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第50話 フェルドとアルミナ王

 アルミナにて。


「た、大変です、陛下!」


 慌てた様子の伝令がアルミナ国王の下へと駆け込んでくる。アルミナ国王、そしてすっかりその傍らが定位置になったクラックが伝令へと視線を向けた。


「どうした、そんなに慌てて」

「お、オーソクレース第一王子、フェルド・オーソクレースがやってきました!」


 伝令の報告に、国王だけでなく周囲の家臣や兵士たちもざわついた。


「なんだと!? 目的はなんだ」

「い、曰く、オーソクレース国内で罪を犯したアルミナ国民がいたために、送還をすると……オーソクレース国王の記名もある文書も持参しているとのこと。今は城郭の検問にて待たせてあります」

「ぐ……しくじりおったか!」


 罪を犯したアルミナ国民の送還は建前だとアルミナ国王もすぐさま判断する。


「想像以上に敵の動きが早いが……第一王子自ら乗り込んで来るとはいい度胸だ。逆にその企てを暴いてやろう。通せ!」

「ははーっ!」


 アルミナとオーソクレース。アルミナ国王とフェルド。ジュリーナを介し睨みあう2つの国が、ついに交わる。



────────────────────────────────


【SIDE:フェルド】


 アルミナ国王への謁見は、存外にあっさりと許可された。


 アルミナ王城、玉座の間へとアルミナ兵に案内されながら考える。


 謁見の許可、おそらくは逆にこちらから情報を引き出してやろうという魂胆あってのことだろう。想定内だ。


 同行が許可されたのはパイロ1人だけ……これも想定内。彼がいれば並の兵士では歯が立たないだろうし、僕自身もある程度は戦える。


 逆にいえばパイロでもどうしようもない状況ならば他に何人いても仕方がないということだ。


 アルミナも、そんな愚かな強硬手段に出るとは思えないが……念のため、兵士の動きにも気を配っておこう。


「こちらです」


 いよいよだ。パイロに目配せし、頷き合った後、歩を進めた。


 そしてやってきたアルミナの中枢、王の玉座。


「遠路はるばるようこそ、フェルド王子」


 玉座に座りこちらを見下ろすアルミナ王。その目からは隠しきれない敵意が覗く。王だけでなく、兵士や家臣も僕たちに対し敵意を向けているのをひしひしと感じた。


 そうなると気になるのは唯一、僕への敵意を感じない……王の傍らに立つ男。見たところ大臣でも兵士でもない。何者だ?


「お会いできて光栄です、陛下」


 疑問に思いつつもひとまず形式通りの挨拶をする。


「私は忙しい。早速だが用件を聞こうか」

「かしこまりました。先日、オーソクレース王城にて不法侵入者を2名捕らえたのですが、尋問の結果、両名ともアルミナ国出身と判明いたしました。つきましてはアルミナ国の法の下での裁きをお願いしたく、送還しに参った次第です」


 まずは不法侵入とだけ罪状を述べる。尋問とだけ言ってアルミナの者だという情報を『相応の手』を使って確かめたのだと匂わせる。2人をここに連れてこないのも、その手段の苛烈さを想像させるためだ。まあ実際はジュリーナとサッピールズによる演劇の賜物だが。


「それだけか?」


 アルミナ国王は動じなかった。2人組がアルミナ出身かどうかでごねたりするかと思ったが、これは少し意外だ。この妙な落ち着きは、隣にいる男が関係しているのだろうか。


「そのためだけに第一王子自らお出ましとは、ご苦労なことだな」


 アルミナ国王は嘲りを込めつつ言った。元よりオーソクレースを見下すところのあるアルミナ国だが、今回は特に顕著だ。


 そのためだけに来た……という言い方には含みがある。他に目的があることをわかっているぞ、という牽制だ。


 なるほど、アルミナ国王からすれば、オーソクレースに対しジュリーナを狙った兵士を派遣し、その結果僕がこうしてアルミナに来た、その事実が、オーソクレースにジュリーナがいて、僕らオーソクレースがそれを守ろうとしていることの証明も同然というわけだ。


