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第49話 準備万端で

「う……ん……」


 ベッドからフェルドが起き上がる。寝ぼけ眼のまま辺りを見渡し、少し離れたテーブルで紅茶を飲んでいた私と目が合った。


「おはようございますフェルド。お茶が入っていますよ」


 フェルドはそんな私を見て……


「いただくよ」


 そう言って、微笑んだ。


────────────────────────────────


 そういうわけで私とフェルドはまた、紅茶をお供に話を始める。少し濃いめの紅茶は、寝覚ましにはちょうどいいだろう。


「僕はどれくらい寝てたんだい?」

「そう長い時間ではないですよ。お昼寝ぐらいの時間です」

「夜を徹したといっても一晩だけだしね、そんなものかな」


 フェルドはいつもの調子で穏やかに語り、優雅な所作で紅茶を楽しんでいた。


「……怒らないんですか?」


 恐る恐る聞いてみる。正直、起きてすぐに「なんてことをしてくれるんだ!」と怒られるくらいは覚悟していた。


 が、そこはやはりフェルド。


「ひと眠りしてスッキリしたよ。僕がどうかしてた。こんな時だからこそ、自分の体調も含めて万全の準備を整えなきゃいけなかったのにね……むしろお礼を言わせてほしい、ありがとうジュリーナ」

「どういたしまして。ふふっ」


 寝起きにも関わらずこの物わかりの良さ、これでこそフェルドだ。いつもの合理的な彼が戻ってきた。


「実は、国王陛下から言伝を預かっています」

「父上から? なんだい?」

「えっとですね……王族の責務を果たそうとがんばるのは立派だけど、常に健康でいるのも王族の責務の一部なので、そこを疎かにしては本末転倒……とおっしゃってました。言い方はもうちょっと厳かでしたけど」

「なるほどね、たしかに王族は国の象徴、健在でなくては国が乱れる。まだまだ僕も未熟ってことか……ということは、父上にも顛末を話したのかい?」

「はい、ご報告させていただきました」


 あの後、私は真っ先にオーソクレース国王に会いに行ったのだ。フェルドを寝かせたことで余計な混乱を招くのを防ぎたかったのが半分、そしてもうひとつが……


「実は、皆様のご協力のもと、私、フェルドの仕事ちょっと奪っちゃいました」

「え、僕の仕事を奪った……?」

「はい! こちらご確認を」


 私はフェルドにいくつかの書類を差し出した。それはフェルド不在時の警護の計画表や、アルミナに対する事件についての声明文、フェルドと共にアルミナに行く兵士の選抜リストなど……


 要は、フェルドがやる予定だった仕事の数々だ。これでも一部に過ぎないし、どれも確定ではない草案段階のものだが、それでもある程度決めておけば以降もスムーズになるだろう。


「すごい……これ、全部ジュリーナが?」

「はい! といっても、実を言うと大部分は皆様のお力を借りたものですけどね、あはは……」


 私は国王陛下にフェルドの件を報告した後、勝手にフェルドを休ませる判断したことを謝った後、その代わりにフェルドの仕事を自分が担いたいと申し出た。


 叱責も覚悟していた私だが、元々陛下もフェルドの体調を慮っていたらしく、むしろよくフェルドを休ませてくれたと感謝してくれた。親子そろって本当に話が分かる。


 そして提案も快く受け入れてくれた。とはいえ私は特別に学や才があるわけではないので、結局国王様や家臣の皆さん、パイロなどから助言を受け、拙いながらもなんとか形にしたという程度だが……


「私は見様見真似で文書をしたためた程度で……内容はほとんど、皆さんの手によるものです」


 フェルドの負担を減らそうと張り切った私だが、結局やりたいこととやれることの差の壁にぶつかった格好だ。なんというか、家事の手伝いをする子供を温かく見守る母親のような……そんな感じにオーソクレースの方々にお世話になってしまった。


 効率で言えば詳しい人が直接やった方がよかっただろう。それこそフェルドが自分でやるのとはクオリティも比べ物にならない。でも少しでもフェルドの助けになれば、それだけは願っていた。


「正直かえってお手を煩わせてしまったかもしれませんが……」

「いやジュリーナ、それでいいんだよ」

「え?」

「僕だってそうさ、いろいろ勉強はしているけれど、結局それを専門とする人には及ばないからね。僕がやる仕事というのも、ほとんどは専門家に話を聞き、それを反映させていくだけ。君と同じさ」

「そ、そうなのですか?」

「ああ、だからこれは、すごく助かるよ。ありがとうジュリーナ」


 それは半分、フェルドのリップサービスだろうとは思った。フェルドも専門家に話を聞く、というのは事実だろうけど、それでもやはりフェルドがやるのと私がやるのとではクオリティには雲泥の差が出るはずだ。


 結局フェルドも協力してくれた皆さんと同様、フェルドを助けたいという私の意気込みを汲んでくれただけ。


 でも……私を想ってくれるその気持ちは、嬉しかった。


 じゃあ私も、私を労いたいというフェルドの気持ちを素直に受け取るべきだろう。


「ええ、どういたしまして!」


 心からの笑顔で、フェルドからの感謝を受け取った。


────────────────────────────────


 それからあらためて計画は練り直され、フェルドたちの出発は翌朝となった。


 移動方法も馬車だ。ゆっくりにはなるが、その分確実で体力も温存できる。さらには捕らえた2人組も一緒に連れていき、アルミナ行きもオーソクレースで罪を犯したアルミナ人を送還するという名目になったそうだ。


 やはりあからさまに名目と分かる理由でも、表向きの体裁は整えておいた方が交渉には都合がいいらしい。もし速さのみを重視して馬車でなく馬で向かっていたらこうはいかなかっただろう。


 「それすら思いつかないとは、本当に疲れていたんだね……」と、フェルドは少し落ち込んですらいた。


 ちなみに2人組にはずっとサッちゃんが張り付いていたらしい。さすがに人間の姿に戻ってだが。サッちゃんはサッちゃんで、2人組がこれ以上余計な真似をしないよう、頑張ってつきっきりで監視してくれていたんだとか。


 「サッピールズ、僕の留守中はジュリーナをよろしく」。


 「言われるまでもないわ!」。


 そんなやりとりを2人はしていた。頼もしい限り。


 そうこうしている内に夜になったが、フェルドはしっかり自室に戻って睡眠をとったようだ。うんうん、それでいい。私も安心して眠れる。


────────────────────────────────


 そして翌朝、フェルドはパイロと数名の兵士を引き連れ、準備万端で出発していった。


 これで全て解決すればいいけど……あのアルミナ国王だ、どうなるやら。


 とにかくまずはフェルドが無事に帰ってきてくれれば。私はそう、祈りを捧げたのだった。

 


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