第51話 クラックの正体
「この国が、滅びるだと……!? クラック、何を言っている? どうしたというのだ!」
アルミナ国王がクラックに食って掛かる。怒りよりも困惑が強いようだ。
「おっと申し訳ございません、冗談です」
クラックは何食わぬ顔でそう言って姿勢を正し、すまし顔で佇む。
「どうぞ、わたくしのことはお気になさらず、フェルド王子とのお話を続けてください」
「そ……それで済むわけがなかろう!? ふざけているのか!」
「流石に騙されませんか。あなたならひょっとしたら、なんだ冗談かと言いくるめられるかと思ったのですけどね」
紳士風の出で立ちのその男は、明らかな悪意を持って言葉を発していた。アルミナ国王を弄んで楽しみ、その下卑た感情を隠そうともしない。いやむしろ、あえてアピールすることで相手をおちょくっているように見えた。
アルミナ国王は愕然としていた。理解が追いつかない顔だ。まさに、クラックのペースに乗せられていた。
「クラック、といったね」
「おやフェルド王子、ええその通りです。自己紹介が遅れました、わたくしクラックと……」
「君だね? サッピールズを襲い、鱗を奪っていったというのは」
クラックのペースに乗せられないよう、言葉に割り込んでズバリと突き付ける。確証は何もなく、これは単にカマを掛けただけだ。
この追求にクラックがどう反応するのかを見たかった。なぜフェルドがサッピールズのことを知っているのかと動揺するのか、それは知っていて当然と動じないのか……クラックは何を知っていて、何をしようとしている? 揺さぶりをかけて確かめたい。
「ええ、その通りです。さすがはフェルド王子、素晴らしい慧眼をお持ちですね」
クラックはそう言ってパチパチと拍手をした。
あっさり認めた……いや違う、これはただ適当な返事をしただけだ。僕の側になんの確証もない、ただのカマ掛けと見抜いている。なにせこちらは肯定されたところで、それが嘘かどうか確かめる方法がない。
だが適当な返事といえど、得られる情報はある。あえてとぼけたりせず、あっさり認める形にしたのは、僕からのさらなる追求を誘っているに違いない。その意味するところは……
「時間稼ぎか」
このタイミングでの行動。おちょくるような言動、質問を誘う態度。目的はそれしか考えられなかった。注目を集め、時間稼ぎあるいは陽動を狙っている、と。
「……ほう」
僕の一言に、クラックはそれまでとは異なる反応を見せた。
その顔に浮かべた笑みの質が変わる。先ほどまでの道化師にも似た笑みから一点、微笑んでこそいるが、落ち着いた、知的さを滲ませるものとなった。
「やはりあなたは油断なりませんね、フェルド・オーソクレース」
その語り口もそれまでとは打って変わってごく静かなものへと変わった。
どうやら先ほどまでの態度は、僕たちをおちょくり怒りを煽るまたは混乱させることが目的だったらしい。
僕に効かないと見るやすぐに態度を変えた……いや違う、アルミナ国王と、他の家臣や兵士たちが、その豹変ぶりにまた目を白黒とさせている。今の態度は普段のクラックからも遠いものなのだろう。
実に効果的に、クラックはこの場の空気をかき乱している。
「しかしあなたとて……そこから先はどうしようもないはずだ」
クラックは落ち着いていた。
彼の言う通りだ、言葉巧みに時間を稼ごうとしていることはわかったが、その結果何を待っているのかまではわからない。情報が足りなすぎる。時間稼ぎが目的とわかっても何もできない。
「フェルド様……俺が行きますか?」
パイロが耳打ちする。たしかに時間稼ぎが目的なら、すぐにでも制圧するのが得策だろう。彼のアルミナでの立ち位置がわからない以上は問答無用の制圧はリスクはあるが、今の状況は明らかに異常事態、それを無視してでも踏み切る意味はある。
