第36話 アルミナに来た2人組
アルミナ王国。
「お初にお目にかかります、偉大なるアルミナ国王陛下」
王の前へと通された商人の男は丁寧な所作でお辞儀をした。若い男だが王の前でも堂々としていて、服装も社交界でも通用しそうな上品な礼服を着こなしていた。
「私は旅の商人、名をクラックと申します。こちらは相棒のニック。アルミナ王国が危機的状況にあると風の噂に伺い、自慢の品物と共に馳せ参じた次第にございます」
商人、クラックが紹介した相棒のニックが同様に王に礼をする。こちらもクラックと同じく若い男、クラックよりも幼げな印象を与えた。
その傍らにはニックがここまで運んできた荷車。その上には箱が何百個も積まれていた。
「クラックにニックか、よくぞ参った。してお主らの商品とやら……検めさせてもらおうか」
「もちろんです。どうぞお手に取ってお確かめください」
兵士が箱を受け取り、それを王のもとまで運ぶ。
開かれた箱の中には、たしかに『紅の宝玉』が入っていた。
「おお……これはまさに『紅の宝玉』! 大きさも輝きも申し分ない!」
「お気に召していただけたようで何よりです」
「そ、その荷物、全て『紅の宝玉』か?」
「ええ、その通りでございます」
山のように積まれた箱、それらがすべて『紅の宝玉』とあらば、結界の維持のため宝玉を渇望していたアルミナ王にとっては文字通りの宝の山といえた。
「我らが祖国はアルミナよりはるか遠方にあるゆえ、これまで交流はありませんでした。しかしこの度、アルミナがとある悪女の策謀により危機に陥ったと聞き及び、遠路より馬を飛ばし駆けつけた次第にございます」
「お、お主らの国にはまだ『紅の宝玉』はあるのか?」
アルミナ王は商人たちの事情などそっちのけで、ただ『紅の宝玉』のことを気にしていた。
しかしそれも想定内なのか、クラックは笑顔のまま答える。
「もちろんでございます、我が国はアルミナとは比べるのも恥ずかしい僻地にありますが、それゆえに瘴気の流入も少ない地。『紅の宝玉』は十二分の産出があります」
「な、なるほど。してお主ら……この『紅の宝玉』に、どれほどの値をつける?」
王にとって重要なのはそこだ。いくら『紅の宝玉』があっても値段次第ではジュリーナに搾取されていた時と同じ。アルミナの危機を知る商人ならば足元を見られる恐れもある……
国の危機という非常事態、最悪の場合は力ずくでも交渉を。王はそこまで考えていた。
「そうですねえ……」
王の意図を知ってか知らずか、商人クラックは笑顔のままのんきに顎を撫でる。
「こちらの箱ひとつにつき、金貨にして……これくらいでいかがでしょうか」
クラックが指で示した額に、王は驚いて目を見開いた。
あまりにも、安かったからだ。
「な、なんと!? ほ、本当にそれでよいのか?」
「ええ、むしろ高すぎるくらいでございます。本当はお金をいただくのも畏れ多いのですが我らも商人として生きておりますゆえ……」
「お、おおお……!」
王は感動のあまり立ち上がっていた。王だけでなく、周囲の家臣や兵士たちも湧きたっていた。これでアルミナは救われる、と。
「というより、この額は我が国では相場と同じかやや高いくらいです。むしろこれまでのアルミナ王国での『紅の宝玉』の取引が相場に比べ法外の値段だったのではないでしょうか? 他国の商人、あるいは宝石を欲する人間によって不当に額を吊り上げられていたのではないかと……」
「む! なんと、そういうことであったか!」
クラックの言葉を王はあっさり信じた。自分にとって都合のいい言葉だったから。
「おかしいとは思っていたのだ、『紅の宝玉』は高価すぎる、どうやって先代が結界を維持してきたのかと。オーソクレースをはじめ、近隣諸国の宝石商ども……そしてあの、ジュリーナ! やはり奴らの強欲が、我が国を陥れた元凶か!」
「さようにございます」
「やはり追放は間違っていなかったのだ! 遅すぎたくらいだ」
ジュリーナ追放が正しかったと確証を得た王は勢いづく。何よりアルミナ王国の未来に光明が見えたからだ。
「『紅の宝玉』の価値を維持してこそ、アルミナの威光も保たれる。そう思っていたが……よもやそもそもの価値が、強欲者どもによって不当に操作されたものであったとは! それならば話は別! むしろ偽りを正してこそ、アルミナ王国の力が示されようというものよ」
王の語る理屈もまた一理あるもの。しかし少なくとも今王は、自分にとって都合がよいという理由でその理屈を信じている面もあった。
水が低きに流れるように、人の思考はえてして安易な方へと流れていく。嫌なことから逃げるための言い訳は無数に湧くように。
そしてそれを王本人は気づいていない。
「クラックよ、よくぞ我が国に赴き、真実を伝えてくれた。貴殿たちが来なければアルミナはどうなっていたことか……」
「恐縮にございます」
「貴殿たちの持参した『紅の宝玉』、全て買い取ろう! そしてすぐにでも貴殿らの祖国より次の宝玉を持ってまいれ、全て買い取ると約束する!」
「ありがとうございます、アルミナ王。商人としてこれ以上ない栄誉にございます」
「ああそうだ、疑うわけではないが念のため、貴殿らの『紅の宝玉』の鑑定が済むまではこの王城で憩うがよい。特上の部屋を用意させよう」
「かしこまりました、僭越ながらお部屋をお借りいたします」
王に命じられ、クラックとニックは案内の使用人と共に退出していった。2人にはゲストルームの中でも最上の物が供されるだろう。
「宮廷魔術師! どうだ、その『紅の宝玉』は本物か?」
「ええ、専用の設備を用いた本格的な鑑定も行いますが……私の目で見た限り、ケチのつけようのない真作に思えます」
「ふふ、ふははははは! やはり天は我が国を、いやこの私を祝福していると見える。このような救いが舞い降りようとは!」
王はすっかり2人の商人の来訪を、運命的な救いだと信じ切っていた。「あなたの判断は正しかった」、暗にそう囁く甘い誘惑に、抗うほどの理知はアルミナ王にはない。
「とはいえ念には念だ、しかと鑑定せよ。ただし傷などつけぬよう気をつけろ! それだけの量だ、結界の維持に使うには余るだろう、余った分は装飾品に加工し、疲弊した国庫を潤す役をしてもらわねばな」
「かしこまりました」
兵士たちが『紅の宝玉』の乗った荷台を運んでいく。王の命令なので、『紅の宝玉』の鑑定には細心の注意が払われることだろう。たとえばナイフで二つに割るなどはありえない。そんなことせずとも、魔術師たちがしっかり鑑定すれば真贋は見破れるのだから。
家臣の中には気づいた者もいたかもしれない。2人組の商人があまりに都合よく現れ、そして言葉巧みに、けして直接的には言わずとも……舌先三寸で王を操ろうとしていることに。
だがもはやそれを王に指摘したところで、楽へと流れた王が、痛みを伴う忠言に耳を貸すことはないだろう。ここで商人たちを疑ってアルミナの危機に頭を悩ませるより、アルミナは救われた、天の救いだ王の人徳だと騒ぐ方が遥かに楽なのだから。
「アルミナの未来は明るいぞ!」
そう言って笑うアルミナ王。
招き入れた2人組、クラックとニックはアルミナを救うのか、それとも……
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