第43話 アルミナからの贈り物
私の部屋にて。
「ほ、本当ですか?」
フェルドからの報告に、私は思わずそう聞き返していた。
「ああ。先ほどアルミナ王国の使者がまたやってきて、新しい商人によって『紅の宝玉』は供給の目途が立ったから要請は撤回する、と連絡があった」
ちょっと信じられない内容だ。あれほど困窮していたアルミナ王国、是が非でも欲しいという状況から改善しただけでなく、わざわざいらないと宣言するほどに『紅の宝玉』が充実したというのか。
「ま、『お前らの助けなどもういらない』といった具合にだいぶ嫌味たらしい言い方はされたけどね」
「あらら、それは災難でしたね。目に浮かぶようです」
アルミナはオーソクレースを下に見ているところがある。『紅の宝玉』の援助を即決しなかったことを、慇懃無礼に詰られたのだろう。そういうところが助けを貰えない理由だというのに。
「ま、私たちにとっては朗報ですね。これでアルミナ王国も私を躍起になって探す理由がなくなるわけですし」
私が『紅の宝玉』を溜め込んでいると思っている以上、見つかったら何かしら言っては来るだろうが、『紅の宝玉』が十分足りているというならオーソクレースと事を構えてまで私をどうこうする理由はない。
本来私の処分は追放で終わっている。そこを踏み越えてさらに手を出そうというなら、相当の理由がなければやらないだろう。
「それどころかアルミナの使者は、友好の証としてこんなものを寄こしてきたんだ」
フェルドがテーブルの上に小さな箱を置く。豪勢な装飾が施されたその小箱を開くと、中にはなんと……
「え、『紅の宝玉』?」
『紅の宝玉』が入っていた。それもなかなかの大きさでカットも上等、かなりの高級品だ。
あれほど『紅の宝玉』の入手に困っていたアルミナ王国がこんなものを寄こしてくるとは。
「件の商人から買い取ったものの一部らしい。『紅の宝玉』は足りているというアピールなんだろう。オーソクレースへの当てつけというのは邪推かな」
「うーん、ありえなくはないのが恐ろしいところですよね」
「まあ態度はどうあれアルミナに『紅の宝玉』が充実したのならそれはそれでいいのだけれど……財政的にも困窮していたはずのアルミナに、唐突に供給されたという『紅の宝玉』。どうしても僕の頭には、例の偽宝玉がよぎるんだ」
『紅の宝玉』が喉から手が出るほど欲しかったアルミナ王国が、偽宝玉を売りつけられた。たしかにありえる話だ。
「アルミナも鑑定はしたのだろうけど、例の偽物ならちょっとやそっとの鑑定では見抜けないからね。なので念のため君に鑑定をお願いしたくて、父上から預かってきた」
「なるほど、そういうことならお任せを!」
いつものように『紅の宝玉』に手を置き鑑定を始める。魔力の感じは『紅の宝玉』のものだ。だが……慎重に、さらに奥へと魔力の気配を探っていくと……
「……どうやらフェルドの危惧が当たったようです」
「ということは?」
「ええ、偽物です。あの宝石店にあったのと同じ、ほとんど『紅の宝玉』そのものだけど、わずかに……嫌な魔力が混ざっています」
「やはりか」
「あの時みたいに割ってみたらより確実なのでは?」
「仮にも他国からの贈り物だ、それはやめておくよ」
案の定、偽物だった。
と、なると……アルミナは偽の『紅の宝玉』にぬか喜びし、あまつさえオーソクレースからの援助を断ったことになる。
でも、かといってアルミナが愚かとは限らないかもしれない。
「ただこれ、『紅の宝玉』と同じ魔力を含んでいるのも確かなんですよね。魔力としてはかなり薄いですけど……」
「たしか製法として、サッピールズの鱗から『蒼の魔石』の魔力を抜き、『紅の宝玉』の魔力を注いだものだからね。純度はどうあれ魔力は本物のはずだ」
「ええ、なので結界の維持には問題なく使えるかもしれません。まあこれまでと同じ量を使っていたらかなり薄くなるでしょうし、十分な結界を張るにはこれが大量に必要になりそうですけど」
いわば薬を水で薄めて売るようなものだ。商売としては悪質だが、まったく効果がないわけではない。一応アルミナは結界の維持という本来の目的は果たせる。
と、思ったのだが。
「だとしたらおかしいね。使者によるとアルミナの結界は、これまで以上の輝きを取り戻したというんだ」
「え? これまで以上、ですか?」
「ああ、どうも行商人などに軽く話を聞いたところ事実みたいなんだ。国境の結界が、かつてないほど濃い赤色に光っていた……と。念のため後で僕も視察に行こうと思っているよ」
「うーん? アルミナはこれを本物だと思っているんですよね? 本物と同じ量を使って、それも私以外の術者が結界を張ってたら、そんなことにはならないはずですが」
勝手ながら私の宝石の聖女としての実力は抜きんでていると自負している。宝玉の質も術者の腕も劣るのに、結界の強度が増すなんてことがあり得るのだろうか?
