第33話 輝く石の竜
「これがこのドラゴンの……本当の姿……!」
瘴気を取り除いた結果現れたドラゴンの美しさに、私は目を奪われた。鱗の代わりに宝石をまとったドラゴン、こんな生き物が存在するなんて。
「これは……まさか……『輝石竜』!?」
パイロさんが声を上げた。彼にしては珍しい大声だ。
「ご存知なのですかパイロさん!」
「はい、岩と同じ性質の鱗をまとうドラゴン、いわゆる『ストーンドラゴン』の変種、宝石を身に宿す竜、それが輝石竜。しかしその宝石を狙う人間は後を絶たず、歴史上狩り尽くされて絶滅した、あるいは全ての人間を返り討ちにした後人間を嫌い人の手の届かない領域へと閉じこもったと言われ、目撃例は直近でも132年前のバビントン山脈冒険譚の一節まで遡ります」
「く、詳しいんですね」
フェルドが言っていたようにドラゴンのこととなると饒舌だ。表情はあまり変わらないが心なしか興奮しているのが伝わる。
なるほど、キセノさんとの血の繋がりを感じる。しかしそれをここまでしっかり抑えていた辺り、そこはさすがのプロ意識。
「詳しいといっても本当に希少なドラゴンですのであくまで呼び名と目撃の情報だけ……その生態、性質、由来は謎に包まれています。よもやこんな間近で見られるとは……!」
「そうだね、僕としてもこのドラゴンには興味が尽きない」
とそこでフェルドが進み出た。ドラゴンを見上げ、その体に触れた。
そして何やらよくわからないことを語りだす……
「体を覆うのは『蒼の魔石』……少し違うが、この輝きは間違いなくそれと同じ性質だ。ただこの感触、そして光の屈折を見るに『蒼の魔石』とはまた違う……特殊な鉱石成分に魔力を通し、結果として『蒼の魔石』と同じ発色をしている? そうだな、それならそこに瘴気を通した場合黒く変色することへの説明もつく」
そうだった。パイロがドラゴンならフェルドは石、特に宝石に関して饒舌になる。かわいい男たち。何言ってるかよくわからないけど。
「ストーンドラゴンの変種と見てもその仮説を支持したいですね。彼らは『鋼蝸牛』やロックコンドルなどと同じく摂食した岩石を肉体の一部へと変えるので、このドラゴンも摂取した鉱石を鱗のようにして身にまとっていると考える方が、魔力だけをわざわざ宝石の形に固めていると考えるより自然かと」
「そうだね、その通りだ。おそらくはストーンドラゴンの中でも特に魔力伝導性の高い鉱石を摂取した結果変質が起き、また同時に攻撃的魔力を強く宿す種のみがこうした宝石に似た輝きを持つドラゴンとなるのだろう。希少なのも頷ける」
要はこのドラゴンはかなり珍しい種ということのようだ。ま、わからなかった部分は後で聞いてみることにしよう。
「この『蒼の魔石』だらけの空間も、このドラゴンが棲みかにしていたからかな? 見たところここにあるのは純粋な『蒼の魔石』のようだけど、無関係ではないだろう。それもきっと輝石竜の生態に関係しているに違いない、興味は尽きないね」
フェルドの言ったとおり、『蒼の魔石』に覆われた洞窟に、『蒼の魔石』に覆われたドラゴン、無関係なはずはないだろう。よく見るとたしかに洞窟の魔石とドラゴンの魔石はちょっと光の反射が違うが色は同じだ。
「しかし……『蒼の魔石』、ですか……」
その時。
パイロはふいに呟いた。
「……俺にはこの輝きは、『紅の宝玉』にも劣らないものに見えますがね……」
「あ、それ私も思ってました」
なぜパイロがいきなりそんなことを言い出したのかはわからなかったが、会話に混ざれなくてちょっと寂しかったので私も乗っかった。
実際、この洞窟を覆う『蒼の魔石』はキラキラ輝いて、宝石と同じくらいに綺麗だ。というか『紅の宝玉』とほぼ同じ成分なんだから宝石でいいのでは? と思う。