 もはや交渉の余地はない。残念ながら、そう判断せざるを得ないようだ。


 仮に……ありえない仮定だが、ジュリーナを引き渡しアルミナに謝罪したとしたら。


 たしかにアルミナの機嫌はとれるだろう。だがそれは、オーソクレースという国がアルミナの言いがかりに屈したという前例を作るに過ぎない。


 そうなると未来永劫、オーソクレースはアルミナの機嫌を伺うだけの国になってしまう。


 国を守るとは、危機を回避しやり過ごすことが全てではないのだ。


 だったら僕としてはまず……考えつつ、僕が口を開こうとした、その時だった。


「陛下」


 突然、王の傍らにいた男が割って入った。


「おおクラック、どうした?」

「ここまで来たのです、もはや腹の探り合いは時間の無駄でしょう。大義は陛下にあるのです、ここは正面から、言うべきことを言ってしまってもよいのではないかと」

「ふむ……たしかにそうだな……」


 アルミナ国王はすんなりとクラックと呼ばれた男の言葉に耳を傾け、そして納得して頷くと。


 僕を睨みつけた。


「もはや余計なごまかしは無用だ! オーソクレースよ、我がアルミナは貴様らの企てを全てお見通しだ! 貴様らは悪女ジュリーナ・コランダムと共謀し、我が国を危機に陥れた! その悪魔の如き所業、許されるべきではない!」


 さすがに驚いた。一国の王がここまでストレートに、オーソクレースへの敵対宣言をするとは。


 それはアルミナ国王の傲慢さゆえか、あるいは……傍らの男への信頼ゆえか。


 いずれにせよ、正面からの激突はこちらとしても望むところ。


「それではこちらも申し上げます。ジュリーナ・コランダムと共謀しアルミナを陥れようとしたというその疑い、まったく事実無根! 一方的な思い込みにより、オーソクレース国民として認められたジュリーナを害そうとされたこと、全面的に抗議いたします!」


 僕もはっきりと宣言した。すると周囲から、何を言う、ふざけるな、と怒号が巻き起こった。


「黙れ! ならばなぜジュリーナは追放された直後にオーソクレースにいる? 第一王子たる貴様と懇意に接し、王城に住むことを許されている? 奴が溜め込んだ『紅の宝玉』はどこへ行った? 答えてみろ!」

「ジュリーナは商人の馬車に拾われオーソクレースへ辿り着き、宝石術師としての卓越した技術から私の目に留まったのです! その後、瘴気に覆われた村を救い出す活躍を見せ正式に王城お抱えの術師として認められ、王城への居住を許されたまで!」

「ぐっ……ほざくな! 空言をぺらぺらと!」


 答えて見ろ、と言ったので答えたが、アルミナ国王は聞く耳を持たない。ジュリーナが言っていた通りだ。


 おそらく何を言っても無駄だろう、だがもはや和解の道はない、ならここで言うべきことを言ってしまおう。そこにはとある意味もある。


「ならば『紅の宝玉』はどう説明する? 過剰に要求し、溜め込んでいたはずの『紅の宝玉』は、貴様らが持ち去ったのであろう!」

「逆にお伺いしたい、ジュリーナが『紅の宝玉』を溜め込んでいたという証拠はあるのですか?」

「証拠だと? 決まっている、奴は先代聖女と比べ明らかに過剰な量の『紅の宝玉』を要求していた! それは国庫の金が『紅の宝玉』のために底を尽き欠けたことからも事実!」

「それは可能性に過ぎません」

「可能性だと?」

「ええ、国庫が底を尽きかけたのは事実でも、その理由として『紅の宝玉』の市場価格が上昇していた、元々国庫が疲弊していた、瘴気などの影響で結界への必要量が変化していたなど、様々な可能性が考えられます」

