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第56話 フェルドの足掻き、そして

 絶望に打ちひしがれ、あるいは保身に走る王や貴族たちは捨ておき、僕たちはまだ絶望していない者たちを集め、この危機への足掻きを始める。


 まず確認したのは国内の『紅の宝玉』だ。もし『紅の宝玉』が残っているならば、聖女候補の子たちによって結界を張ってもらえる。長くはもたないだろうが今はそれでもいい。


 が、そううまくはいかなかった。


 アルミナ国王は以前、アルミナ国内の『紅の宝玉』をひとところに集めていたらしい。さらにそこにクラックたちが持ち込んだという偽物の『紅の宝玉』も合わせ、それなりの数を蓄えていたそうだが……


 僕が確認に行った時、そこにあったのは黒く染まった石の山だった。『紅の宝玉』の成れの果てだ。


「クラック……やはり対処していたか」


 クラックの仕業だろう。こうなることを見越して偽物に細工をしていたに違いない。あるいは彼が注意を引いている隙に仲間が何かしたのか。


「君、この石を浄化して元に戻せるか?」


 『紅の宝玉』の保存場所へと案内してくれた、まだ冷静さを保っていた聖女候補の子に聞いたが、彼女はすぐに首を横に振った。


「ふ、不可能です。この石からはもう、瘴気しか感じません……」


 やはりクラックがそんな簡単な対処法を残すわけもないか。


 だが彼だって全てを見抜いているわけではない。誤算は必ずある。


 たとえば……僕の懐にしまわれていた、ひとつの小箱。


「それじゃあ、これを使ってくれ」


 聖女候補の子に中を開いて見せる。中には大ぶりの、『紅の宝玉』が入っていた。


「え! フェ、フェルド様、これは?」

「君らの王様の贈り物だけど、返すために持ってきていたんだ。本来の交渉で、これを盾にあれこれ言われても困るからね」


 厳密には贈り物そのものではなくそっくりのサイズの本物の宝玉だ。偽物を突き返すよりも交渉には効果的だろうと考え用意したのだが、まさかこんな風に役に立つとは。


 ふと、ジュリーナのことを思い出す。彼女に言われて一休みしていなければ、これを用意する時間もなかっただろう……偶然だろうが、これも彼女のおかげと言えた。


 だが、これさえあれば全て解決とはいかない。


「結界は受ける瘴気の強さに対して弱まっていくんだったよね。この宝玉でどれくらいもたせられる?」

「お、おっしゃる通りです。このサイズの宝玉でも、今迫っている瘴気の強さでは……城郭のみに範囲を絞っても、一日もつかどうか……」

「一日か……」


 結界を定期的に張り直さなくてはいけないのは、効果時間もそうだが何より瘴気を受けるごとに結界の力が弱まっていくから。当然、瘴気が強ければ強いほど結界もすぐに摩耗してしまう。


「そ、それに、弱まった結界では瘴気は防げても、魔物の侵入は防げません!」


 本質的には魔力でしかない瘴気と違い、魔物には意思がある。意思を持つ相手の侵入を拒むには、かなり強い結界が必要となるわけだ。


「お役に立てず、申し訳ありません……」

「いや十分だ。この状況でよく正直に報告してくれたね、ありがとう」

「フェルド様……」


 僕が持つ聖女の力と結界の知識と照らし合わせても相違ない。彼女はかなり正確に目算してくれたのだろう。


「君にお願いする。アルミナ王国の城郭に結界を張って、瘴気から皆を守って欲しい。念のためこの宝玉は隠し持って、どこかの部屋に隠れているんだ。パニックになった人々に見つかったら無理やり奪われるかもしれないからね」

「は、はい! わかりました! が、がんばります……!」


 今、瘴気への恐れと絶望から混乱する者が『紅の宝玉』を見れば、その浄化の力に縋ろうと奪いに来る者もいるだろう。聖女の力を行使できる者が持ってこそ、という理屈も今の状況では通じるかどうか。


