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第42話 サッちゃんの価値観

 騎士団演習場にて。


「はあああっ!」

「フン!」


 パイロの剣の一撃を、サッちゃんが鱗を生やした腕で受け止める。ガキィンと、強烈な衝撃音が響き渡った。


「おお~……」


 私、そして騎士団の皆さんの感嘆の声が重なった。


「さすがですね」

「貴様もな!」


 その後もパイロとサッちゃんが激しく打ち合い続ける。2人の立ち位置がめまぐるしく交差し、もはや何が何やら。


 オーソクレースに来てから、サッちゃんが暇つぶしがてら騎士団の練習の相手をしているとは聞いていたが、まさかこんなに実戦さながらのことをやっているとは。練習、という名目でこれだけのことができてしまうのは、ドラゴンのサッちゃんはともかくパイロの実力の程が伺える。


 他の騎士団の方々に尋ねてみたが「あんな真似は無理」とのこと。それもそうか。


 とにかく2人ともすごいということはわかった。


────────────────────────────────


 一通り撃ち合いが終わった後。


「お待たせ、いたしました……」


 挨拶に来たパイロは息を切らし汗だくだった。本気で打ち合った証だろう。


「ジュリーナ! どうだ我の力は! フハハハ!」


 一方のサッちゃんは汗ひとつかいていない。互角の打ち合いに見えたが、やはりドラゴンと人では力の差は歴然ということか。そもそもサッちゃんは本来の姿じゃない、本気になればこんなものじゃないはずだ。それに食らいついていけるパイロもすごい。


「すごい迫力でした! 2人ともさすが!」


 心からの賞賛を込めて手を叩くと、2人とも嬉しそうだった。


「サッピールズ様相手だと、全力をもってしてなお届かないので……加減なしの本気の鍛錬ができるのです。さすが竜、力の化身……サッピールズ様にはご不便を強いてしまいますが」

「なんの、我も気晴らしになってよい。人の体の扱いの練習にもなるしな。それにパイロも我の力には及ばぬとてなかなかのものよ」

「もったいなきお言葉……!」


 2人はこうしてよく特訓をしているらしく、一緒に力をぶつけあったおかげかかなり親しくなっているようだった。サッちゃんも楽しそうで何よりだ。


「それで、私を呼んだのはなぜなんです?」


 今回、私はフェルドから2人の特訓に立ち会ってほしいと言われてやってきていた。まあ単なる見学でも迫力があって面白かったからそれでもいいけど。どんな劇でも出せないインパクトだった。


「うむ!」


 応じたのはサッちゃんだった。


「実はな、ジュリーナに我の輝きの処理をお願いしたいのだ」

「輝きの処理?」

「まあお主ならばすぐにわかる。ほれ」


 そう言ってサッちゃんはいきなり私の手を握ってきた。突然のことなのでさすがに驚いた。サッちゃんの手は冷たい、人間を真似ているだけでドラゴンだからだろうか?


 だがすぐに別のことに気づく。これはサッちゃんの魔力が……


「わかるであろう? 我の輝き、その源たる魔力が滾り溢れそうなのだ」

「本当ですね、すっごく荒々しい魔力……」


 触れただけで感じるサッちゃんの魔力。音色や臭いなどのように魔力にも色々と種類があるが、サッちゃんのものは雄々しいドラゴンのイメージ通りの暴れるような魔力だった。しかもかなりの量だ。


「本来ならば我本来の姿へと戻り、この力を我が身の輝きと変えることで抑えていた」


 サッちゃん本来の姿、『蒼の魔石』を全身に纏った青いドラゴン。魔力を魔石の性質の鱗に変えていたということだ。


「しかしながらフェルドに、城郭内では常に人の姿でいるよう言われてしまっていてなあ。人の姿でもわずかながら輝きを顕出はできるのだが、やはりどうももどかしい。パイロと打ち合うことでいくらか消費しているがやはり足りぬ」

「力及ばず……サッピールズ様の本気と相殺できるほどの力が私にあればいいのですが」

「さりとて我が輝きは力の結晶、むやみに吐き出せば辺りを破壊し尽くしてしまう」

「ああ、『蒼の魔石』ですもんね」


 洞窟で見た『蒼の魔石』を思い出す。攻撃的で不安定な魔力の結晶である『蒼の魔石』は、触れただけで爆発してしまうほど繊細だ。サッちゃんの魔力も同じく、ドラゴンとして体に宿す方法でなければ力が暴走してしまうのだろう。


「そこで、私の出番ってわけですか」

「うむ! お主ならば我が荒ぶる輝きを落ち着けることができるのであろう? よくわからぬがフェルドがそう言っておったぞ!」

「なんでサッちゃん本人があまり理解してないんですか……」

「お主らとて己が体をよくわかっておらぬだろうに」

「それはまあ、たしかに」

「そういうわけだ、ジュリーナの力で我が魂、鎮めてもらいたい!」


 話はわかった。それならお安い御用だ。


「もちろんいいですよ。早速始めましょうか」

「おお、礼を言うぞジュリーナ。やはりお主は良い奴よ」

「いえいえ、サッちゃんこそ、フェルドの言いつけを守っていて偉いですね」

「ふふん、そうであろうそうであろう、もっと我を讃えるがいいぞ」

「偉い偉い」


 サッちゃんの頭を撫でつつ腕を出させる。見た目ならちょっと怖い男性といったサッちゃんだが、こうしていると子供の診察のようだ。


「ではサッちゃん、魔力を放出してください」

「うむ、いくぞ! ふんぬ……っ!」


 サッちゃんの体から魔力が立ち上る。それはサッちゃんの力によって束ねられ、凝縮し、半ば無理やりに青い結晶としてその腕へと現れる。だがこのままでは不安定、すぐに爆発してしまう。


