第35話 ドラゴン、変身!
一緒にオーソクレースに帰る、と言い出したサッちゃんに私たちは驚いた。
「えっサッちゃん来るの!? オーソクレースに? な、なんで?」
『我を襲った2人組を探すためよ。奴らは許せん、我が誇りを汚し、邪なる力で散々に苦しめおってからに……! 必ずや見つけ出し報復を為す! しかしただ座して待つのみではまた現れるとは限らぬ、さらにいえば口惜しいことに現れたとて同じ目に遭わされよう。貴様らと共に行けば、人間の国の力で奴らは見つけやすくなる上に、見つけた時には貴様らの力も使えるであろう?』
なるほど、サッちゃんの言い分はわかった。いきなり襲ってきて体の一部を奪い去り、瘴気によって苦しめてきた相手を許せないのは当然だろう。それを探し出すため、また倒すために私たちと協力したいというのは納得の理屈だ。
でもそううまくいくのだろうか……私はフェルドを見る。案の定、難しい顔をしていた。
「たしかに君の気持ちはわかるし、僕らとしても瘴気を操る2人組には警戒をしていきたいから利害は一致してるけど……」
『そうであろう、そうであろう。なんだ、竜たる我が貴様らの手を借りてやると言っているのだぞ、何が不都合だ?』
「君がドラゴンってことだよ。誰もが皆ジュリーナみたいにドラゴンに怯まず接せられるわけじゃないんだ、君がオーソクレースに来たら大騒ぎになるだろう。さらに言うと君の力は強すぎる、人が大勢いるオーソクレースに行くのは危険だ」
フェルドの言うことももっともだ。私たちは仲良くなれたけれど全ての人間とサッちゃんが仲良くなれるわけじゃない、いくらフェルドが王子として慕われているとはいえ、安全なドラゴンだからみんな仲良くしてね、はーい、とはいかないだろう。
『なんだそんなことか』
だがサッちゃんはそう言ってニヤリと笑った。
「何か考えがあるのか?」
『当然よ、我を何と心得る、天覆う青き翼ぞ。幾百の時を生きた我の力をもってすれば……』
サッちゃんはそう言うと、その翼で自分の体を覆った。するとサッちゃんの体が光に包まれ……みるみる内に小さくなっていく。
光は人間くらいの大きさまでになり、収まった。
気づいた時にそこに立っていたのは人間の男性だった。青い髪に爬虫類を思わせる鋭い目つき、自信たっぷりな表情がどこかデンジャラスな印象を与える。細身の長身だがしっかりとした筋肉もついたしなやかな体だ。
ただ頭には角があり、耳は人間よりも鋭く尖り、さらに首の辺りや肩、腕、足などには『蒼の魔石』が鱗のように生えていた。
まさかとは思うが……サッちゃんが、人間の姿になったのか。
「どうだ! どう見ても人間であろう!?」
両手を広げ、誇らし気に宣言する。声もそれまでの魔力を使った会話ではなく、人間と同じ喉での発声になっていた。
角や鱗があるので完全な人間ではないが、たしかに人間そっくり。サッちゃんこんなことができたのか……
が、それより。
「さ、サッちゃん、下! 下を、隠してください!」
「ん? なんだジュリーナ、我が下半身がどうかしたのか?」
さすがに直視できなかった。当然といえば当然だが、変身したサッちゃんは、人間でいう全裸だったのだ。
「サ、サッピールズ、とりあえずこれを腰に巻いて。人間の女性は人間の男の裸を見ると辛いんだ」
フェルドがすぐ動いてくれた。身につけていたマントをとってサッちゃんに差し出す。
辛いというよりは慣れていないだけだ、孤児院の頃はともかく聖女候補になってからはずっと女性とばかり接してきたから……どういう気持ちで見ればいいのかわからない。
「なんだ、おかしな奴らだな。まあよいわ」
サッピールズは素直にマントを腰に巻いてくれた。上半身もあまり見慣れたものではないが、まあこれで直視はできる。一安心だ。
「してどうだフェルド! これならば何も心配はいらないであろう?」
「ああ、見事な変身だ……長く生きたドラゴンは人間の理解が及ばない不思議な力を持つというが……これは変身魔法や幻惑魔法では説明できない、ドラゴンだけが持つ力のようだね」
「無論だ、我ら竜を人の理で測れると思うな! フハハハハッ!」
「そしてそれが問題だ」
「む?」
フェルドはサッちゃんにずいと詰め寄った。
「人間には君の知らない特徴やルールが色々あるんだ。人が竜を理解できないように竜も人について知らないことが多いと思った方がいい。姿形は真似できても、そのせいで人間を傷つけたり、逆に傷つけられたりするかもしれない。今、ジュリーナを怯えさせたようにね」
「ぐ、む、それはまあ、確かに……」
「その姿ならオーソクレースに来てもまあいいだろう。でもそうするなら、人間の常識を学んでもらわなくちゃ困る。僕たちが色々教えてあげるから、基本的に僕たちの言うことには従ってもらうよ。いいね?」
