第39話 ティーブレイク
表立ってアルミナを拒絶するか、王城に身を隠しほとぼりが冷めるのを待つかの選択。
結局私は、王城に身を隠すことにした。
理由は2つ。1つはやはり、オーソクレースに迷惑をかけたくなかったこと。
もうひとつは……どうせ、じきアルミナ王国はそれどころじゃなくなるだろうからだ。
私を追放してからアルミナは大いに苦労しているようだ。ただでさえ『紅の宝玉』を買う金がないと文句を言っていたのに加え、私が溜め込んでいると見込んでいた『紅の宝玉』もアテが外れて……
ただでさえ『紅の宝玉』をケチったために弱まっていた結界だ。いずれ魔物なり瘴気なりの対処でアルミナは手一杯になり、オーソクレースにいるとも限らない私を探す余裕はなくなるだろう。
逆にアルミナがなんらかの方法で結界を維持できたとしても、それはそれで私を探す理由はなくなる。
アルミナが進退窮まって私どころじゃなくなる、もしくは安定して私なんてどうでもよくなる……それまで王城で過ごして待てばいい。元々聖女として引きこもりに近い生活をしていた私だ、どうということはない。
そういうわけで、当分はオーソクレース王城でのんびり暮らすことになった。モース村で一仕事終えたのも丁度よかった。仕事はしたんだからその対価として気兼ねなく過ごせる。
フェルドもオーソクレース国王も、ぜひ羽を伸ばして欲しいと快く承諾してくれた。元々は宝石術師としても仕事もするつもりだったが、噂が広がるのを避けるためにそれもなし。ま、いずれ落ち着いたらサボった分取り戻す勢いで仕事させてもらうとしよう。
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「わあ、美味しい!」
王城の私の部屋で、私はキセノさんが淹れてくれた紅茶の味に驚いた。ふんわりと茶葉の香りが立ち、それでいてミルクの独特な臭いは抑えられ味はまろやか、温かさも心地よく、私が今まで飲んだ中で群を抜いて美味しい紅茶だった。
「お気に召していただけて何よりです」
キセノさんがにっこりと笑う。
今私はキセノさんに誘われ、午後のお茶を楽しんでいるところだ。キセノさん曰く、リラックスして体を休めるならこれが一番です、とのこと。
王族つきのキセノさんが淹れる紅茶への興味もあってぜひにとお願いしたが、それにしたって想像以上のおいしさだ。
「ほんとに美味しいです、この紅茶。アルミナでも紅茶はよく飲んでましたけど、ぜんぜん違います! どうやって淹れてるんですか?」
「そうですね、いくつかコツはございます。カップを温めておくこと、沸騰してすぐのお湯を使うこと、逆にミルクは温めずにおくこと、茶葉に応じて蒸らす時間をかえること、などでしょうか」
「うーん、こだわりがすごいですね。私適当に淹れちゃってたなあ」
アルミナの使用人は私の世話をほとんどしてくれないので、紅茶は自分で淹れていた。それなりに楽しんでいたが、やはりプロは違うなあ。貴族たちが毎日のようにお茶会をしていたのも頷けるかもしれない。
「あと、水の質もあるかもしれませんね。アルミナの水は硬く、オーソクレースの水は軟らかい水であると言われています」
「え? アルミナの水も普通にこう、さらさらしてましたよ?」
「そういう意味ではなく……私も以前フェルド様に聞いたのみなのですが、水には目に見えずともわずかな鉱石が含まれていて、その量が少ないのが軟らかい水なんだとか」
「へー、でもたしかに、お塩や砂糖だって溶けると見えなくなりますもんね」
「その通りでございます。紅茶に用いるには軟らかい水がよいと聞きますので、それが味に現れているのではないかと」
水に種類があるなんて想像したこともなかった。しかしフェルドはそんなことも知ってるのか。石に詳しいのは知っていたが、それが美味しい紅茶の知識に繋がるなんてなあ。
