第48話 フェルド、眠る
「実はね……僕がアルミナに行って、話をつけてこようと思っているんだ」
フェルドの提案に、私は流石に驚いた。
「えっ!? アルミナに、ですか?」
「ああ。アルミナ側は完全にオーソクレースを敵と見なしているだろうから、こちらも動かないと事態は悪化する一方だろう。信じてもらえずとも、早い内にこちらの立場ははっきり表明しておいた方がいいはずだ。許可されるかは未知数だけど、アルミナ国王に直談判を申し出てみるよ」
事態は悪化する一方、というのは頷ける。感情はエスカレートしていくものだ、特に怒りや憎しみといったものは。
「だ、大丈夫なんですか? その、危険なんじゃ……」
「心配はいらないよ、パイロをはじめ少数の護衛は連れていくし、アルミナだって正面からいきなり僕をどうこうしたりはできないさ。だからこそ僕が行くんだからね」
たしかに……昨夜、こっそりと私の部屋に忍び込んだ2人組は、逆にいえば正面きって私を連れていこうとはしなかったということだ。アルミナも、少なくとも今はまだオーソクレースと真っ向から対立することは避けようとしている。
第一王子の立場があるフェルドなら、アルミナも手は出しにくいはずだ。
「それにアルミナ国王には、言いたいことが色々あるからね……」
フェルドは危険な眼光をちらつかせながら呟く。今のフェルドを行かせるのは正直危険な気もした。
というかフェルド、今日ちょっと様子がおかしいような……
「そういうわけだ、僕はアルミナに行ってくる。父上にも話は通してあるし、準備をして今日の夜には出発の予定だ。ジュリーナの護衛は増やしておくし、キセノもサッピールズもいるから安心して待っていてね」
「え? 私も一緒に行くんじゃないんですか?」
「えっ?」
「え?」
私の疑問はフェルドにきょとんとした顔で聞き返されてしまった。
「あ、もちろんアルミナ国王の前には出ませんけど……なんというか、フェルドが国を出るなら私も出るものだと思ってました。ほら、私がいれば魔物除けとかもできますし」
あらためて考えると私が行く意味は薄い。私の顔を見ればアルミナ国王は激高して話どころじゃなくなるだろうし、私が何を言っても耳を貸さないだろうし。
でもなんとなく、フェルドが行くなら私も行くと、自然に考えてしまっていたのだ。
「うーん、申し出はありがたいけど……ジュリーナにはオーソクレースにいてもらいたいな。その方が安全だろうし、追放して処分を終えたのになおも手を出そうとした、ってところがアルミナへの追及材料だしね」
「そ、それもそうですね。あはは……」
当然、フェルドに理路整然と諭されてしまった。何言ってるんだろう私。
「それにしても……ジュリーナはすごいね」
「え? すごい?」
「ああ、嫌な思い出があるはずのアルミナに赴くのに、一切の躊躇がないんだもの。なんというか、強く……気高い心の持ち主だ」
「お、大袈裟ですって」
フェルドの誉め言葉は時折行き過ぎて恥ずかしいくらいだ。本当にこの人たらしは、人を喜ばせるのがうまいんだから。
「僕も君に負けていられないな。早速準備を……」
フェルドがそう言って立ち上がった時。
「っと……」
彼は突然、ふらっと体勢を崩し、ソファの肘置きに手をついた。
「フェルド? どうしました?」
「ああごめん、ちょっとフラついただけだ」
その時、私はピンと来た。
「フェルド、もしかしてあなた……寝ていないんじゃないですか?」
昨夜、フェルドとは私を部屋に送り届けてもらったところで別れている。フェルドが部屋に戻ったのを私は見ていない。
それにさっき、アルミナ行きについて父親であるオーソクレース国王に話を通してあると行っていたが、それはつまり密通疑惑や昨夜の2人組について全て国王にも報告した上で、緊張状態の隣国へ第一王子のフェルドが向かうことを国王が承諾したということだ。
そんな重要な話、今日の午前中だけで済むだろうか? なんならパイロとも話したと言っていた。
ひょっとして私を部屋に送った後……フェルドはそのまま活動を続け、国王を起こして報告と今後について話し合ったりしていたのでは。
今日様子がややおかしかったのも、寝不足が原因と考えると頷けるし。
「……かなわないな、ジュリーナには」
はたしてフェルドはそう言って、所在なさげにはにかんだ。