「フン、語るに落ちたな、それこそ可能性に過ぎないではないか」

「しかしその可能性、あなた方は検証されたのですか? あらゆる可能性を考慮し、検証し、その末にジュリーナを追放するという結論に至ったのですか?」

「ぐ……それがおかしいというのだ! 貴様が述べた可能性のひとつ、『紅の宝玉』の相場について、そもそもが……」

「今は検証の有無について聞いています! まずは検証したのかしていないのか、それをお答えいただきたい!」

「ぐぐっ……!!」


 怒号をあげるアルミナ国王に対し、僕は一歩も引かない。怒っているのはこちらの方だ。ジュリーナはこんな奴を相手にさせられたのか。誰も、彼女の味方をしてくれなかったのか。


 ならば今、僕はジュリーナの代わりに声を上げよう。


「黙れ! 誰に対し口を利いている!? 私はアルミナ国王だぞ!」

「国王ならばこそ、公明正大に己の判断を説明すべきです! さあ、まだ答えを聞いておりません、ジュリーナ追放の前に他の可能性を十分に検証したのですか?」

「し……したとも! その末に、ジュリーナ以外に原因はないと判断したのだっ!」

「ならば伺いましょう、『紅の宝玉』の相場は先代と比べて何割上昇あるいは下降していたか? 瘴気の量の変動は? もちろん、お答えいただけるはずです」

「こ、国家の要事だ、貴様に教えられるわけなかろう! いい加減にしろ、不敬であるぞ!」


 アルミナ国王の言葉は明らかに嘘とごまかしだ。恐らく強権で通ったアルミナ国王は、正面からこうも反論された経験が少なく、気圧されたのもあってかかなり動揺していた。


 そしてその様は、僕だけでなくこの場にいる家臣や兵士もしっかりと見ている。それだけでアルミナ国王に失望、とまでは行かずとも、楔を打ち込むことができる。


「その口を閉じろっ! 私を疑うか!? 無礼者め!」


 反論できず、喚き散らすアルミナ国王。それによって少なからず、アルミナ王国は揺らぐはずだ。それ自体で瓦解とは行かずとも、その効果は必ず……


「フフフフ……ハハハハハハハハハハハハ!」


 その時、突然高々とした笑い声が、辺りに響き渡った。


 僕も、アルミナ国王も、驚いて笑い声の主へと視線を向ける。


 笑ったのは……クラックと呼ばれた、あの男だった。


「ク、クラック? どうしたのだ突然」

「いえね……あまりにも滑稽で、つい」

「な、なに!?」


 滑稽、という言葉にアルミナ国王はぎょっと目を丸くした。失礼なことを言われて怒ったというよりは、そんな言葉を言われるとは夢に思っていなかった、聞き間違いじゃなかろうか、そんな感じの反応だ。


「言っておきますが、滑稽なのはあなたもですよフェルド王子。何を小賢しく策を弄しているのだか……」


 僕を指さしやれやれと肩をすくめるクラック。見えるのは明確な悪意、そして蔑み。


「もはや全て手遅れ。にも関わらず児戯のような口喧嘩に、可愛らしい謀略。滑稽で滑稽で……いえ、褒めているのですよ? わたくし、笑うことが何より好きでしてね。スケールの違いによるギャップ、笑いとしては実に素晴らしい」


 僕だけじゃない、クラックはアルミナ国王にもその悪意を向けている。むしろその対象はこの場にいる全員……というよりはまるで……全ての人間に向けられているようだった。


「だってそうでしょう? この国はもう、間もなく滅びるというのに」


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― 新着の感想 ―
[良い点] おおっと、ここでクラックによる壮大なネタばらし開始か? 王城内でここまで大胆に両陣営を嘲っても平気(余裕で生きて脱出できる自信がある)という事は、たぶんクラックの正体は人間ではないね
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