第30話 洞窟の奥にいたモノ
青い輝きに包まれた洞窟……その奥の暗闇から。
重く、洞窟を震わせて、姿を現したのは。
巨大な、ドラゴンだった。
「ドラゴンだと!?」
「……ジュリーナ様、お下がりください」
フェルドとパイロがすぐさま戦闘態勢に入り、私は慌てて彼らの後ろに下がった。
先代聖女様に読んでもらった本を思い出す。
ドラゴン、それはこの世界で最強とも呼ばれる種族。強靭な翼、頑強な鱗、不死身とも称される生命力。種類によっては何百年もの時を生き、人間以上の知性を持つ竜もいるのだとか。
もしもドラゴンが人間に敵意を向けた時、その危険度は魔物の比ではない。1匹のドラゴンに国ひとつ滅ぼされた、という話も、単なるおとぎ話ではないのだ。
だが同時にドラゴンはとても珍しい生き物でもある。まさかこんなところでドラゴンと出くわすなんて、誰も想像できなかっただろう。
『グ……グゴゴ……』
私たちの前に現れたドラゴン、その口から鈍い呻きのようなものが響く。種によっては人語を話すものもいるというが……
見上げるほどの巨体、その全身は岩のような鱗で覆われている。そして私たちを見る眼は……
凶暴さに満ちていた。
『ゴガァ~~~~~ッ!!!』
ドラゴンが咆哮を上げる。轟音の響きが私たちの肌を撫でた。
「どうやら話せる相手じゃなさそうだ……! ジュリーナ、もっと後ろへ!」
「わ、わかりました! そうだ、戦うなら……!」
私はネックレスの宝玉を握りしめ、魔力を集中させた。
「『祝福』!」
フェルドとパイロの2人が淡い赤の光に包まれる。『紅の宝玉』の力で強化した加護だ、強い瘴気にも耐えられる。
「これでお2人は結界から離れても、瘴気を気にせずに動けます!」
「ありがとうジュリーナ、助かるよ」
「お気をつけて!」
私たちが話している間に、ドラゴンは動いていた。
『ガアアッ!!』
その太い腕を掲げると、私たち目掛けて振り下ろした。
「パイロ!」
「御意に」
フェルドとパイロ、息の合った動きで2人の剣がドラゴンの腕を受け止める。
「ぐっ、お、重い……! この鱗、見た目だけじゃなく重さまで岩そのものか……!」
「王子、右にいなしましょう。合図はあなたが」
「わかった、せーの!」
フェルドの合図に合わせて2人が身を翻し、ドラゴンの腕を受け流した。ドズン、と重い音が響き、ドラゴンの腕が当たった場所に入ったヒビが、その一撃の強力さを物語っていた。
「ハッ!」
すかさずフェルドがその腕に剣を突き立てる。が、ガキンと音がして剣が弾かれてしまった。
「硬さも相当だ、並の岩じゃない。何かおかしな手応えもするぞ」
「それが隙間なく体を埋め尽くしている、厄介ですね」
冷静に分析する2人。本当に頼もしい。
が、その時。
フェルドの足元に起きた異変に気づいた。
「フェルド、下!」
「えっ!」
彼の足元にあった『蒼の魔石』の結晶が、光を放つ。
そして次の瞬間、爆発した。
「うっ!?」
「フェルド! 大丈夫ですか?」
「あ、ああ、幸い小さい欠片だった、ダメージはないよ。でも厄介だね……あの巨体で暴れられると、いかに濃い瘴気で安定した『蒼の魔石』でも爆発するのか……!」
この空間は天井も壁も床も、あちこちに『蒼の魔石』がある。人間の身長ぐらいの大きさの結晶すらあるのだ。もしもそれらが爆発したら……
『ゴオオッ!』
そうしている間にドラゴンの追撃が来る、もう片方の腕だ。
フェルドたちはなんなく飛びのいて避けたが……運悪く着地した部分の『蒼の魔石』が爆発、フェルドが足でまともに受けてしまった。
「ぐっ……!」
「フェルド!」
「ジュリーナ、君こそ周りに気を付けて! 君の結界の中には瘴気がない、余計に『蒼の魔石』が爆発しやすいはずだ」
「そ、それよりフェルドたちはどうするんですか!?」
「慎重に戦うしかないね……パイロ、仮に逃げるとして逃げきれるかな?」
「難しいでしょう……見たところあのドラゴン、飢餓状態にあります」
パイロが言ったとおり、よく見るとドラゴンは口から涎を垂らしていた。そしてフェルドたちから目を離さない。
「逃げても追ってくるでしょう、そして暗く入り組んだ洞窟をドラゴンに追われながら引き返すのは危険極まりない。さらに……」
『ガアアッ!』
ドラゴンが首を伸ばしパイロに食らいつこうとする。パイロはわずかな身のこなしでそれを避けた。
「……下手に逃げれば、このドラゴンを洞窟の出口へと誘導することになり、飢えたドラゴンを野に放ってしまう恐れもあります」
「立ち向かうしかない、か……!」
「幸い飢餓状態ゆえか動きは鈍い。慎重に戦えば勝機はあるでしょう」
「ああ、久々に本気で戦うとしようか!」
「ええ!」
『ガアアアアッ!』
2人は勇ましく、咆哮を上げるドラゴンに向かっていった。
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戦いは続いた。パイロの言った通りドラゴンの一撃一撃自体は緩慢で、フェルドたちは難なく避けている。
しかしその度に洞窟に満ちた『蒼の魔石』が爆発し、それに対する対処も余儀なくされていた。
それに気を取られ、もし一度でもドラゴンの攻撃を受けたら……私が治癒しても次の一撃に間に合うかどうか。
そう考えると綱渡りの戦いだ。一歩間違えればすぐに死が待っている。
「うう……!」
私はやきもきしながら2人の戦いを眺めるしかできなかった。2人が必死に戦っているのに、見ているしかできないなんて。
「な、なにか、何かできることは……!」
せめて私が攻撃の魔法を使えれば、2人の援護ができるのに……! 攻撃魔法と相性の悪い聖女の魔力が今ばかりは恨めしい……
そう考えた時、ハッと閃いた。
近くにある『蒼の魔石』へと視線が向く。『紅の宝玉』と同類ながらもまるで性質の違う、攻撃的な魔力を宿す石……これを使えば、もしかして。
イチかバチか……やってみるか!
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