 あまり考えたくはないが、アルミナの貴族の中にはこの期に及んで宝石の金銭価値に目が眩んで奪いに来る可能性もあるわけだし……


「フェ、フェルド様は、いかがなされるんですか?」

「僕も僕にできることをするさ」


 その時ちょうどよく、


「フェルド様、兵士たちへの呼びかけが終わりました」


 と、パイロが戻ってきた。


「ごく少数ですが呼びかけに応じ、協力を約束してくれました」

「ありがとうパイロ。早速だけど次の仕事だ、この石を運ぶぞ!」


 瘴気に覆われ真っ黒に染まった宝玉たち。宝玉としては役に立たないが、それなら別の役目がある。


「他の人が近寄ると瘴気に侵される危険がある、僕らが運ばなくちゃならない」

「かしこまりました。運搬先は?」

「そうだな……西門だ、そこがいい。幸い荷車がある、2人でなんとかなりそうだ」


 この作戦がどこまで有効かはわからないが……できる限り足掻く。


 ひとつの、奇跡を信じて。


────────────────────────────────


 作戦はこうだ。


 アルミナ王国は城郭都市、王城のある街は堅牢な城郭で囲まれている。聖女および結界のシステムが確立する前に作られたもので、今では主に人の出入りを管理するためのものだが、作り自体は堅牢でしっかりと魔物の侵入を防いでくれることだろう。


 しかし今は四方八方から魔物が迫る状況だ。いかに城郭があろうといつかは突破されてしまうし、対処しようにもあちこちに魔物が散っては手に負えない。


 そこで、瘴気に覆われた宝玉の出番。魔物は瘴気に惹かれる、真っ黒になるほど瘴気に侵された宝玉たちは、多少なりとも魔物を引き付けてくれるはずだ。


 あの聖女候補の子の結界によって一時的にせよ瘴気を弾くことができればその効果は尚更高まる。これによって、魔物を一点におびき出そうというわけだ。


「なんとか間に合ったか」


 西門のそばにある広場。普段は門を通ってきた旅人や商人を迎えるべく出店などに溢れる場所なのだろう。だが今は、置かれた黒い宝玉を除き閑散としている。


 周囲も静かだ。アルミナ兵の誘導により市民たちは避難済み。家の間を吹き抜ける風の音だけが、妙に大きく聞こえた。


 ここにいるのは……僕とパイロの2人だけだ。


 他の兵士たちは戦えない。魔物は非常に強い瘴気を受けた状態で現れるため、近付くだけでリスクが高い。ジュリーナの加護がある僕たちだけで戦わざるを得ないのだ。


 オーソクレースから連れてきたパイロの部下たちには同じく加護が施されているが、彼らには打ち漏らした魔物が王城へ向かった時の対処のため、西門と王城を繋ぐ道の途中で待機して貰っている。元々数が少ないのもあり、これで手一杯なのだ。


 たった2人で、国を滅ぼさんと大挙する魔物を相手にする。どこまで戦えるだろうか。生還の望みは、限りなく薄い。


「パイロ、付き合ってもらって悪いね」

「何をいまさら。俺とあなたの仲でしょう」

「それもそうか。君となら、なんとかなるような気もするよ」

「俺もそんな気がします」


 僕たちは笑いあった。不思議とあまり緊張はなかった。


「……来たようですよ」

「ああ」


 僕たちに魔物を感じ取る力はないが、それでもわかる。なぜなら……ずしん、ずしんと、地鳴りが近づいてきたからだ。


 開かれた門から魔物たちの顔が覗く。獣に似たもの、スライムのような不定形のもの、形も大きさも様々。空を飛ぶ魔物も確認できた、誘導が成功したということだろう。


『グオオオオーーーーーッ!!』


 獣型の魔物が咆哮と共に襲い来る。それを皮切りに、魔物の群れが波のように僕たちへと迫った。


「さあ、行こうか」

「はい」


 僕たちは剣でそれを迎えた。


────────────────────────────────


 戦いが始まった。


 次々に押し寄せる魔物。それを片っ端から切り伏せる。


 時に真正面で、時に攻撃をいなした隙をつき、時にパイロと協力して、群がる敵を黙らせる。


 幸いなこともあった。いかに莫大な瘴気に導かれたといっても、元々アルミナ領内に魔物はいなかったため、やってくる数には限りがあったようだ。


 僕とパイロで問題なく戦えた。元々パイロは小型の魔物ならばまるで問題にしない実力があるし、僕も彼に鍛えられた身、彼ほどじゃないが腕に覚えはあった。


 また瘴気につられてやってきたからか、その移動速度によって到来に波ができたのもよかった。足の速い魔物から順にやってきて、移動する内にばらけていたのだろう。手に負えない数を一度に相手どる、といったこともなかった。


 これならば。


 そう、わずかな希望が芽生え始めた時……それは、やってきた。


────────────────────────────────


「フェルド! 下です!」


 戦いのさなか、パイロが叫ぶ。


 それと同時にグラグラと、大地が揺れ動いた。魔物たちが起こす地響きとは明らかに別物だ。


 地中に……何かいる!