「ハアア……!」


 そこへ、私が干渉する。私の魔力を使ってサッちゃんの魔力に介入、暴れる魔力を静かな魔力で包み込み、結晶として安定させていく。


 サッちゃんの腕から次々に『蒼の魔石』が現れ、こぼれ落ちる。しかし地面に落ちてもそれらが爆発することはない。


「ん~っ、いいな、すっきりとする。この調子で頼むぞ」

「はい!」


 いい機会だし、サッちゃんにはここでしっかり気持ちよくなってもらおう。


 時間がかかるので、その間サッちゃんと少し話をした。


「サッちゃんは私たち人間のこと、どう思ってるんですか?」

「矮小な者どもよ!」

「た、ためらいなく言いますね……私たちもですか?」

「む? いやジュリーナは違うぞ、フェルド、パイロもなかなかだ。お主らはその力を我に示したではないか、今もこうしてお主に頼っているというのに」

「ん~?」


 わかるようなわからないような。


 私が頭をひねっていると、


「よろしいでしょうか……」


 と、パイロが入ってきてくれた。


「ドラゴンは数が少ない上に個体ごとの差が大きく……また単体でも生きていけるため人間のように社会を構築する必要がありません。要はドラゴンは単体で強靭なため、サッピールズ様も、個々を重要視する価値観が強いのだと思われます」

「ふむふむ?」

「そういうことだ、群れねば生きられぬ人間と違い我は強い! 竜としての矜持はあるが、あくまでそれは我が我であればこそだ。竜という種の中に我がいるのではなく、我が竜であるというだけなのだ」


 ちょっとわかってきた。サッちゃん的にはドラゴンという種族があってサッちゃんがその一部、ではなく、最初にサッちゃんがいて、そのサッちゃんの特徴として強い、青い、子供っぽい、そしてドラゴンであるということが挙げられる、という感覚なのか。


 そしてサッちゃん的には人間も同じ。私がいて、サッちゃんは私を気に入っていて、それがたまたま人間だった、と。ナチュラルに人間を見下してはいるが、それによって私たちの評価が変わることはない。ある意味で平等だ。


「概して人間は矮小であるが、お主らは矮小ではなかろう? それでよいではないか。矮小な人間がどれだけいたとて、それでお主らの価値が下がることもあるまいに」


 でもたしかに一理ある気がする。人間という種族全体がどうあれ、私たち1人1人の存在はそれとはまた別。サッちゃんはそうした種族と個人を切り離して考えることができるのだろう。


「人間とは違うドラゴンの価値観、なんだか面白いですね。色んな考えがあるんだなあ」


 とその時。


「でも実際、その考えのおかげで助かっているところもあるからね」


 いつの間にかフェルドがやってきていた。


「フェルド!」

「様子を見に来たんだ、順調そうだね。協力ありがとうジュリーナ」

「いえいえ。それより、助かっている、とは?」

「もしサッピールズが人間を種族で考えるなら……襲ってきた2人組への憎しみが、そのまま全ての人間に向けられていたかもしれないからね」

「あったしかに」


 サッちゃんを襲い、鱗を奪い尽くし、瘴気を流し込んだ謎の2人組。サッちゃんの怒りは相当なものだった。ともすればサッちゃんは人間自体を憎んでいてもおかしくなかったということか。


「奴らか、奴らは憎い! 必ず報いを受けさせてやる! そのために我はこうしてここにいるのだ。まあ、ジュリーナと遊ぶのも、パイロと手合わせするのも、フェルドに人間のことを教わるのも楽しんではいるがな」


 フハハハハ、とサッちゃんは笑った。ドラゴンの価値観、人間のそれとは少し違うが……少なくとも今はそれがとても爽やかなものに感じた。


「逆に、種族意識が非常に強い種もいる。そうした種の場合は個々の価値が軽く、全ての個体が種族のために行動するんだとか。超個体、とかいうんだったよねパイロ」

「その通りです……とはいえ超個体を成す種族はそう多くなく……ごくごく一部のものに限られますが」

「超個体。響きはかっこいいですね」


 全ての個体が種族のために行動する……ある意味では理想的だ。


 だが、人間はそうはなれないだろうなと思った。アルミナを見捨てた私も、私を追放したアルミナも、自分のために動いたわけだし。人間としてそれが自然だ。


 種族全員が一致団結して協力できればそれはすごい力になるのだろうが、少なくとも人間はそうはなれない。もしそんな種族がいたら、すごいのだろうけど。


「それよりフェルド、この後お主も一戦どうだ? パイロほどではないがお主もやれる口であろう、剣を持て」

「僕? うーん……そうだね、せっかくだし少しだけなら相手してもらおうか」

「フェルドも戦うんですか? 見たいです!」

「おや、ジュリーナが僕の雄姿を見守っていてくれるのかい? これは情けないところは見せられないな」

「フン、ならば我とお主、どちらがよりジュリーナに褒められるか勝負といこうではないか! フハハハハ!」


 ま、種族の価値観はどうあれ……


 私たちはサッちゃんと共に、笑い合うのだった。

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