「まあ確かに宝石というのは明確な区分があるわけじゃなくて、綺麗な石の中でも希少で、高額で取引されるようなものをそう呼んでいるだけだからね」
「え、そうなんですか?」
「ああ、だからたとえば、過去には希少だった宝石が大量に発見され、結果的に価値が落ちて宝石と呼ばれなくなったなんて例もある。綺麗だけど価値がない石はカラーストーンなんて呼ばれ方もある、『蒼の魔石』の場合は魔力の性質が先に立って魔石と呼ばれることが多いけど」
「なるほど! あれ? でもじゃあ……」
宝石の基準は明確にはなく、綺麗かつ希少なものをそう言う。『紅の宝玉』はたしかに綺麗で希少、間違いなく宝石と呼べるだろう。
でも『蒼の魔石』は同じく綺麗で、そして触るだけで爆発するほど不安定で滅多に見られない。つまり希少なはずだ。
「なんで『紅の宝玉』は宝石なのに、『蒼の魔石』は宝石じゃないんですか?」
普通に考えれば、両方宝石と呼ばれていい気がする。
「ああ、それはね……」
フェルドが説明しようとした矢先。
「そう、それです!」
と、急にパイロさんがいつになく強い勢いで割り込んできた。
「定義を考えれば『蒼の魔石』も宝石と呼ばれてしかるべきです。いやむしろ輝石竜が身にまとっているのです、逆説的に宝石になるのではないでしょうか。そうに違いありません」
「パイロ……言いたかったのはそれか」
フェルドは呆れ気味に笑った。どうやらパイロ、輝石竜の箔づけのため、『蒼の魔石』は宝石であることにしたかったらしい。ドラゴン大好き少年と化した彼からすれば、伝説の宝石をまとうドラゴンなのだからその通りに呼びたかったのだろう。
「ただちょっと難しいかもしれないね、『蒼の魔石』の場合は『紅の宝玉』と違って扱いが難しい、他の宝石のように装飾品にしたりは困難を極めるだろう。宝石は希少さもそうだけど、欲しがる人がいるかどうかが重要だ」
宝石は欲しがる人がいて初めて宝石になる、か。
それこそ『紅の宝玉』はアルミナが喉から手が出るほど欲していた。ま、結界の維持の他に王侯貴族たちが装飾品としてこぞって欲しがったせいもあるだろうけど。
「流通できない以上は宝石とは呼びにくい。ごめんねパイロ」
「そうですか……」
パイロはシュンと肩を落としてしまった。なんだかかわいそう……あ、そうだ。
「あ、それなら私、いけるかもしれませんよ」
「え?」
「私が処理すれば『蒼の魔石』は安定させられるので、宝石として売れると思います。宝石の加工と同じく一度処理しちゃえば大丈夫ですので」
あまり商売に詳しくない私だが、とりあえずフェルドの言った問題はクリアできる。そうすれば宝石の条件はクリアできるはずだ。
それに、さっきも考えたが『蒼の魔石』の希少性はある意味『紅の宝玉』以上。
「うまくいけばオーソクレースの財源にできるかもしれません! 私がんばりますよ」
私がせっせと『蒼の魔石』を処理し、宝石として売り出せば、オーソクレースだけが持つ貴重な財源になれる。私もお世話になるオーソクレースに貢献出来て万々歳だ。せっかく置かせてもらうんだから仕事しなくちゃね。
そんな想像をすると私はなんだか楽しくなってきたし、パイロも顔を明るくしていた。素直なドラゴン大好き少年め。
が、唯一微妙な顔をしていたのがフェルド。
「ジュリーナが宝石を作って……売る……か」
「だ、ダメでしょうか?」
私にはわからない経済やら政治やらの問題があるのだろうか? おそるおそる聞いてみる。
「……君は気にしないの?」
「え?」
「いや、アルミナでの顛末があったから、てっきりそういう……その、宝石をお金でやりとりすることに抵抗というか、嫌悪感はないのかなって」