第一、この偽宝玉……結局誰が、なんの目的で作ったんだろう?
「どうにも不可解な点が多い。だからまだしばらく警戒して、君は王城から出ない方がよさそうだ」
「わかりました。ところでアルミナに、これが偽物だってことは教えるんですか?」
「教えたいのはやまやまだけど……僕たちが言っても信じてくれるとは思えないんだよね」
「たしかに」
アルミナの魔術師による鑑定も済んだ品なのだろう。それを、これ偽物ですよ、と告げたところで、オーソクレースを見下すアルミナが信じるとは思えない。
そんなこと言ってオーソクレースの『紅の宝玉』を売りつける気なのだろう、その手に乗るか……なんて言い返されるのが目に浮かぶようだ。
「あるいは偽物と知っていて贈りつけた可能性もある。まあそんなことをしてもアルミナにたいして得はないから可能性は薄いけど……いずれにせよ、慎重に動いた方が良さそうだ」
「たしかに。個人的にもアルミナは信用できません」
「君はそうだろうね。ただ使者の話が事実なら、問題はやはりこの偽宝玉を作り、アルミナに売った存在だ。もし狙いが単にアルミナを騙して金儲けをするだけならばまだいいんだけど……とにかく何が起きてもいいように準備は進めておくよ」
「ええ、お願いします」
ひとまずその話はここで終わった。
偽宝玉は一応は国王に送られた品ということで国が管理するのでフェルドが持ち帰った。うっかりサッちゃんが食べたりしないようにしないといけないし。
……だが、後から思えば。
私もフェルドも、正直なところ油断があったと言わざるを得ない。
アルミナにもたらされた偽物の宝玉。そしてそれがオーソクレースへと捧げられたことの意味。
この時もっと気をつけて考えていれば、あの事件は起きなかった。
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私が感じ取ることができるのは、魔力。魔法の元となるエネルギー。
魔力の感知、分析において私の右に出る者はそうはいないだろう。特に宝玉、魔石が対象ならば尚更。
しかし……かといって私は魔術師ではない。そのためわからないこともある。
あの偽宝玉には、魔法がかけられていたのだ。
追跡魔法。対象がどこへ移動したのかを術者へと伝える魔法。
私は鑑定は優秀で宝玉の全てを読み取れる……宝石の聖女としての力に対する私の驕り、フェルドの妄信。宝玉にかけられた魔法にも、その可能性にも思い至らなかった。
『あの強欲女ならば、立派な宝玉が贈られたと知れば、必ず自分のものにしようとするはず』……追跡魔法をかけた術者の思惑自体は的外れ。しかし奇しくも、その目的は果たした。
偽宝玉は私のもとへと運ばれ、追跡魔法により、私の居場所を教えたのだ。
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事件は夜、起こった。
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