第34話 事件の真相
『我こそは天覆う青き翼ことサッピールズ! 幾百年の時を生きる竜よ!』
ジェムストーンドラゴン、あらためサッピールズは私たちの前で堂々と名乗りを上げた。
『よもや人間どもに救われることになろうとはな。癪ではあるが、それ以上に爽やかな心持が我が身を満たしておる。女、貴様の力か?』
「え、ええまあ。私の魔力と、この『紅の宝玉』の力の合わせ技ですね」
『ほほう? 赤の石……我が鱗とはまた異なる力の魔の石か。我が青き力の主ならば、女、貴様はさしずめ赤き力の主と言えよう。人間もなかなかやるではないか』
「別にそんなたいしたものじゃないですよ。あ、私ジュリーナって言います」
『そうか、ジュリーナか。人間の名を覚えるなどいつぶりか……フハハハハハハ!』
「うふふふっ」
魔力を通して人間の言葉を操り、サッピールズは上機嫌そうに笑っていた。瘴気が取り除かれてよっぽど嬉しかったんだろう。そんなサッピールズと話していると私も嬉しくなってきた。
しかしまさかドラゴンとこうして話すことになるなんて。たしかに体は大きくて威圧感はあるが、話していると人間とそんなに変わりはない気がした。
「ジュリーナ、すごいよね……」
「ドラゴンと、こうも自然に会話を……」
フェルドとパイロはそんな私を見て呆れたような感心したような顔をしていた。話してみれば意外と気さくな人、いやドラゴンですよ?
そりゃあ理性のない凶暴な魔物なら怖いけれど、こうして話が通じる相手ならちょっと体が大きいだけだ。人間でも話が通じないような相手はいるし……
『そうだ、そこの男どもも名乗れ! おぼろげながら覚えておるぞ、貴様らも暴走する我に果敢に立ち向かい、ジュリーナが力を行使する隙を見事作り上げた! このサッピールズが貴様らの名を覚えてやろう』
「それは……光栄だね。フェルド・オーソクレースだ」
「ぱ、ぱ、パイロ……です」
『そうか、フェルドにパイロよ。貴様らにも礼を言おうぞ、フハハハハハ!』
ほら、気さくなドラゴンでしょう? まあパイロさんは憧れのドラゴンに名前を呼ばれた感動で気絶しそうになっていたが。
「そうだサッピールズ、聞きたいことがあるんです」
『む、なんだ? 申してみよ』
「サッピールズはなんで……サッピールズって言いにくいですね。サッちゃんでいいですか?」
『サ、サッちゃん!?』
サッピールズが驚きの声を上げる。さすがにダメだったか?
『ク、フ、フ……フハハハハハハッ! どこまでも愉快な女よ! 竜をあだ名で呼ぼうとはな』
「ご、ごめんなさい、嫌なら別に……」
『よいよい、初めてのことで面食らっただけよ。貴様らなりの親密さの表現であろう? 恩人の流儀に合わせるとしよう、これより我をサッちゃんと呼ぶがいい』
あ、やっぱり話の分かるドラゴンだ。よかったよかった。
ほっとする私のそばで、フェルドは呆れたような感心したような顔で私を見て、パイロさんはあり得ないものを見る目で見ていたが……本人、もとい本竜がいいというならいいだろう。
「じゃあサッちゃん、質問なんですけど、サッちゃんはどうしてあれほどの瘴気を受けてしまったんですか?」
サッちゃんの体に宿っていた瘴気は国一つ滅ぼせるほどの強さのものだった。少し魔物と戦ったり、魔物溜まりに突っ込んだ程度では考えられないことだ。それも、『蒼の魔石』に身を包むサッちゃんの体がどす黒く染まるほどの瘴気……いったい何があったのだろうか。
「私たち、実はこの洞窟を流れる川の下流で、瘴気が含まれた石を見つけて、その原因を調べに来たんです。サッちゃんの瘴気と無関係とは思えないんです、何か知っていますか?」
『ふむ……たしかに、それは我が関係していそうだ。よかろう、話してやる』
そうしてサッちゃんは事の顛末を語り始めた。
『我はずいぶん前からこの洞窟をねぐらとしてきた。少し奥に行けばわかるが、上部が崩れ天と繋がる場所があり出入りがたやすく、水があり、糧となる魔物も多く、人間も寄り付かない絶好の地だったからな。だがそこへ、招かれざる客がやってきたのだ』
「招かれざる客……?」
『人間……いや、今思えば人間だったかも怪しい、謎の者たちだ。2人組で、術式の編み込まれた装束に身を包み、姿はよく見えなかった。言えるのは、そのものたちが途轍もなく強い邪の気配……貴様らの言うところの瘴気をまとっていたことだ』
瘴気をまとう2人組……本当に人間だったのだろうか。
『奴らは我に襲い掛かった。目にも止まらぬ速さで飛び回り、次々に我が体の青き輝きを奪い取っては、そこへ瘴気を流し込んだ。我が輝きを狙う盗人とは幾度となく戦ってきたが、あれほどに手強く、輝きを奪われることを許してしまったのは生まれて初めてのことだった』
輝き、とはサッちゃんが纏う『蒼の魔石』と同じ性質の鱗のことだろう。2人組は宝石泥棒ということか?
