第44話 襲撃
深夜。
ジュリーナの部屋のベッドでは、彼女がすやすやと眠っていた。枕元に用意されたサイドテーブル、その上に用意されたスペースではクルも専用のクッションの上でくうくうと寝息を立てる。またその隣には、『紅の宝玉』のネックレスも置かれていた。
その顔を覗き込む者がいた。黒い布をまとった男が2人。招かれざる客であるのは、誰の目にも明らかだった。
「間違いない……ジュリーナ・コランダムだ」
「明らかに国賓レベルの待遇……本当にオーソクレースと内通していたのか」
男たちは小さな声でやりとりする。
「どうする? 薬で眠らせるか?」
「いや、薬は調整が厄介だ。聖女とはいえ魔術師ってわけじゃない、猿轡をかませて手足を縛れば十分だろう」
男たちはロープを取り出す。最初から目的はジュリーナだ。
「手早くやるぞ」
そして寝息を立てるジュリーナへと腕を伸ばす……
突如としてその腕が掴まれた。
「そこまでです」
女の声が闇から聞こえた。
「なっ……があっ!?」
男が驚く間もなく、掴まれた腕が捩り上げられ、ゴキゴキという関節が歪む音がした。
「な、何者……おごっ……!?」
もう1人の方は動揺の隙を突かれ、股間に蹴りを入れられた。音を立てぬよう軽装だったのが災いし、急所への一撃をもろに喰らってしまった男はその場に崩れ落ちる。
「ば、馬鹿な、見張りだと!?」
「ぐぉ……そ、そんな気配はどこにも……」
「ええ、人の気配を察せられぬよう、私1人で警護をしておりましたので」
「貴様……!」
男たちもなんとか辺りを見渡し、闇の中の人物の姿を捉える。そこにいたのは。
「め、メイドだと!?」
「そんな目立つ格好でどうやって……」
メイド、キセノは男たちに対し一礼をした。
「僭越ながらわたくし……気配を消し潜む術には一日の長があります。そして力こそ兄に遠く及びませんが……」
一礼の後、キセノは構えを取る。体を斜めにし、急所を隠すようにしつつわずかに腰を下ろした構え。
「人間を相手するならば、兄にも劣らぬと自負しております」
その眼光は、標的を確実にとらえていた。
「ぐっ……! 小癪な!」
「所詮は女1人! 頭数なら有利だ、一気に行くぞ!」
「おおっ!」
男たちはキセノへと飛び掛かり……そして。
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「こうなったんですか」
私がキセノさんに起こされた時にはすでに。
目を回した男たちが、ロープによって両腕を固定され、転がされていた。
自分の横で大事件が起きているにもかかわらず、完全にぐーすか寝ていた私は、いきなり起こされ部屋の明かりをつけられたかと思うとこの光景が待っていて、本当に驚いたものだ。
「お騒がして申し訳ありません。すでに城の者に報告はしたので、間もなくフェルド様たちもいらっしゃるかと」
「あ、それはどうも……あの、本当にこの人たち、キセノさんがやっつけたんですか……?」
いつものメイド服でいつもの丁寧なお辞儀をするキセノさん。それが、大の男2人を相手にして片付けてしまったとはにわかには信じがたいことだ。
「ジュリーナ様にはお話しておりませんでしたが、わたくしは幼い頃より体術の手ほどきを受けておりまして……兄が騎士として国を支えるなら、わたくしめも負けてはいられません。メイド兼護衛として、相応の力と技術を培って参った次第にございます。闇の中先手を取り優位に立てたことが大きいですが、並の男ならば対処は可能です」
キセノさんの兄、パイロは騎士団長、オーソクレースいちの実力者。その妹であるキセノさんも実は強いというのは当然……かもしれない。
というより、一番の理由は兄妹揃ってオーソクレースへの忠誠心の篤さゆえだろう。出発点は同じながら、兄は表、妹は裏の力として腕を磨き続けた。賞賛に値する忠誠心だ。兄に負けじと、と言う辺りは、兄妹ゆえの微笑ましい対抗心もあったのだろうけど。
「キセノさん、ひょっとして今までもずっと夜に私の護衛を?」
「いえ、あくまでメイドの仕事が主でありますので、申し訳ありませんがそこまでは……わたくしめも睡眠せねばなりませんので」
まあそれはそうか。でもじゃあどうして今日は?
「今夜に関しては、フェルド様の命によるものにございます」
「フェルドに?」
「はい。アルミナからの使者が到来し、その言動になにか不審な点を感じられたのでしょう。念のためにと、わたくしめにジュリーナ様の警護をお命じになられました」
「うーんさすがフェルド、抜け目ないなあ」
見事にその読みが当たり、こうして私の身は守られたというわけだ。もちろん守ってくれたキセノさんが一番の功労者だが、フェルドの判断もさすがだ。
キセノさんたち兄妹の忠誠心もすごいが、その忠誠心もやはり仕える相手がいてこそなのだろう。フェルド、そしてその父親のオーソクレース国王に、この人のために力を尽くしたいと思わせる力があってこその2人の忠誠心。うーん素晴らしい。
「元より、わたくしにジュリーナ様のお世話を命じたのも、少なからずこのような状況を想定してのことだったのではないかと。フェルド様は、ジュリーナ様のことをとても大事に想っていらっしゃいますので……」
キセノさんはそう言って微笑んだ。なんだか照れる。
「で、ということはやっぱりこの人たち、アルミナの人なんでしょうか?」
「その可能性は極めて高いかと。ジュリーナ様はこの方々に見覚えはございませんか?」
「う、うーん、兵士とかにいたかもしれませんけど、さすがに1人1人の顔は覚えてないですね」
「たしかに、おっしゃる通りにございます。差し出がましいことを言って申し訳ありません」
「ああいえいえそんな」
アルミナからの使者が来た、その日の夜に襲撃に来た2人組。部屋の調度品や、サイドテーブルの『紅の宝玉』のネックレスにも目もくれずに私に手を出そうとしたのだから、十中八九アルミナの者だろう。
どうやって私がここにいることを特定したのかはまだわからないが……とにかく言えるのは。
これが、大変な事件ということだ。
「ジュリーナ! 大丈夫、怪我はないかい!?」
それは血相を変えて飛び込んできたフェルドの様子からも一目瞭然だ。
穏便に済めばいいけど、と思いつつ、私はフェルドを安心させるため、笑顔で手を振ったのだった。
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