「待つんだパイロ。彼が何者であれ、今この場でああした態度をとれるということは……」
僕がパイロを制止したその時。
「も……者ども! クラックを、拘束せよ!」
アルミナ国王が大声で兵士たちに命じた。
「謀反か発狂かはわからん、と、とにかく捕らえるのだ! 早くしろっ!」
焦りのままに怒号にも似た命令を飛ばすアルミナ国王。混乱していた兵士たちもその命で動き出し、剣や槍を構えて飛び出した。それと入れ替わるようにアルミナ国王はクラックのそばから逃げ出していく。
「ま、待て、危険だ!」
僕は引き止めたが兵士たちが僕の言うことを聞くはずもない。
またたくまに、兵士たちがクラックを包囲した。
「来ましたか。この組織力だけは評価に値しますね」
だが兵士たちに囲まれ槍を向けられてもクラックはまったく動じていなかった。この状況を想定していたに違いない。
兵士たちの中から数名が進み出る。大きな盾を構えた屈強な兵士たちだ。罪人を捕縛するための部隊だろう。
「かかれーっ!」
号令と共に兵士たちがクラックへ飛び掛かった。
その瞬間、僕たちの目に飛び込んできたのは……黒い輝き。
光がないゆえの色である黒色、その輝きというのは矛盾している。だがその時クラックの周囲に出現したそれは、黒い輝きと呼ぶのが相応しいものだった。
「黒い、宝石……?」
思わず呟く。
クラックの周囲を、黒い宝石が無数に舞い始める。それはクラックの手の動きに合わせて高速で飛び回り……
「ぐあっ!?」
「ぐうっ!?」
兵士たちの鎧の隙間を縫い、額や腕に喰い込んだ。
その瞬間。
「ぎゃあああああああああっ!?」
黒い宝石がめり込んだ部分から、真っ黒な煙のようなものが一気に溢れ出した。
瘴気だ。僕たちの目に見えるほどに濃くなった瘴気……まさかあの黒い宝石は……!
「ぐ、あ、あ……」
黒い宝石を受けた兵士たちが1人、また1人と倒れていく。クラックに触れることすらできなかった。
「……国王! アルミナ国王! フラックス・アルミナ十三世っ!」
「は!? な、なんだ?」
「もう1人! クラックに、相棒のような存在はいませんでしたか!?」
倒れていく兵士たちを見て半狂乱だったアルミナ国王に大声で問いかける。
「あ、ああ、いたとも。ニック……そうだ、ニックはどこにおるのだ? ク、クラックを止めてもらわねば……」
やはりか。
ことここに及んで寝ぼけたことを言うアルミナ国王は置いておいて、僕はクラックを睨みつける。すっかり怯えた兵士たちの包囲はゆるんでおり、その隙間からクラックと目が合った。
「クラック! やはり君が、サッピールズを襲い、瘴気に侵したあの2人組の正体か!」
「今度は確信がおありのようだ。あらためて認めましょう、その通りです」
「その黒い宝石は……瘴気の結晶か! そんなものが実在するとはな……」
瘴気もまた魔力。『紅の宝玉』が自然魔力の結晶であることを考えれば、瘴気の結晶が存在することは頷ける。
だがそんなもの、今まで見たことがないのはもちろん、どんな本の記述にもなかった。
「ドラゴンを瘴気に侵し、瘴気の結晶を自在に操る……何者だ、お前は!?」
僕が問うと、クラックは微笑を浮かべた。
「よくぞ聞いてくれました。今こそ……私の本当の姿をお見せしましょう」
クラックの体が塗り潰されるかのように真っ黒に染まる。まるで生きた影のようになったその姿に変化が起こり始めた。
変化を終えた後、影は晴れ、クラックの姿があらわになる。
そこにいたのは、背中と頭から蝙蝠に似た羽を生やし、山羊のような角を携え、黒紫色の肌に真っ黒な目を持った、異形の存在。
「魔族。我々はそう呼ばれています」




