第46話 衝撃の真実(ウソ)
オーソクレース王国騎士団演習場。
広い平地であるその場所に、捕らえられた2人組は連れて来られていた。
両手足は拘束され、座ったまま動けない。夜の暗闇の中、背中合わせに拘束された男たちは口をつぐみ何も話そうとはしなかった。
なぜここへ連れてきた? これからどうする気だ? そういう具合に、目だけは警戒心に満ちて周囲を見渡している。
さあ、開演だ。
私は手にした松明に魔法で火をつける。ぼわあ、と、炎によって辺りがほのかに照らされた。
炎で浮かび上がった私に気づいた2人が視線を向ける。
「ごきげんよう、お二人とも」
そう声をかけたが、男たちは私を一瞬睨みつけた後、すぐに目をそらしてしまった。
「夜分遅くのご訪問、ご苦労でした。目当ては私なのでしょう? お話があるならお伺いしますが?」
重ねて問いかけるも男たちは答えない。答えようとしない。全てに口をつぐむ構えだ。
ここまでは想定通り。何を聞いても知らぬ存ぜぬを貫くつもりだろう。
ではいよいよ、本題へ。
「私とお話をする気はない、と……それなら私の方から、ひとつ面白い話をさせていただきましょうか」
男たちに反応はないが、手足を縛られ耳を塞ぐこともできないので話は聞いているだろう。構わず続ける。
「あなた方は、あのメイドの邪魔さえ入らなければ私を攫うことができたと思っているかもしれませんが……それはとんだ見当違いです。仮にも私は宝石の聖女に選ばれた存在、かつては国一つを単身守っていた女。その力が、あなた方に御しうるとでも?」
反応なし。かえって好都合だ。予定通り続ける。
「ええ、あなた方の考えは分かります。聖女の力は癒しの力、加護の力。治癒魔法を行使したり結界を張ったりはできても、人間を害したりする魔法は使えない、と……うふふふふふふふ……」
怪しげに笑って見せる私。なんだか楽しくなってきた。
「愚かなことです。私に出し抜かれ、崩壊の危機にまで至ったというのに、未だ学習できていない。あなた方は何も知らないのです。私の力も……私の『正体』も。うふふふふふふふっ!」
この2人がアルミナから来たなら私のことは極悪人と思っているはずだ。ならいっそ思いっきり悪人を演じよう。即興の演技だが、こう突き抜けた役の演技はいっそ清々しい。
正体、という言葉に男たちが反応し、私へと視線を向けた。そこは逃がさず畳みかける。
「教えてあげますよ、私の正体。冥土の土産にねえ!」
あれ、なんかテンションおかしかったかな? 一瞬焦った。でもこの台詞言ってみたかったし……ええい、このまま押し切ろう。
「とくとご覧あそばせ! 私の正体、私の本当の姿を!」
さあここだ。
叫びつつ、『照光』の魔法を最大出力で発動。元々薄暗い中、いきなりのまばゆい光に2人の目はくらんだことだろう。
そこですかさず私は下がって、交代する。
待機していた……元の姿のサッちゃんに。
ドスン、という音と共に、ドラゴンに戻ったサッちゃんがそれまで私のいた位置へつく。
これで私の出番は終わりだ。あとは闇に紛れ、ひっそりと様子を伺うとしよう。
さあ、目がくらんでいた2人がなんとか視力を取り戻し……地面に落ちた松明の火で照らされたものを見て、揃って目を見開いた。
『これが我の真の姿だー』
驚きは当然だろう、私がいなくなったかと思えば、目の前には伝説の生き物たるドラゴンがいたのだから。
『人の姿に化け、えーアルミナに取り入り……ずっと機を待っておったのだぁ。貴様らが、まんまと『紅の宝玉』を差し出すその時をな~』
サッちゃんの演技は棒読み気味ではあったが、見た目のインパクトがあるし十分なはず。実際男たちはサッちゃんから目を逸らせずにいた。
きっと頭の中は大混乱に違いない。悪女ジュリーナの正体がドラゴンで、今そのドラゴンが目の前にいて……その巨体で自分たちを見下ろし、牙を光らせているのだ。
『これでわかったであろー、アルミナより消えた『紅の宝玉』は……全て我が喰らい、この体に宿す力と変えたのだあ』
夜闇の中、松明の炎のみで照らされたサッちゃんの体は、赤々とした炎のせいで赤色にしか見えない。つまり2人からすればサッちゃんは、全身に『紅の宝玉』をまとったドラゴンに見えるというわけだ。
『さあ……えー……そうだな……うむ……』
とここでサッちゃんの台詞が飛んだらしい。一言一句同じでなくとも意味が通ればいいんだ、がんばって。
『そうだ、我の正体を知った貴様らを、生かして返すわけにはいかん!』
サッちゃんが一歩足を前に出し、口を大きく広げた。それだけで大地はズシンと揺れ、巨大な口が2人を飲み込まんとするように見える。演技の不自然さも気にならないぐらいの迫力だろう。
『と言いたいが……貴様らにはまだ利用価値がある。命惜しくば、祖国に帰り、国を騙し……『紅の宝玉』を持って来い! 貴様らの国にはまだあるはずであろう? それを全て喰ろうてやろうではないか! フハハハハハハ!』
