第40話 偽宝玉の正体
「お邪魔します」
「やあ、よく来たね」
ドアを開けるとフェルドが迎えてくれた。
おお、これがフェルドの部屋か。大きさは私が使わせてもらっている部屋と同じくらいで、家具ひとつひとつが最上級なものではあれど調度品などは少なく、第一王子の部屋としては想像よりは質素だ。ただかなり立派な本棚が2つもあり、びっしりと本で埋まっている。
「ああ、そういえば君が僕の部屋に来るのは初めてだっけ」
「実はそうなんですよね、いつもはフェルドが私を迎えに来てくれるので」
「まあ、僕は出歩くことが多くてあまり部屋にいないしね。別にたいした部屋でもないだろう?」
「んーでも、フェルドらしい部屋だと思いますよ。特にこの本! すごい数ですよね」
本棚の本を眺める。私も聖女教育の一環で先代聖女様から読み書きを習い一通りの字は読めるし聖女時代は本を読んで過ごすことも多かったが、暇つぶしとして簡単な本を読むだけであまり難しいものは読めない。
フェルドの本棚の本は明らかに学者が読むような難しい本だらけだ。政治の本に歴史の本、鉱石についての本に……
「あれ、アルミナの歴史についての本もあるんですね! あとこっちは……聖女の本?」
「あっ! そ、その本は……」
聖女、の文字が気になったので取り出してみる。表紙には聖女の姿が描かれていた。白い衣を着て、優しい笑みを浮かべ、『紅の宝玉』を胸に抱いて、神々しい光を放って……
「ああ、よくあるやつですね」
「え? よくある……?」
「聖女の記録の本でしょう? 歴代聖女の仕事だったり力だったりが記録されている本、アルミナにもよくありましたよ」
「ま、まあ、そうだね」
聖女についての本はアルミナではありふれたものだ。事実に基づく記録のようなものもあれば、子供向けの絵本のようなものもある。フェルドが持っているということはこれは前者のお固い本だろう。
いずれにせよ表紙は似たようなもの、いかにもな聖女らしい聖女が描かれている。
私は思わず笑ってしまった。
「あはは、私と大違いですね」
「え? そ、そうかな?」
「でも聖女って言ったら本来こうですもんね。慈愛、博愛、無償の愛。懐かしい、私も教わったなあ」
先代聖女様のことを思い出す。聖女の心がけを色々教わったけれど、私には今一つピンと来なかった。先代聖女様のように自分からそういう心を持てるならともかく、周囲が聖女になる人間に求めるのは自分勝手のような気がしたからだ。
実際、アルミナ王国は私に対し聖女としての奉仕を求め、最終的に聖女のくせに強欲めと追放した。あくまで『紅の宝玉』に関する誤解が理由だが、そこに「聖女ならもっと清貧であるべきなのに、この女は……」という怒りも含まれていたような気がする。
聖女の本の表紙に描かれている聖女像は、そんな周囲にとって理想的な聖女の姿。私とは大違いだ。
「実際の聖女はこんなものです。フェルドもよく知っての通り、普通の人間ですよ」
「……たしかに、そうかもね。ジュリーナはジュリーナだ。でも僕は君の優しさも知っているよ」
「ふふっ、ありがとうございます。あ、ごめんなさい、用事があるんでしたね、失敬失敬」
本題を忘れるところだった。フェルドのお世辞はありがたく受け止めさせていただき、用事とやらの話をするとしよう。
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私たちは間に小さなテーブルを挟み、ソファに座って向かい合った。
「あらためてごめんね、ティータイム中に呼び出して」
「大丈夫ですよ、私はしばらく暇ですし。でもそうですね、よかったら次はフェルドも一緒にお茶しませんか? ゆっくりお話でもしましょうよ」
「魅力的な提案だね、ぜひそうさせてもらうよ。王城の中庭にぴったりの場所があるんだ、キセノにも手伝ってもらって、僕が君を招待する形で正式にお茶会を催すとしようかな」
