も兼ねている。
「穏便に済めばいいけど……」
その時だ。
ゾクリ、という悪寒が私の背をなでた。
「えっ!?」
思わず振り返る。視線を向けた先……瘴気の気配を感じた。
「ジュリーナ、どうした?」
「ちょ、ちょっと待って……!」
意識を集中させより詳細に感じ取る。この方角はたしかアルミナ王国がある方……距離は遠い……こんな遠くの瘴気、普段ならいくら私でも感じ取れない。だがこの瘴気の量、濃さは……異常だ!
そもそもアルミナ王国には結界がある、こんな瘴気が急に出現するなんて絶対にありえない。アルミナで、何かが起こったのだ。
交渉決裂? いやそれでアルミナの結界が消えて瘴気が出るなんて経緯が想像できない。こんな、国を滅ぼしかねないほどの瘴気……とにかく異常事態ということしかわからない。
正直、アルミナは別に滅んだっていい。追放された時点でもう国も国民も守ってやる義理はない。
だがアルミナには今、フェルドやパイロ、オーソクレースの兵士たちがいるのだ。
「……サッちゃん!」
迷いは一瞬。
「お願いがあるのっ!」
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そうしてサッちゃんに乗せてもらい、アルミナまで一直線にやってきたってわけだ。
勘違いなら途中で引き返せばいい、と思っていたが、アルミナに近づくごとに瘴気の気配は強くなり、それがアルミナ王城へと迫っているのもわかった。いよいよ異常事態だと、サッちゃんと共にアルミナ王国へと急ぎ……
サッちゃんの目がフェルドたちを捉え、魔物たちに襲われているとわかったので、ズドンと一発やってもらったわけだ。
「フェルドたちがご無事で何よりです」
私はサッちゃんの背から降りる。ここまでけっこう必死にしがみ付いていたのでくたくただが、どうやら休んでいる場合ではなさそうだ。
「状況はよくわかりませんけど……とにかく、私にお任せを!」
迫る瘴気、辛うじて張られた結界、王国内に侵入した魔物たち。
まずは魔物の侵入を防ぐべきだろう。そう判断した私は宝玉を握りしめた。久しぶりに、宝石の聖女の本領発揮といこう。
「『祝福』!」
『紅の宝玉』の魔力を抽出・純化、そして昇華させる。私へと宿った聖なる魔力を、天高く掲げた手から放出。
たちまちそれは王国を覆っていた薄い結界に呼応。一瞬結界が光り輝いたのち、赤色に輝く結界を新たに作り出した。
「これでひとまず、魔物が入ってくることはありません」
すでに結界が張られていたおかげで、それを強化するだけでよかったのでスムーズに済んだ。規模も最低限なので『紅の宝玉』も半分くらい残ったし。
「本当に……すごいよね、君は」
フェルドは私を見て、驚きを通り越して呆れたような顔をしていた。
「君がここに来てしまったのは複雑だけど……まずはありがとう、ジュリーナ。また、君に命を救われてしまったね。奇しくも同じ相手だ」
『こらフェルド! このデカミミズを退治したのは我だぞ!』
「ああごめんねサッピールズ、君もありがとう。よくジュリーナを連れてきてくれたね」
『うむ!』
「え、というか命って言いました? そこまでギリギリの状況だったんですか?」
「うん、まずは状況を説明しようか。ちょっと長くなるけど……」
フェルドが説明する。アルミナ王城での出来事、クラックという魔族、偽宝玉の効果と偽結界……
「ま、まさかそんな事態になっていたなんて」
『フェルド、ではそのクラックとやらとその仲間が……』
「ああ、君を襲った2人組だ。偽宝玉を作るために君の鱗を利用したんだろう」
『奴らがいるのだな? この国に!』
「どうだろう、必ずまた現れるとは思うけど……ジュリーナ」
フェルドが真剣な顔で私に向き直る。
「ここからは、君に決めてほしい」
「え?」
決める? 何をだろうか……