サッちゃんもノってきたのか、見事に男たちに要求を突き付けた。
さあ、男たちはどう反応するか。
「ふ……ふざけるなぁ!」
「貴様にくれてやる『紅の宝玉』など、もはや欠片たりともありはしない!」
それまで無言を貫いていた男たちが、サッちゃんに対し啖呵を切った。おお、フェルドの予想通り。
私は作戦前のフェルドの言葉を思い返す。
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「人は低きに流れやすく、思い込んでしまうものだ」
「2人はジュリーナがドラゴンだった、なんてことを突き付けられ、混乱するだろう。半信半疑……いやかなり疑いの方が強いはずだ」
「だけどそこに、なくなった『紅の宝玉』の行方という、彼らが抱いていたであろう疑問の答えをひとつ用意する。人間の思考は脆いもので、疑問に対し答えを提示されたら、基本的に信じようとしてしまうんだ。悩みは解消しようとするバイアスがかかるからね」
「そうなると必然、ジュリーナがドラゴンというのも信じざるを得ない。ただでさえ混乱しているところにそんな衝撃の事実を突きつけられれば、自分たちの素性を隠すということにまで意識が向きづらくなる」
「そこからさらに論点をズラし、国を裏切るか裏切らないか、という単純な二択を突き付けてやる。忠誠心が低いなら命惜しさに口を割るだろうし、逆に高ければ、国を誇る心から、口を滑らせる可能性は高いとみた」
「ただでさえドラゴンを目の前にした緊張状態だしね。平静を保つのが難しいところに揺さぶりをかけてやれば……きっと、うまくいく」
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かくしてそこからはフェルドが言った通り。
サッちゃんが『死が怖くないのか?』『ここで貴様らを喰らってやろうか』と脅しかけると、男たちは「死など恐くない」「我らを舐めるな、悪竜め」と言葉を返す。
黙りこくって情報を遮断しよう、と考えていたのが、衝撃的な真実の判明により、このドラゴンに屈しないぞ、という別の思考に塗り潰されてしまったわけだ。
そしてついに口にした。
「アルミナは貴様などに屈しない!」
「今に見ていろ! 我らは死せども、偉大なるアルミナ国王様は必ずや貴様に、そしてオーソクレースに相応の報いを与えるであろう!」
これで確定だ。2人はアルミナから来た兵士。アルミナに迷惑をかけまいと命まで投げ捨てる忠誠心は立派だが、その忠誠心を逆に利用され、こうして口を割ってしまったというわけだ。
「はーいサッちゃん、お疲れ様~」
私がサッちゃんの後ろから出てくると、2人組はぎょっと目を丸くした。ネタバラシというのは楽しいものだ。
『ジュリーナよ、我の仕事ぶりはどうであった?』
「バッチリ! よくがんばりましたね、ありがとう!」
『フフン、我にはたやすい仕事だったわ』
演技はかなり酷かったけど、目的は果たせたのでヨシ。後で頭を撫でてあげよう。
「そろそろわかったかな? 君たちは一杯食わされたというわけだ」
そこへ首謀者たるフェルドも登場し、2人組に種明かしをする。2人は未だにうまく状況を飲み込めてはいないようだったが……自分たちの失言には気づいたのか、あっと声を上げた。
「フェルドの計算通りでしたね!」
「まあ、これだけの役者が揃っていればこそだよ。まさかドラゴンがいるなんて思いもしないだろうし。ジュリーナも、演技すごかったね」
「あはは、ちょっと調子乗った感じもありましたけどね」
一仕事終えた私たちが談笑していると……
「お、お、おのれ……! オーソクレース第一王子、フェルド・オーソクレースだな! 貴様やはり、ジュリーナと内通しておったか!」
と、男たちの1人がフェルドに対し怒号を浴びせた。
「内通?」
フェルドが振り返って聞き返す。内通、私もピンと来ない言葉だ。
「ぐっ……フンッ!」
男はまた口をつぐんだ。どうやら怒りのあまりつい口にしてしまったらしい。これ以上話してなるものか、といった態度だ。
だがフェルドにはそれで十分だったようだ。
「……そうか、そういうことか。アルミナは僕らオーソクレースに対し……なるほど……それでオーソクレースにジュリーナがいると確信して行動を……無理もないことだが、しかし……それでは……」
何やら一人で納得して考え込み始めるフェルド。賢いのは結構だが、私を置き去りにしないでほしい。
「フェルド、何がわかったんですか?」
「ああごめん。詳しいことは戻ってから話そうか。ただ言えるのは……」
その時、フェルドはとても冷たい声色で言った。
「アルミナはもう、救いようがないかもしれないということだ」
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