第38話 迫られた選択
「フェルド、ジュリーナ嬢、よくぞ戻った」
王城へ着いた私たちはまずオーソクレース国王の前へと通された。今回は報告がメインということで身だしなみはそこそこで済ましている。というより、何か緊急のことがありそうなのもあった。
「衛兵より言伝は聞いたか?」
「ええ、ジュリーナのことは隠しながらここまでやって参りました」
「そうか、ならばよかった。それについて理由を聞きたいだろうが、まずはモース村の顛末を聞かせてもらいたい」
「はい、父上」
フェルドがモース村、および洞窟での出来事を報告する。王様には包み隠さず全てを語った、やや難解で突拍子もない話だが、王様なら理解できるという信頼からだろう。
事実、オーソクレース国王はフェルドの報告をじっくり聞き、頷いていた。ドラゴンが人と化して連れ帰った、という報告にも王様は動じない。周りにいる家臣たちも多少ざわめきはしたがすぐに収まった。これも、王様への信頼あってこそだろう。王様が揺らがない限り、オーソクレースは揺らがないのだ。
「ドラゴンか……思わぬ邂逅もあったものよな。暴走の危険はあるが、下手に機嫌を損ねてもまた危険は大きい。ジュリーナ嬢を恩人と慕い、また協力の意思があるならば素直に呑むのがよかろう。その2人組とやらのこともあるしな」
王様はあっさりとサッちゃんのことを受け入れた。これは逆に、王様がフェルドを信頼しているというのもあるのだろう。なんとも理想的な親子関係、というより王と王子の関係だ。
「して、そのサッピールズとやらはどこに?」
「今はパイロに任せております、当面、騎士団で面倒を見ることになるかと。王城に住まわせるには少々粗暴な面が目立ちますので」
「竜と人の理は違う、さもありなんことだ。引き続き処遇はお主に任せる。ただし、サッピールズを襲った2人組についてはことによっては国を挙げての調査の必要もあるだろう、後程詳しくまとめるぞ」
「はっ」
「さて……ジュリーナ嬢」
「あ、は、はいっ」
王様とフェルドで話していたのですっかり油断していた、突然名前を呼ばれ慌てて姿勢を正す。
王様は私を見て優しく微笑んだ。
「モース村での一件、あなたの助力なくしては、かくも円滑な解決は望めなかったであろう。私からも礼を言う、本当にありがとう」
「いえいえそんな。オーソクレースに拾ってもらった身として、当然のことをしたまでです」
「そうか、我が国のために尽力してくれたこと、とても喜ばしく思う。オーソクレースも、あなたのその心に報いるに足る国であることを約束する。これからも、どうかよろしく頼む」
「ええ、こちらこそ!」
王様からの感謝、アルミナではありえなかった光景だ。ありがとう、と言われるとそれだけでがんばった甲斐がある。ま、報酬も後で別にいただくけどね。
「では次に、言伝した件について話すとしよう」
話が次へ。オーソクレース城郭に入る際、衛兵から「ジュリーナは顔を隠せ」と伝えられた件だ。いったい何が理由なのだろうか。
「実はお主らが出ていった後、アルミナ王国より使いがやってきたのだ」
アルミナからの使い! 私はさすがにドキリとした。
「ま、まさか……私を連れ戻しに?」
「いや、そういうわけではなかった」
ひとまず最悪の想像は避けられてほっとする。でもそれならばなぜ?
「目的は『紅の宝玉』。使いの者の言い分では……ジュリーナが大量に宝玉を持ち出したがゆえ国内の宝玉が不足状態にある、それゆえオーソクレース領内の『紅の宝玉』を譲渡、あるいは売却して欲しい、とのことだ」
「あー……なるほどですね」
アルミナはそういうスタンスなのか。追放の後、私の部屋を探しても『紅の宝玉』が見つからなければ、過ちに気づくかもしれないと思っていたが……そうか、持ち出したという考えか。そうかそうか。
アルミナ王国はとことん私を悪者にしたいらしい。おそらくアルミナ王の意図だろう。よく考えればあの調子だったアルミナ王が自分の過ちを認めるはずがない。
「なんですって!? とんでもないことを! ジュリーナに感謝するどころか……!」
私はほぼ諦めの境地だったが、私以上にフェルドが怒っていた。アルミナのことはもはやどうでもいいだが、それでも私のために怒ってくれていると思うと嬉しい。
「無論、私たちはジュリーナ嬢の潔白を知っている。それとなく使者に対し聖女について尋ねてみたが、驚いたことにジュリーナ嬢とまったく同じ顛末を語った。内容は同じでも表現はかなり偏っていたがな」
「彼らの語りの中では、私はさぞ極悪人になっていたのでしょうね」
「うむ……気を悪くされたなら申し訳ない」
「いえいえとんでもない、私はもう諦めてますから」
「それでも許せませんよ! その使者とやらはまだオーソクレースにいるのですか!? 僕が行ってガツンと……」
「落ち着けフェルド。だがそう、そこが問題なのだ」
問題? フェルドをなだめつつ、王様の話の続きを聞く。
「ひとまず要求に関しては家臣と共に検討するとし、使者は返した。おそらく一旦アルミナへと帰還したのだと思うし、検問の衛兵からもその報告は上がっているが、オーソクレース王都の中に人を残していないとも限らない。もし、そうした者がジュリーナを見つけてしまったらどうなる?」
「あっ!」
