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第32話 ドラゴンの浄化

「ジュリーナ、何か考えがあるのか?」

「ええ……ちょっと失礼」


 倒れたドラゴンへと近寄る、気を失っているとはいえ、近くで見るとすごい迫力だ。


 その鼻先に触れて確かめる……うん、やっぱり。


「このドラゴン……瘴気中毒の症状が出ています」

「なんだって?」


 瘴気中毒、その名の通り瘴気に侵された生物が起こす病気だ。体内の生命力が乱れ、精神と肉体の両方に影響を及ぼす。


 うっかり瘴気が溜まった場所に入ってしまったり、瘴気を扱う魔物と戦った後こうした症状が現れることがあるのだ。聖女だった頃、そういう患者が何度か私のところに運び込まれ、治療してあげたことがある。


 アルミナ領内には瘴気も魔物もないので患者はいつも他国の人間で、私のところに来るまでに王やその周囲に何か言われたのか、治療の手柄はなぜかいつも王のものになっていたが……


 っと、今はそんなことより。


「瘴気中毒、それはつまり、このドラゴンは本来瘴気を持たない種のドラゴンだということなのか?」

「そのようですね、体内の瘴気の感じからしても定着しているというより侵食、好き勝手暴れ回っている感じです」


 ドラゴンは個体ごとにまったく違った特徴があり、中には魔物のような瘴気を宿すドラゴンももちろんいる。しかしこのドラゴンには全身から、激しい瘴気を感じた。


 たとえば毒蛇の牙には毒があるが、かといって毒蛇の体全体が毒で満たされているわけではない。それと同じように、このドラゴンが瘴気を操る種のドラゴンなら、体中が瘴気に侵されているのはおかしいのだ。まあ私はドラゴンに詳しいわけではないので、普通に考えればきっとそう、ぐらいの考えだが。


 しかしそんな私にも、胸を張って詳しいと言える分野がある。魔力、特に瘴気に関してだ。


「しかもこの瘴気……濃いです、途方もなく。この洞窟の瘴気よりもずっと濃い」

「なんだって?」

「これは洞窟の瘴気に侵されたんじゃない、むしろその逆、このドラゴンから放たれる瘴気が洞窟に充満して、今の状態になったんだと思います」

「つまり……このドラゴンはどこか別の場所で強い瘴気を浴びてからここに来て……ドラゴンがいることによって、洞窟全体が瘴気に覆われた?」

「だと思います」


 水や風と同じく、魔力も強いところから弱いところへと流れる。濃い塩水と薄い塩水を薄膜を介して接すると、水が移動して同じ濃度にするのと同じ現象だ。


 このドラゴンを包む瘴気は洞窟のそれよりも強い。これがもし同じ、あるいは洞窟よりも薄いなら、洞窟の瘴気がドラゴンを侵したとみていいだろう。


 だが実際にはその逆……つまりこのドラゴンこそが、洞窟の瘴気の発生源。


「しかしそうなると、このドラゴンはこの広大な洞窟を瘴気で満たし……それでなお余りあるほど、強い瘴気を受けていたということになるね」

「そうですね、もし人間だったら数百人は死んでしまうほどの強い瘴気です」

「とんでもない話だね……」


 おそらく凶暴化していたのも瘴気の影響だろう、いかに生命力に満ちたドラゴンといえどあれほどの瘴気、かなりギリギリだったはずだ。


「それで提案なんですけれど、このドラゴン、浄化してみるのはどうでしょうか」


 浄化、つまり瘴気を取り除くということだ。


「もし暴れた原因が瘴気なら、浄化してあげれば大人しくなるかもしれませんし」

「なるほど、ジュリーナは優しいね。でも危険も伴う。元から凶暴なドラゴンが、むしろ瘴気によって力を抑えられていた可能性もあるからね」

「そこは大丈夫ですよ! もしまた暴れたら、私が『聖女の光』で寝かしつけてやりますから!」


 ここにはまだまだたくさんの『蒼の魔石』がある、中にはかなり大きいのもあった。もしドラゴンが暴れても、今度はもっと大きな魔石で『聖女の光』を浴びせてやるつもりだ。


「ふふっ、頼もしいね。うん、ドラゴンは人間にとって脅威でもあるけれど、魔物から守ってくれる守り神という側面もある。殺さずに済むならそれが一番だ。ここはジュリーナに任せてみようか」

