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第3話 商人のお爺さんと



 馬車は案の定商人の馬車で、アルミナ王国での商売を終え、隣国……オーソクレースへと帰る途中だったようだ。


「災難だったなあ。いいよ、乗ってきな」

「ありがとうございます!」


 オーソクレースまで連れて行ってほしいと頼むと、商人のお爺さんは快諾してくれた。なんて親切な人、ああ、アルミナ王国のせいで荒んだ心が少し和らぐ……


 ちなみに私がこんなところにいた理由は「ひどい人たちに、無理やり馬車を降ろされて、無一文で放り出されてしまった」と説明した。嘘は言っていない、うん。お爺さんはきっと、乗合馬車を騙った盗人に騙されたと解釈してくれたのだろう。


 とにかくこれで隣国まで行けることになった。後のことはとりあえず着いてから考えようか。


「ただ積み荷が多いからな、狭いだろうがガマンしてくれ」

「もちろん、乗せていただけるだけありがたいですから。でもお爺さん、護衛の傭兵などはいないんですか?」


 馬車はお爺さんのひとつだけだった。アルミナ王国の結界内ならともかく、国を行き来する商人は魔物に備えて傭兵を雇うのが普通だが……


「ああ、うちは心配いらないんだよ。入ってみな」


 促されるまま馬車の中に入ってみる。すると目に飛び込んできたのは、見覚えのある、ありすぎる石だった。


「こ、これ、『紅の宝玉』!」


 お爺さんの馬車の中、木箱に山積みにされていたのは、赤く輝く宝石。見間違えるはずがない、『紅の宝玉』だ。


「そうさ、ワシはこれを生業にしてるのよ。こいつはこのままでも魔物が嫌う魔力を放つからなあ、自然と魔物除けになるのさ」


 お爺さんの言う通り、結界に使うには抽出・純化が必要だが、『紅の宝玉』に眠る魔力自体はそのままでも強く、魔物はその気配を嫌う。それもこれだけの量があれば、傭兵がいらないというのも頷ける。


「でもこんな、無造作に山積みにして……高いんじゃないんですか?」

「そこのは元々不良品なんだよ、不純物が混ざってたり、気泡が入っちゃってたり、欠けてたり小さすぎたりしてな、宝石好きの貴族たちはそういうの気にするから、まともには売れない。だからこそ安く仕入れてアルミナに売っているのさ、聖女様の結界にする分には関係ないからな」

「な、なるほど~」


 賢いお爺さんだ、思ったよりやり手の商人なのかもしれない。傭兵いらずで人件費も省けているのだろうし。まあまさかその聖女が今まさにここにいるとは思わないだろうけど。


 思えばたしかに私のもとに用意される『紅の宝玉』はそうした状態の悪いものも多かったが、あれらはこのお爺さんや、お爺さんと同じ考えの商人たちが卸したものだったのだろう。私の技術をもってすれば抽出には問題ないし。


 ……こういう工夫がアルミナ王国にも必要だったはずだ。高い高いと文句言って安易に私を切り捨てるんじゃなくて、宝石の仕入れなり値段つけなり工夫次第で……このお爺さんを王様にした方がよっぽどいいような気すらしてくる。


「本当はいつものようにこいつをアルミナで大量の金に換え、今度はその金で傭兵雇って帰るんだが……つっかえされちまってなあ」

「突き返された?」

「ああ、多少は買われたが今までに比べりゃほんのわずかだ。なんでも当分『紅の宝玉』の購入は制限するとか言っとったな」


 おおかた、私が溜め込んだ(と思っている)『紅の宝玉』があるから、それでしばらく結界をもたせるつもりだったのだろう。そういう意味でも私の部屋を探して大慌てしているに違いない、いい気味だ。


「挙句アルミナの国の奴ら、今までよくもむしりとってくれたな強欲商人め、なんて捨て台詞まで吐きおったよ。まったく……」

「まあ、なんてひどいことを!」


 私は自分のことのような怒りを感じた。あいつら、『紅の宝石』を供給していたお爺さんになんてことを! 私と同じく国を守ってくれていたようなものなのに。


「こんな親切で、かつ賢いお爺さんにたいしてなんてひどい言いぐさ! 許せませんね!」

「カハハッ、お嬢ちゃんも怒ってくれるか? ちょっと気が楽になったよ、ありがとな」


 そんなわけで、私とお爺さんは仲良く話しながら、和気あいあいと隣国オーソクレースまで向かうのだった。


 だが、その途中。


『ヒヒーン!?』


 突然、馬が声を上げたかと思うと馬車が揺れ、止まってしまった。


「ど、どうしました?」

「んー、ああこりゃいかんな」


 お爺さんと私は馬車を降りて馬の様子を確かめに行く。見れば、蹄のひとつがパックリと割れてしまっていた。


「しまったなあ、アルミナで手入れするつもりだったのがいきなり追い返されたもんでうっかり忘れてた。まだ宿までも遠いしどうするか……」


 困った様子のお爺さん。ここは一肌脱ぐとしよう。


「お爺さん、ちょっと失礼」

「ん?」


 お爺さんをどかし馬のそばに屈みこむ。割れた蹄が痛々しい。そこへ……


「『治癒(ヒール)』」


 治癒魔法をかけてあげる。これくらいの怪我なら、宝玉がなくても簡単だ。


 瞬く間に蹄は修復され、元通りになった。


「おお!? お嬢ちゃん、治癒術師(ヒーラー)だったのか!」

「ええまあ、そんなところです。これで少しでも乗せてもらうお礼ができたならいいんですけど」

「もちろんだよ、いやー助かった」

『ヒヒン♪』


 大喜びのお爺さん、そして馬を見ると私もうれしくなった。そうそう聖女って本来こうよね。


 その後、念のため他の蹄も診ておいた後、また隣国オーソクレースへと出発。心なしか馬の足取りも軽やかに見えた。

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