『ゴボオオオオオオオッ!!』


 けたたましい唸り声と共に、それは僕たちの背後の地面から飛び出してきた。


「うっ!?」

「おっと……!」


 慌てて距離を取り、その姿を見る。


 それはまるで天を突く塔。それは飛び出た勢いが収まった後、全身を地中から這い出し……放射状の牙が並んだ醜悪な顔を、僕たちへと向けた。


 全身が岩の様な外皮で覆われた、巨大なミミズのような姿をした化物。その姿に見覚えがあった。


「こいつは……!」


 忘れもしない、あの日。


 ジュリーナと初めて会った日……結界の調査に赴いた僕たちの前に突然現れ……


 辛くも撃退したものの、ジュリーナと出会わなければ命を落としていたほどの重傷を負わせてきた、強大な魔物。


「『サンドワーム』!」


 ワーム種の魔物の中でも特に強大で、鋭利な牙で地中を掘り進み、また尾からは電撃も放つ凶悪な魔物。


 あの時、痛み分けの形になり、こいつも全身に傷を負い血を流しながら地中に消え去った。あの傷で助かったのか? あるいは別個体?


 考えている暇はない。


『ギュボオオオオオッ!』

「くっ!」


 サンドワームの口から液体が噴出され、僕は辛くもそれを避けた。液体が当たった地面が溶解し、シューシューと音を立てる。まともに喰らえばひとたまりもない。


 一瞬でも油断したら命を落とす。間違いなくここまでで最大の敵だ。


「あの時のリベンジ……と行きたいところだけど……」


 僕は後ろをちらりと覗く。サンドワームは僕たちの背後に現れたため、今、僕たちは門を背にしてしまっている。そこから現れる魔物とサンドワームに挟まれる形だ。


 まずこれをどうにかしないといけない……と、いうより。


「フェルド様。これは……」

「ああ、かなりまずいね。宝玉を食べられてしまった」


 サンドワームが現れた場所は僕たちの背後というより、あの黒く染まった宝玉を置いておいた場所だ。瘴気の性質上、ひとところにまとめておいた方が魔物を誘導できると思い固めていたのが裏目に出た。


 サンドワームもまた瘴気に惹かれ、地中から一直線に宝玉を狙い……一口で呑み込んでしまったのだ。もっとも宝玉が狙いを引きつけなければ呑まれていたのは僕たちだったろうけれど。


「もう宝玉で誘導はできない。いずれ城郭の全方角を魔物が襲う……」


 作戦は崩壊した。僕たちだけであらゆる方向から襲い来る魔物の対処はできない。他の兵士たちの手を借りても不可能だろう。


『グオオオ……』


 さらに悪いことにサンドワームは僕たちから顔を背けた。向いたのは王城がある方向。なんらかの感覚器官で、そこに大勢の人間がいることを察知したのだろう。2匹の小さなエサよりもそちらに注意が向くのは当然だ。


「パイロ! とにかくまずはこいつを止める!」

「御意に……!」


 サンドワームが王城に到達したら、目を覆うような光景が待っている。それだけは阻止しなければ。


『グボオオオッ!』


 だがサンドワームはもうその牙を広げて地中に潜ろうとしていた。地中から王城を目指されたら止めるすべはない。


 ここまでか……思わずそう思った。


 その時だった。


『フハハハハハハハハハハハハハーッ!!』


 突然、聞き覚えのある高笑いが、はるか上空から響いた。


『ギュゴォッ!?』


 さらに直後、僕の目の前のサンドワームが、青く輝く巨体に踏みつぶされた。激しい振動と風圧に、思わず身を屈める。


 風圧が収まり、あらためて目を開き目の前の光景を確かめる。


 目を疑った。絶望的な状況に、幻覚を見ているのかと思った。


『蚯蚓風情が! 我の足で踏んで貰えることを光栄に思えっ!』


 踏み倒され動かなくなったサンドワーム、その上に雄々しく立つのはドラゴン、サッピールズ。


 そして彼の背には……


「フェルド! 大丈夫ですか!?」


 その目。その声。僕が間違うはずがない。


 僕の聖女……ジュリーナが、そこにいた。


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― 新着の感想 ―
パワーを持て余していたさっちゃんにようやく晴れ舞台が! 真打ちの最強聖女も揃って、いよいよ王都防衛戦クライマックスか 気が早い話だけど、戦後処理でバカ王と幹部がどのように扱われるかが気になります。 …
なんか大逆転の目算が有るのかと思いきや、駄目元とは・・・。 一国の王子としてやるべきことは、素早く自国へと帰還して情報共有と対策を練ることだと思うけどね。 まぁ物語の展開上そうしたくないのはわかる。
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