「わ、わかった」
さすがフェルド、私をダシにして見事にサッちゃんに首輪をつけてしまった。彼のこういう合理的なところを私は気に入っている。
「ところで角や鱗は隠せないのかい? 角がある人間はいないんだけど……」
「なんだそうなのか? 隠せなくはないがバランスが崩れる、できれば今の姿でいきたい! 我にも美意識があるのだ」
「そうか、じゃあオーソクレースに帰ったら帽子か兜を……」
フェルドがサッちゃんと話している間、そういえばパイロが大人しいなと気づく。
見てみるとパイロは……項垂れ、地面を殴っていた。
「くっ……なぜ、なぜ……!」
「パ、パイロさん? どうしたんですか?」
「なぜ……人間の姿になど、なってしまうんだっ……!」
パイロは小さく、しかし目いっぱいの悔しさが滲んだ声を絞り出した。握る拳にも力がこもっている。
「わかっています、必要なことだと……しかし、しかしそれでも……ドラゴンの翼が、腕が、脚が、牙が……あのたくましくも美しい体が……もったいないっ……!! くうううっ……!」
彼にしかわからないことなのだろう。かける言葉が見つからないので、そっとしておいた。
「そ、それでフェルド、サッちゃんがオーソクレースに来るの、OKになったんですよね?」
「ああ、一応ね。どうやらこの姿だと彼の力も大部分に制限がかかるらしいからトラブルは起きにくいだろう。ちょっと変わってるけどドラゴンには見えないしね。城郭の中では必ずその姿を維持すること、基本的に僕たちの指示には従うこと、他色々を条件として呑んでもらったよ」
この短時間でそこまで交渉を済ませるとは。さすがフェルドである。
「ぐぬぬ、雪辱のためやむを得んとはいえ、窮屈であるぞ……」
「まあまあサッちゃん、その姿もカッコいいですよ?」
「む、そうか? まあそうであろうな、人の似姿を借りようと我は竜、竜たる威厳がにじみ出るのであろう! フハハハハ!」
サッちゃんは私の言葉であっさり上機嫌になった。なんだろう、ドラゴンから人間に姿を変えたのもあって、なんだか子供みたいだと思ってしまった。
『キュー?』
とその時、ポケットからクルが顔を出した。ずっと一緒にいたのだが、瘴気の気配が怖かったのか今までポケットに引っ込んでいたのだ。楽し気な空気を感じ顔を出したのだろう。
「む? なんだその小さな生き物は?」
サッちゃんがクルに興味を示した。ドラゴンにとってもカーバンクルは珍しい生き物のようだ。
「カーバンクルのクルですよ、私の家族なんです。ほらクル、挨拶して」
『キュッ』
「なんだこやつ、額に『紅の宝玉』があるではないか。むむ……よいなそれ……我もこの姿の額に青き輝きを……」
「サッピールズ、これ以上人間から遠ざからないでくれ。その姿が現状ベストだよ」
「むううしかしフェルド、青き輝きは我が誇りであってだなあ」
フェルドの説得のために離れるサッちゃん。まるでお小遣いをねだる子供のようだ。あるいはペットの躾け……とまで言っては失礼かな?
サッちゃん、どっちかといえばクルに近い扱いになるのかもしれない。ドラゴンにカーバンクル、考えてみれば贅沢な組み合わせだ。
「そうか……! むしろ人の姿だからこそ……その奥のドラゴンの姿のギャップが際立ち……背徳的な存在感を……」
その頃パイロはまだ何やらブツブツ言っていた。うん、そっとしておこう。
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何はともあれ。
モース村を襲っていた瘴気の問題は原因を突き止め無事解決。
私はついでに洞窟の『蒼の魔石』をいくつか持ち帰った。結局、宝石として売って財源にする案はフェルドから「ジュリーナ任せすぎて色々リスクが付きまとう」と却下されてしまったが、それはそれとして『蒼の魔石』には何かと使い道があるだろう。『聖女の光』にも。
一番の戦果はやはりサッちゃんだろう。フェルドが言ったように何かと危険ではあるけれど、ドラゴンという一大戦力がオーソクレースに味方してくれるのはやはり有難い。万一の時の頼もしい味方になってくれそうだ。
パイロは帰り道では復活し、なんだかやる気に燃えていた。ドラゴンに恥じないようより一層の鍛錬に励む、と張り切っているようだ。しかもサッちゃん曰く、戦いは好きなので暇なときは胸を貸してやる、とのこと。パイロは気絶しそうなほど喜んでいた。
万事解決。私もお役に立てて何より、これで胸を張ってオーソクレースに定住できる。
私たちは意気揚々と、村人たちと兵士たちが待つモース村へ帰還したのだった。
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