「放っておけばこのアルミナ王国は滅び去る。この国を救えるのは君だけだ。でも君に、この国を救う義理はない……そうだろう?」
「ええ、そうですね。まったくありません」
別にこのままフェルドたちと一緒にサッちゃんに乗って帰ってもいいのだ。サッちゃんには事前に加護もかけてある、瘴気を抜けて帰るぐらいは簡単なこと。
「フェルドは、この国を救いたいと?」
「……可能なら。もちろん僕もこの国はあまり好きじゃないけれど……ほとんどの国民は君の追放に関わったわけじゃないし、できる限り助けてあげたいんだ」
「優しいですものね、フェルドは」
「よしてくれ、そうしないと寝覚めが悪くなるってだけさ。」
助けないと後味が悪い、だから助ける。自分のためでもあるが、そう思ってしまうのは優しいからだろう。
「それに、アルミナが瘴気に沈めばオーソクレースにも悪影響があるはずだ。魔族の策略がアルミナだけで終わるとも限らないしね。そういう意味でアルミナを救うことは僕らにとってもメリットなんだ」
そう語るフェルド、こちらの理由も彼の本心だろう。そういう合理性を重んじる人だ。
だったら私の返事は決まっている。
「わかりました、救いましょう」
「もちろん君が嫌なら……え?」
「アルミナ、救ってあげますとも」
私は胸を張って答えた。きょとんとした顔のフェルドがなんだか愉快だった。
「い、いいのかい? だって君は……」
「別に助けなくてもいいですけど、他に理由があるなら助けてもいいと思いますよ。私だって、お隣が魔界なんておっかない場所になるの、嫌ですし」
アルミナは嫌いだけど、フェルドが言ったように関係ない国民も多いし、アルミナを救うことはオーソクレースにとっても必要なこと。だったら手を貸してあげよう。
「ただし!」
だがかといって、無条件で救ってやるわけにはいかない。
「終わったら、アルミナからたんまりと見返りを貰ってやります!」
ギブ&テイク。国を救うなんて大仕事、相応の報酬を貰って当然だ。
恩知らずのこの国だがなんとかして絶対にぶんどってやる。やりたいこともあるんだ。
「お金もそうですけど……いっぺん、あの王様の頬をベッチーンと引っぱたいてやります! 国を救ったならそれぐらい許されると思いませんか?」
「あ、ああ、そうかもね」
「でしょ! その時はフェルド、交渉の協力お願いしますね! 私たちがアルミナを救ったんだってこと認めさせて、報酬貰って、色々と謝らせた上でベッチーンです! きっとスッキリします!」
なんだかんだ追放後、ことあるごとにアルミナでのことが頭によぎり嫌な思いをしてきた。だったらここで、アルミナ救出にかこつけてその清算をしてしまうのが私にとってもいいと思ったのだ。
王様に謝らせた上で平手打ちなんて本来とんでもないことだが、国を救った見返りならば許される……はずだ。ギブ&テイク、ギブが大きいならテイクでちょっと無茶言ったって構うまい。
「ふふふ……あははっ!」
フェルドは私の提案を聞いて大笑いした。まあ、王様を引っぱたきたいなんて言えば無理もないか。
「すごいね、ジュリーナは。うん、わかった、もし全て無事に済んだら、君の望み通りになるよう僕も協力するよ」
「はい、よろしくお願いします!」
とにかくこれで方針は決まった。
アルミナを救う義理も義務もない、目当ては報酬ただそれのみ。
だけど本来そういうもの。宝石の聖女の力、見せてあげようじゃないか。
聞けば散々好き勝手やってくれたという魔族。私の到来は彼らの計算通りか否か? まだわからないが……とにかく。
反撃開始!
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だが、結果から言えば。
王を引っぱたいてやるという私の望みは……叶わずに終わることとなった。
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