「なんだ、そんなことでしたか」
フェルドはどうやら私に気を遣ってくれていたらしい。
が、心配はご無用だ。
「私が嫌いなのは恩知らずのアルミナ王とアルミナ国民だけです! 宝石にもお金にも罪はないですよ!」
別に私は『紅の宝玉』は聖なる物質なのだからお金で取引するなんて罰当たり、だとか、お金を理由に追放されたからお金が嫌い、だとかそういうことは思っていない。
ただ、国を守ってあげた恩を顧みず私が悪と決めつけて追放されたこと、また国を守るために頭をひねって『紅の宝玉』を買うお金を作り出すべきなのにその努力を放棄し投げ捨てた無責任さを憎んでいるだけだ。
「私はギブ&テイクが好きなんです。お金の取引なんてまさにその最たるものでしょう? 嫌う理由なんてありませんよ」
でなきゃ宝石売りのお爺さんと話したり、オーソクレースの宝石店に入ったりしていないもの。ま、宝石店の方ではちょっとひと悶着あったけど。
私の宣言を聞いてフェルドは、
「……ふふふっ」
と笑った。
「やっぱり君はすごいね。聖女なんだけど聖女らしくないというか……いやそうか、それがジュリーナなんだね。うん、さすがだ」
「それ、褒めてるんです?」
「褒めてるとも。ギブ&テイクか、僕も大事にしていこう」
「フェルドなら大丈夫ですよ!」
そうして話していた、その時だった。
「王子! ジュリーナ様! 離れて!」
突然、パイロが鋭く叫ぶ。
「ちょっとごめんね」
「きゃっ」
すかさずフェルドが動く、私をさっと抱き上げると素早くその場から飛びのいた。すぐに降ろされたが、ちょっとドキドキした。こういうことをあっさりやってくれちゃってこの王子様は。
だがすぐにパイロの言葉の意味を悟り私もドキリとする。
ドラゴンが、動き出していたのだ。
「浄化の影響か、『聖女の光』の特性か……もう目を覚ましたか」
「ジュリーナ様、お下がりください」
フェルド、パイロが剣を構える。そうだ、ドラゴンの瘴気を浄化し元の美しい姿を取り戻したが、かといってドラゴンが私たちの味方とは限らない。
フェルドも言っていたように逆に瘴気によって凶暴さが抑えられていた可能性すらある。もしそうならこれから、元気いっぱいのドラゴンと戦う必要がある。
「だ、大丈夫です! いざって時は私の『聖女の光』で……」
「いや状況が変わった、あのドラゴンは『蒼の魔石』をまとっている以上、『蒼の魔石』の力を使う魔法である『聖女の光』が効かない可能性が出てくる」
「あっ……たしかに」
「さっきまでは瘴気によって『蒼の魔石』が力を失っていたけど、今はどうだか……しまったね、話すより先にまず距離をとるべきだったかもしれない。僕もパイロもつい興奮してしまった」
「面目次第もございません……」
思ったよりも大変な状況になってしまった。ドラゴン大好きパイロ、宝石大好きフェルド、そして2人の話を楽しく聞いていた私の3人ともやらかしたわけだ。
さあ、ドラゴンがどう出るか。
ドラゴンは青色に輝く巨体を持ち上げる。その目が開かれ、私たちを見た。目からはさっきまでの凶暴さは感じられないが……
『……人間ども……貴様らか……』
しゃ、喋った? いや喉からの声じゃない、魔力を使った声だ。
とにかくこのドラゴンには知性がある。話し合いができるということではあるが、もし敵意があるなら危険度はただ暴れるよりも遥かに上だ。
緊張の瞬間。ドラゴンは首を持ち上げ……笑った。
『貴様らのおかげでスッキリした! 礼を言うぞ!』
そのまま豪快な笑い声をあげるドラゴンに、私たちは顔を見合わせ、ほっと胸を撫でおろすのだった。
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