「せ、正式にですか。私マナーとかはちょっと……」
「ふふ、大丈夫、お茶会は楽しむことが一番のマナーさ。でも君が気にするならお茶を楽しみつつマナーの勉強会にするのもいいね。僕とキセノ相手なら緊張することもないだろう?」
「あ、それいいですね、お願いします」
マナーなんて気にするな、と言われても、やはり気になってしまうのが人の性。ならば逆に一度学んでしまえば恐れるものはなくなる、気心の知れた2人に教わるなら楽しく学べるだろう。フェルドの気遣いが光る。
「さて、本題に入ろうか。話というのはこれなんだ」
そう言ってフェルドがテーブルの上に置いたのは小さな箱。蓋を開けると、中にあったのは何やら黒っぽい石だ。元はひとつだったのが割れたのか、それなりの大きさの破片がふたつ。
「ん? これ、何か見覚えがあるような……」
「君がオーソクレースに来た日の宝石店での出来事、覚えてるかな」
「忘れるわけないじゃないですか、フェルドがかっこよくナイフで……あっ!」
フェルドに救われ、印象に残った宝石店での事件。ふたつに割れた偽物の『紅の宝玉』、その割れ方までよく覚えている。
今、目の前にある石の破片は、たしかにそれと同じ形をしていた。
「そう、これはあの時の『紅の宝玉』の贋作だ」
「え? で、でもこれ……色が」
それならおかしい。あの時フェルドが割ったのは偽物の『紅の宝玉』、見た目では判別がつかなかった。しかしここにある石は、どう見ても赤色をしていない。黒っぽい、それこそ普通の石のようにしか見えない。
「そこなんだ。あまりに精巧な贋作だから何か作為を感じ、宝石店の裏を調べつつこの贋作自体も色々と検査をしていたんだが……次第に赤色が抜けて、見ての通りただの石になってしまったんだ」
「なるほど?」
ふむ。時間が経って色が消えた、か。本物の『紅の宝玉』ならありえない現象だ。
「ジュリーナ、ちょっとこの石に、『紅の宝玉』の魔力を込めてみてくれないか? 確かめてみたいんだ」
「わかりました、やってみます」
フェルドが確かめたいことはなんとなく想像できる。私は早速割れた石に片手をかざし、もう片方の手で『紅の宝玉』のネックレスを握った。ちなみにネックレスの宝玉は洞窟の一件でかなり消耗したので新しいものを貰っている。
『紅の宝玉』の魔力を一部抽出し……石の欠片へと注ぎ込む。
すると、魔力が注がれるにつれて黒っぽいただの石だったそれは、次第に赤色を帯びていき。
やがては『紅の宝玉』そのものの輝きを取り戻すに至った。
「ありがとうジュリーナ、もういいよ」
「ふうっ」
私が魔力を注ぐのをやめても石の輝きは変わらない。またしばらくすれば色が抜けていくのだろうけれど、当面は『紅の宝玉』と区別がつかないだろう。
私の、そしておそらくはフェルドの想像通りの結果だ。
「思った通り、この石は魔力を伝え、かつ蓄えやすい性質を持っているみたいだ。しかも魔力を通すと宝石のような輝きを放つようになる……ジュリーナ、『紅の宝玉』の魔力はどれくらい使った?」
「ほんのちょっぴりです、石に魔力を込めただけなので」
たとえるなら色水を作るようなもの。絵具を水に溶かせば、元の絵の具の量の何倍もの色水が作り出せる。その性質はまったく違えど、見た目だけならそっくりに。
「つまりこれが偽『紅の宝玉』の正体ということですか」
「ああ、特殊な性質の鉱石に、わずかな『紅の宝玉』の魔力を宿したうえで魔力が抜けないように加工したんだろう。宝石として加工してしまえば輝きはいくらでもごまかしが利くし、魔力ではまったく区別がつかない。よく考えたものだ」
そういえば本で読んだことがある。偽札を作る時、素材としてもっとも優秀なのは本物のお札なのだと。そうすれば少なくとも素材で見分けられることはなくなる。『紅の宝玉』の本体は魔力、魔力が同じなら見破るのは困難だ。