「ありがとうございます!」

「パイロもそれでいいよね?」

「ええ……お2人がそうおっしゃるなら」


 ドラゴンを殺そうとしていたパイロも一旦剣を収めた。こういう流れにならなければ彼は容赦なくドラゴンに止めを刺していただろう。クールな目が、今はちょっと怖く思える。


「パイロも、本当はドラゴンを殺したくなかったはずだよ」


 そんな私の心中を察してか、フェルドがそっと私に耳打ちした。


「むしろ彼が一番嫌だったはずだ。なにせ彼の家……トラジェクト家は代々、幻獣信仰の強い家だからね」

「幻獣信仰?」

「幻獣、要は人智を超える生き物全般の呼び方だ。それらを讃え、崇め、目標として生きていくべしという教えさ。妹のキセノさん、カーバンクルに特別な反応見せていただろう?」

「あ、そういえば……単に小動物好きってだけじゃなかったんですね」

「幻獣とされる生き物は色々いるけど、彼女は特にカーバンクルを信仰していたからね、まさか本物と触れ合えるとは思っていなかっただろう。あ、でも彼女、動物好きなのもそうだよ。リスとか大好き。カーバンクル信仰とどっちが先なのかはわからないけど」


 あのリアクションは相乗効果の結果だったのか。なんか納得。


「で……パイロが特に信仰するのが、実はドラゴンなんだ」

「えっ!」

「強さ、たくましさ、神秘性。幼いころから国を守る騎士になるべく鍛錬してきた彼には自然な信仰だったろうね。小さい頃はよくドラゴンの逸話をあれこれ聞かされたよ、パイロは寡黙だけどドラゴンに関しては熱く語るんだ」

「で、でも今、パイロさんはドラゴンを……」

「ああ、殺そうと提案した。騎士団長として、領内の平和を守ることを優先したんだろう。彼はそういう人だ」


 自分が信仰し、憧れる存在を目の前にしても、冷静に自分の為すべきことを……パイロ、すごい人だ。


「まあ正直、それは本来僕が切り出すべきことで、彼に言わせてしまったのは僕の落ち度……つい興奮してしまってね……ジュリーナが救った以上僕がドラゴンを殺せとは言えないだろうって見抜いていたんだろうなあパイロは……申し訳ないことしたなあ……」


 フェルドは何かぶつぶつ言っていたが、とにかく。


「パイロのためにも、ドラゴンを救えるならそれが一番だ。お願いするね」

「はい!」


 これはますますがんばらなくては。ドラゴンを救い出し、パイロにも喜んで貰わなくては。


「ふーっ……」


 深呼吸し、集中する。左手で『紅の宝玉』のネックレスを握り、右手をドラゴンへ。


 あらためて感じ取るとすごい量の瘴気がドラゴンの中を暴れ回っている。ドラゴンはさぞ辛かっただろう。


 もし失敗すればドラゴンの中にある瘴気が私の中へと逆流する。いかに聖なる魔力を持つ私といえど、この量の瘴気を一度に受けたら死は免れない。


 瘴気の浄化は何度か経験があるが、これほどの強い瘴気の浄化は初めてだ。単純な量で言えば、国一つ覆い尽くせるほどあるかもしれない。


 だが私は、それこそ国一つ守ってきた聖女だ。


「はああああああっ……!!」


 『紅の宝玉』の力も借り、聖なる魔力によって瘴気を浄化していく。ドラゴンの体からみるみるうちに瘴気が消えていった。


 すると、不思議なことが起こった。


 岩そのものの性質を持っていたドラゴンの鱗。それが輝き始めたのだ。硬く黒い岩のように見えたそれは、瘴気が抜けるにつれて透き通り……


 青色の輝きを放ち始めたのだ。


「もう、少し……!」


 だが輝きに意識を向ける余裕はない。ドラゴンの奥の奥まで瘴気を探り、それを取り除く。奥へ奥へ……徹底的に……瘴気を引っこ抜くイメージで……


「そおい!」


 勢いで聖女らしからぬ掛け声が出てしまった。が、それが功を奏したのか、ドラゴンの体に残っていた最後の瘴気まで、一気に放出することができた。


 その瞬間、ドラゴンの体が輝きを放った。


「うっまぶしっ」

 

 思わず目を覆う。一瞬だが、太陽のような輝きだった。


 そして輝きが収まった時。


 そこには私の『照光(ライト)』の魔法を受けて青色の輝きを放つ……


 全身が『蒼の魔石』に覆われた、宝石のように煌く美しい竜の姿があった。


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