『この地の青き輝きはその戦いの跡よ。我が使った青き力、その残滓が輝きとして岩肌に残っているのだ』
「え、サッちゃんって『蒼の魔石』の力使えるんですか?」
『青き輝きのことか? 無論だ、元は我の魔力、我が扱えぬはずなかろう』
『蒼の魔石』は攻撃的な魔力の塊……サッちゃんが本気なら、それを使って戦っていた。そのエネルギーの強さは私が『聖女の光』で証明済み、それをサッちゃんは全身に纏っているのだから、普通の魔法使いが束になっても足元にも及ばないだろう。洞窟を『蒼の魔石』で覆い尽くすわけだ。
だがそんなサッちゃんでも……退けることができなかったのが、あの2人組。
『奴らは我が力すらものともせず、次々に我が輝きを奪っていき……気づいた時にはその姿はなく、我は全身を瘴気に侵され倒れていた。そこからの記憶はおぼろげだ、ただ残っているのは苦痛と焦燥の記憶のみ。とにかく邪なる気を体の外に出さんと、ひたすらに岩を貪り喰い、新たな鱗を作っては捨てていたのは覚えている』
「岩を食べた?」
『我は喰らった岩を身に宿し、我が魔力を含ませこの青き輝きとするのだ。同様に、我が身を覆った瘴気をそうして鱗に混ぜて次々に生み出し、切り捨て、可能な限り早く排出しようとしたのよ。もっとも瘴気が強すぎたゆえか、洞窟が瘴気に沈むほどに吐き出し続けても、気休めにしかならなかったがな……』
その時、フェルドが口を開いた。
「そうか、そうしてサッピールズが切り離した鱗が川に落ち、モース村に流れ着いていたんだ。ストーンドラゴンの鱗は切り離されれば岩にしか見えないからね、川を流れる内に削られ、小石のサイズになって村まで流れてきたんだろう」
なるほど、瘴気を含む岩の正体は、瘴気に苦しむサッちゃんが岩を食べ続けることで辛うじて出した鱗だったんだ。ただ岩を食べても食べても瘴気は出し切れず、サッちゃんは苦しみ続け、モース村には瘴気が溢れていった……ということか。
モース村の瘴気を辿っていったら、まさかドラゴンに繋がるなんて。誰も想像できなかっただろう。
『やがては苦しみのあまり正気すら失っていたところ、貴様らが現れた、というわけだ。つくづく、ジュリーナが来なければどうなっていたやら。つくづく感謝よの』
「ふふっ、どういたしまして」
でも、モース村の瘴気の原因がサッちゃんを襲った瘴気で、それを浄化できたということは……
これでもう、モース村の問題は解決ということか! 目の前のドラゴンを救ったら、それが本来の目的を果たすことになるなんて。なんという偶然、いや必然?
とにかく。
「やりましたねフェルド! これで村はもう大丈夫ですよ!」
「ああ、そうだね。ジュリーナのおかげだ」
フェルドはそう言って、優しく微笑んでくれた。
「本当に、君が来てくれてよかった。君がいなければモース村を救うことはできなかった、ありがとう。村の皆も喜ぶだろう」
「いえいえ、当然の仕事をしたまでです。それにフェルドたちに連れてきてもらわなきゃ来れなかったんですからお互い様ですよ。あ、でも、帰ったら新しい『紅の宝玉』くださいね?」
「もちろん! また渾身の逸品をプレゼントするよ」
「うふふっ、楽しみにしています」
私としてもフェルドの期待に応え、モース村の皆を救うことができてよかった。一時はどうなることかと思ったが、これで万事解決。
……と、いうわけにもいかないようで。
「残る問題は……サッピールズを襲った2人組が何者か、か」
『うむ、我もそれだけが気がかり……というより、思い返すだけで腹立たしい! 我の青き輝きを奪い尽くしたばかりか、この天覆う青き翼たる我をあのような目に遭わせよって……! けして許しはせん!』
フェルドとサッちゃんが懸念するように、たしかにサッちゃんを襲った2人組のことは心配だ。ドラゴンを手玉に取り、かつ暴走するほどの瘴気を流し込んだ、謎の存在。サッちゃんは人間に見えたようだけど……人間がそんな力を持つなんてあり得るんだろうか?
「サッピールズから奪ったという『蒼の魔石』も心配だね。『紅の宝玉』と違い、『蒼の魔石』はジュリーナほどの技術がない限り商売には使えないはず……いったいなんの目的なのか……その狙いがドラゴンだけとは限らない、場合によってはオーソクレース全体の問題だ。帰ったらすぐに手を打つとしよう」
フェルドは早速帰った後心配だが、フェルドに任せておけば大丈夫だろうという気もした。頼もしい限りだ。
『む……時にフェルドよ、貴様その身なりと口ぶり、さては人間の社会の要人だな?』
「ん、ああ、よくわかったね。一応、一国の王子を名乗らせてもらってるよ。ドラゴンの君にとってはどの道小さな存在だろうけど」
『それはそうよ、しかしながら仮にも人間どもの上に立つ身なれば相応の力もあろうな……ふむ……』
「サッちゃん? どうしたんですか?」
サッちゃんは考え込んだ後、
『よし、決めたぞ』
と笑う。
そしてとんでもないことを言い出した。
『我も貴様らと共に山を降り、貴様らの国へと赴くとしよう!』
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