「あれ……? でも私、あの時……魔力で見破りましたよ?」
宝石店でこの偽物を見た時、見た目だけではまったく区別がつかなかった。あくまで私の、宝石の聖女としての力、経験によって、魔力の気配で偽物と気づいた。
たしかあの時……何か、いやな気配がしたのだ。
「そう、そこなんだ。そもそもこんな石、自然にそうあるものじゃない。だからこそこの贋作は厄介なんだけれど……僕たちはこれと同じ性質のものを、つい最近目にしたはずだ」
「え? 私もですか?」
「ああ。魔力を通すことで光を放つ石……僕たちが見たのは赤ではなく、青だったが」
「青……? でも『蒼の魔石』は『紅の宝玉』と同じく魔力の塊……あっ!?」
思い出した。私の目に焼き付いた、青色の輝き。
元は普通の石かそれ以上に黒ずんでいたものが、瘴気を抜き、彼本来の魔力を宿すことによって、青色の輝きを取り戻した……
フェルドも頷いた。
「そう、サッピールズの鱗だ。彼は『輝石竜』、石を食べることでその成分を用い、特殊な鱗を体に作る。成分で言えば鉱石と変わらない鱗をね」
「た、たしかサッちゃんは、怪しい2人組に襲われて鱗を奪われた上に瘴気を流し込まれたって……まさか!」
「そうなんだ、そう考えると全ての辻褄が合う。サッピールズを襲った犯人は、奪った鱗でこの贋作を作った。だがサッピールズに残った分だけで洞窟を埋め尽くすほどの瘴気の持ち主だ、作る過程でわずかながら瘴気が混ざってしまったんだろう」
「そしてそれを私が感じ取った……ってことですか」
なんてことだ。ふたつの事件がつながった。
「まだ推測の域を出ないけれど、可能性はかなり高い。これからサッピールズにもこの石を見てもらって確かめてもらうつもりだ」
「サッちゃん本人なら、元々自分の体の一部だったかわかるはずですもんね」
「ああ。ただそうなると、ことは思ったよりも厄介かもしれない」
サッちゃんを襲った謎の2人組は、明らかに並の存在ではない。ドラゴンであるサッちゃんをたやすく手玉に取り、鱗を奪い尽くした挙句、瘴気で侵して苦しめ続けた。
そしておそらくそれによって『紅の宝玉』の偽物を作り出した。そのひとつはオーソクレースの宝石店へ……
「も、目的はなんなんでしょう?」
「まだわからない。だが……明確な悪意を感じる。よこしまな、企みの気配だ。単に金儲けのためならドラゴンを襲ったりする必要はないしね」
私が偽物を見破ったことでその企みは阻止できたのだろうか?
それとも……私が止められたのは、その一端に過ぎないのかもしれない。
「さて、考えるよりひとまずサッピールズのところに行こうか。ジュリーナも来てくれるかな? 君がいたほうが、彼も聞き分けがいいだろう」
「もちろん! せっかくですしサッちゃんとちょっと遊んでいこうかな」
「ふふ、彼も喜ぶだろうね。また例のボール遊びかい?」
「はい! サッちゃんお気に入りなんですよー、あのふわふわボール、どうやって作ってるんですか?」
「ああ、あれは豚の……まあ、豚の素材でできてるよ」
「へえ~」
2人組のことは気になるが、あまり重苦しく考えていても仕方がない。私たちは楽しく話しながら、サッちゃんのいる騎士団の演習場へと向かった。
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なおサッちゃんに例の石を見せるや否や「うまそうだな!」と言ってバリバリ食べてしまった。慌ててサッちゃんの体にあったものか聞いたが、答えは「え? あー、たぶんそうであるな」というもの。
……まあ、本人が言うのだからそうなんだろう。たぶん。
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