アルミナの人間たちにとって私は極悪人。しかも『紅の宝玉』を大量に溜め込み、持ち逃げしたと決めつけている。もし私を見つけたら、すぐにでも取り押さえて詰問することだろう。
オーソクレース国王はそうなることを危惧し、私に顔を隠して王城まで来るよう伝えてくれたのだ。
「そ、そういうことだったんですね! ありがとうございます王様」
「うむ。使者の語り口からはジュリーナ嬢はすでに魔物に襲われ死亡し、あくまでジュリーナ嬢に協力して『紅の宝玉』を持ち出した者がいるという考えのようで、積極的にジュリーナ嬢を探している様子ではなかったが……万が一のこともあるからな」
使者は素直にアルミナに帰った可能性の方が高いとはいえ、もしオーソクレースに留まっていた私を見つけたらと思うと……王様には感謝しかない。
「ジュリーナ、どうする?」
「え? どうする、とは?」
「ひとまず今は事情も知らない内にトラブルが起きないようにと顔を隠して王城まで来たけど、これからずっとそうするわけにもいかないだろう」
「た、たしかにそうですね。どうしましょう」
「君が望むなら、オーソクレースは公式に君を匿っていることを宣言し、アルミナに対し抗議してもいい」
「えっ?」
「僕がジュリーナを守るのは当然だろう? そうでなくとも君はもうオーソクレースの民だ。謂れのない罪に問われる国民を守るのも、王族として当然のことだ」
「な、なるほど」
私の身柄をオーソクレースが守ってくれる、それはもちろんありがたい。しかし……
「う、うーん、でもそれだと……色々と、困ったことも起きません?」
「ジュリーナ嬢の懸念はわかる」
私の疑問にはオーソクレース国王が答えてくれた。
「あなたの引き渡しを拒否することは、アルミナの主張を正面から否定することになる。ましてアルミナ国王直々の判断の否定だ、ともすれば国同士の大きな問題になりかねない。さらに言えばアルミナは切羽詰まっているようだ、強硬な態度にでることは想像に難くない」
「で、ですよね」
「だが……これに関しては、私もフェルドと同じ意見だ」
「え?」
「ジュリーナ嬢をみすみすアルミナ王国へ引き渡す気はない、ということだ。理由はフェルドの言った通り、謂れのない罪に問われた国民を守るのは国として当然のこと」
「で、でも……それでオーソクレースに危険が及ぶのは、申し訳ないです」
私1人のためにアルミナ王国を敵に回す、それはつまりオーソクレース国民すべてが危険な目に遭うかもしれないということだ。さすがに申し訳ない。
「ふむ、では言い方を変えようか。ジュリーナ嬢を守ることは、我々にとっても有益なことなのだ」
「え? 有益、とは?」
「モース村での一件のように、ジュリーナ嬢の力はとても有益なもの。他にも怪我人の治療、魔物除けの加護、さらには『紅の宝玉』の鑑定など多岐にわたって活躍が見込める。それをみすみす失うのは国益を損なうといえるだろう」
たしかに……私はこれからもオーソクレースのために色々と働くつもりだ。聖女の力、宝石術師の力、我ながらどれも役に立つものと自負している。
王様はそんな私の力を評価してくれているようだ。
「さらにいえば、いかにアルミナ王国が強硬手段に出ようと、力に屈し望まぬ要求を呑まざるを得ないのであれば、それはオーソクレースという国そのものの主権を損なうことだ。そのような前例を残せば、以降あらゆる要求を呑まざるを得なくなる。それは国として避けるべき事態だ」
つまりアルミナ王国が怖いからって私を引き渡すのでは、アルミナが調子に乗って他にも色々要求してくるかもしれないということか。たしかに十分ありえる話。調子に乗るアルミナ国王の顔が浮かぶようだ。
「よって……合理的に考え、我が国はジュリーナ嬢を守ることこそ最善ととる。ご理解いただけたか?」
「……ええ、とても」
オーソクレース国王は私が罪悪感を抱かないように、あくまでオーソクレースにとって得だから守るのだ、ということにしてくれたのだろう。フェルドの父親らしい、とても合理的な判断だった。私も、それなら守ってもらおうと遠慮なく思える。
「ま、僕は損とか得とかじゃなくてジュリーナを守るけどね」
当のフェルドはなぜか妙に不合理なことを言う。普段は合理的なのに、たまに冷静じゃない時があるなこの人。
冷静さを欠くフェルドに代わり、オーソクレース国王が続けた。
「しかしながら、表だってアルミナ王国と対立すれば、いかに理屈をつけようとジュリーナ嬢も心安らかではないだろう。よりよい解決策が見つかるまで王城に身を潜め、存在を隠しきるのもまたひとつの手。嫌な思い出があるアルミナのことを考えさせるのも酷であろうしな。それゆえフェルドはあなたに、どうするか、と尋ねたのだ」
なるほど。
つまりオーソクレースとしては、私がその気ならアルミナに堂々とNOを突き付けてやるけれど、それを面倒と思うならほとぼりが冷めるまで隠れてしまうのもいいと思う……ということか。
「私としても選択はあなたに委ねたい。いずれにせよ、我がオーソクレースはその選択を尊重する」
悩ましい選択だ。どうするべきか。
「うーん……それでは私は……」
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