「それにしてもフェルド、なんであんなに石に詳しいんでしょうね。キセノさん知ってます?」
「……さあ、わたくしめにはなんとも。ただ幼い頃よりフェルド様はいずれ国政を担う身としての責任感が強く、熱心に本でお勉強をされていましたので、たまたま性に合ったのが鉱石の分野だったのかもしれませんね」
たしかにフェルドなら小さい頃から使命感に溢れた優等生だっただろうと容易に想像できる。そういえば昔いた孤児院でも男の子たちは小石を拾って熱心に集めたり、泥を丸めて団子にしたりと妙に地面に惹かれていた印象がある。男の子は案外そういうものなのかもしれない。
私はそうして納得し、キセノさんの笑顔の裏に隠された考えに気づくことはなかった。
「それにしても……ジュリーナ様、兄がご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「え? パイロさんが? 迷惑なんてとんでもない! むしろ私が世話になっていただけですよ」
「そうならいいのですが……兄は口下手なので、失礼はなかったでしょうか。本人もなんとか円滑にコミュニケーションしたいと願っているようですが、その結果があの下手な冗談なので、妹としては心配なのです」
「ああ、それはまあ、たしかに」
「しかも、ドラゴンと遭遇されたのでしょう? 兄が平静を保っていられたとは思いません、きっと子供の様に駄々をこねてお2人を困らせたでしょう」
「あはは……まあ、大丈夫でしたよ」
さすが妹、よくわかっている。パイロとキセノ、トラジェクト兄妹はクールな雰囲気はよく似ているが、キセノさんはメイドらしく喋り慣れているのに対し、パイロは一見すると無愛想にすら見える。もちろん敬意がないわけではないが、それでも兄妹で対照的だ。
『キュ~』
「ん、クルどうしたの? 紅茶が気になる?」
『キュキュッ』
「いい香りだもんね~、でもカーバンクルって紅茶飲んでいいのかな? キセノさん知ってます?」
紅茶の香りに誘われて顔を出したクルと戯れ、顔を上げると、キセノさんはクルを見つめて「はわわ」しか言えなくなっていた。
パイロはドラゴン、キセノさんはカーバンクルが大好きで、伝説上の存在と思っているのもあり実物を目の前にすると我を失ってしまう。こういうところは兄妹そっくりだ。
「はっ! え、ええと、カーバンクルが紅茶が飲めるかどうかは書物に記載はありませんが……ウサギやリスなどは紅茶を飲むこともあるそうです。カーバンクルは額の宝玉のおかげで毒に対する耐性もあるので、少量なら問題はないかと……」
それでもすぐに平常に帰りきちんと仕事をしてくれる辺りは流石。表情はにやけてしまっていたが。
「じゃ、ちょっと飲んでみようか。キセノさん、クルにも紅茶をお願いします」
「は、はい!」
「そうだ、紅茶の後はヒマワリの種も食べようね。キセノさん、クルがヒマワリの種かしかし食べるとこ見てくださいよ、かわいいですよ~」
「そ、それは想像するだけでもう……ああ……!」
正直、クルを相手にとろとろになってるキセノさんをいじるのも面白い。申し訳ないけどかわいいキセノさんを見て紅茶がうまい。
ああ、平和なひと時。
和んでいると、ノックの音が鳴らされる。
「どうぞ」
「失礼するよ」
入ってきたのはフェルドだった。
「おや、紅茶を楽しんでいたのか」
「ええ、絶品ですよ。フェルドも一緒にどうですか?」
「魅力的なお誘いだが、今回は遠慮させてもらうよ。実はちょっとジュリーナに用事があってね」
「私?」
「ああ、お茶を飲んだ後でいいから、僕の部屋まで来てほしいんだ。それじゃ、待ってるよ」
フェルドはそれだけ言って去っていった。
用事とはいったい? まあ急ぎじゃなさそうなので、ゆっくり紅茶を堪能してから行くとしよう。
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