「うん、実はそうなんだ。非常事態だからね、あれからずっと父上と話したり、今後のジュリーナの警護について計画を練ったり忙しくて……」
非常事態なのも忙しいのも事実だろう。あれこれ考えてしまうタイプのフェルドだ、ずっと頭を動かし続けていたのもあってか疲労は想像に容易い。国を守る、私を守るという使命感もあってのことだろう。
「ダメですよ! 非常事態だからこそ、しっかり休まないと」
「で、でも事は一刻を争うんだ。可能な限り早くアルミナに行かないと……」
国と私、両方の危機ということで、フェルドは完全に焦っているようだった。もしこのまま行かせたら、下手したらアルミナまで休みなしでの移動を敢行しかねない。馬車で2日以上かかる距離だというのに。
「一応聞きますけど、アルミナまではどうやって向かうおつもりで?」
「え? そうだね、急がなくちゃならないから、パイロたちと共に馬に乗って全速力で向かうよ。それなら一日で着くはずだ」
「馬車は使わないんですか?」
「これといって荷物もいらないし……何より馬車だと遅いからね」
案の定、途中で一泊するという発想はなさそうだ。せめて馬車の中で休めばと思うがそれもしないつもりらしい。それに、走る馬に乗り続けるというのはかなり体力を消耗する行為だと以前パイロから聞いたことがある。
危険だ。重要な話し合いに行くというのに、これでは彼のスペックは発揮しきれないし、何より体が心配になる。フェルドらしくもない、完全に焦りで合理性を失ってしまっていた。
私はともかく、オーソクレースを担う者としての責任感が仇となったらしい。
「いいから! こっち来てください!」
私も立ち上がると、フェルドの手をむんずと掴んで引っ張り、ベッドまで連れていった。
「ほら、急いでいるならもうここで休んでいってください!」
「え!? い、いやさすがにそれは……」
「ああもう、仕方ないですね。ちょっと失礼!」
フェルドの頬に手を添える。フェルドが驚いてるうちに、もう片方の手で『紅の宝玉』を掴み、魔法を使った。
「『安息』!」
優しい光がフェルドを包み込んだ。これは精神への魔術汚染などを除去する魔法だが、単純に気分を落ち着け、安らぎに導く効果もある。今はさらに『紅の宝玉』の力でブーストだ。
とはいえこれ自体は心をリラックスさせる効果しかない。もしこれだけですぐ眠ったりするなら相当に疲れているということになるが……
「う……」
案の定、フェルドの目はすぐにとろんとし始め、瞼が降りてきた。
あ、ヤバい、このままだとフェルド、床に倒れる。
「き、キセノさん!」
「はいっ」
すぐさまキセノさんが駆けつけてくれた。すっかり脱力したフェルドの体を2人がかりで支え、そのままベッドに寝かせた。
「ふーっこれでよし。キセノさん協力ありがとうございます」
「いえ……実を言うとわたくしも、フェルド様がご無理をなさっているのに気を揉んでおりました」
「ほんと、頭いいはずなのにたまに手がかかるんだから。このまま休んでてもらいましょう」
ベッドで寝息を立てるフェルド。普段は凛々しい印象の強いフェルドだが、寝顔はなんだかあどけなさを感じさせた。
「ふふっ」
その頬をちょんと押してみる。すでに深い眠りに入ったフェルドは、すうすうと気持ちよさそうに寝息を立てるだけだった。
「正直……私少し、怒ってるんですよ。私がぐーすか寝ている間に、フェルドがそんな必死に駆けまわっていたなんて……少しぐらい、私を頼ってくれてもいいじゃないですか」
頬をつんつんしつつ寝顔に語り掛ける。半ば無理やり寝かしつけた理由に、怒りもほんのわずかにあった。何も知らずに寝ていた自分が恥ずかしく、その八つ当たりの気持ちもあったが。
そんなフェルドの態度が私への気遣いゆえというのもわかっている。頼ってくれとは思うが、政治の話に私が手伝えることはほとんどないというのもわかっている。
でも……寂しいじゃないですか、フェルド。
よし! ここはひとつ、見返してやるとしよう。
フェルドが寝てる間に、フェルドの仕事をある程度済ませておいてしまうのだ。全て肩代わりはできないだろうけど、可能な範囲で。少しでもフェルドの負担を減らしておいてあげよう。
「と、なるとまずは……」
私は考え、ある人の元へ向かった。
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