第26話 モース村到着
オーソクレース領内かつ農作物を頻繁に運んでいるため道もある程度整備されていて、農村まではそう時間はかからなかった。
「おおーここが……」
広大な小麦畑、流れる川、緑の木々。とても一目では全貌がわからない、王城とはまた違ったスケールの場所だ。
「モース村だ。アルミナの農村と比べれば小さいけれど、それでも立派な村だろう?」
「ですね、私こういうとこ来たの初めてです。自然いっぱいでいいですねー」
畑以外にも草花や木々が自然のまま残っている部分が多く、都市で育った私にはどれも新鮮だ。
「……でもやっぱり、少しだけ……嫌な気配がしますね」
本来ならのどかな農村なんだろうが、わずかながら感じる嫌な気配。瘴気だ。それ自体はどこにでも少しはあるものだが……ここは他の場所よりも、濃い。
「やっぱりそうか、それじゃあ早速調査を……」
「お待ちをフェルド様」
「パイロ? どうした?」
「村の奥の方が騒がしい……何かあったようです」
パイロが耳を澄ませるジェスチャーをして告げる。本当? 私には何も聞こえないけど……
「わかった、君たちはすぐに向かってくれ。僕らも後から追う」
「御意に」
フェルドの命を受け、パイロと、パイロの指示に合わせ残りの兵士が一斉に駆け出していった。特にパイロは風のようなスピードだ。
「パイロは特別五感が優れているんだ、キセノもそうだけどね。さあジュリーナ、僕らも行こう」
「あ、はい」
「舗装されてないからね、足元気をつけて」
フェルドはそう言って私の手を握り、そのままエスコートしてくれた。ちょっと過保護な気もするけど、嬉しかったのでいいか。
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進むにつれて私の耳にも騒ぎが聞こえてくる。人の声、そして、魔物の声と……戦いの音だ。
「ハッ!」
『ゲギャア!?』
私たちが駆けつけた時には、パイロが魔物を真っ二つに切り捨てているところだった。
『グ、ゲッ……』
木の怪物のような姿をした魔物が崩れて倒れる。辺りには同じように斬られた魔物が何体か転がっていた。どうやら今倒れた魔物が最後のようだ。
「ふうっ……」
パイロが剣を収めた瞬間、わーっと、兵士たちに守られながら遠巻きに眺めていた村人から歓声が上がった。
「パイロ、村人たちは無事か?」
「ええ、駐留中の兵士が守っていてくれましたので。ただ……大地の栄養を貪る種の魔物でしたので、農作物に被害が。こうしたことは今に始まったことではないようです」
「そうか……人的被害がないのは良いが……やはりことは急を要するな」
そうしていると、村人たちが「あれ、ひょっとして……」とフェルドに気づき始める。
「フェルド様!」
「フェルド様が来てくれたぞ!」
「よかった、これで村も助かるのね!」
フェルドの顔と名はこの農村にも届いているようだ。フェルドも村人たちを安心させようとしたのか、笑顔で手を振った。
「みんな、心配をかけて済まない。この村に起きている異変、僕たちでなんとかしてみせる。もう少しだけ辛抱していてくれ」
フェルドの言葉に村人が沸き立つ。信頼あってこその反応だろう。
「人気者ですね、さすが」
「ありがたいことにね。彼らの期待を裏切りたくないものだ」
「ふふん、私を連れてきたフェルドの判断が正しかったこと、証明してみせますよ」
2人で話していると、村人の目が私にも向けられていることに気づいた。
「あの女性は……?」
「見たことない方だ……」
「美しい人だな……」
美しい? 私が? アルミナでは言われたことのない言葉だ。まあ今はフェルドからもらった宝玉のネックレスもつけているしそのおかげだな、きっと。
……でも、ま、少しくらい勘違いして調子乗ってもいいよね? ふふん。
「お初にお目にかかります、ジュリーナと申します。微力ながら宝石術師としてフェルド様にお力添えをさせていただきます、よしなに」
普段使わないような丁寧な口調で令嬢ぶって挨拶してみた。おお~っと村人から声が上がって楽しい。貴族にでもなった気分だ。
おっといけない、調子に乗りすぎるとアルミナの王族みたいになってしまう。フェルドの隣にいると身分を勘違いしてしまいそうになる。
私は今、ただのジュリーナ・コランダム。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
「じゃあフェルド、調査を始めましょうか」
「ああ、よろしく頼むよ」
大事なのは村を救うこと、私の印象などどうでもいいのだ。早速調査に入るとしよう。
……そのときフェルドが何を考えていたのか、私は知る由もなかった。
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それから私たちはしばらく村を歩き回った。兵士はパイロだけ護衛としてついてきて、残りは村人の方を見ることとなった。とはいえパイロは私たちの後ろから見守って歩くので、気分的にはフェルドと2人での散策だが。
あぜ道を通り、木々の間をくぐり、砂利道を踏みしめ……
「どうかなジュリーナ?」
「のどかでいい村ですね、小麦畑も緑の絨毯のようで美しくて。収穫期にはこれが黄金になるのでしょう?」
「えっとそうじゃなくて……」
「わかってますよ、冗談です」
冗談のひとつも言いたくなろうというものだ。だって。
「……ごめんなさい、全然わかんないです……」
あれほど自信満々だった手前バツが悪く、私は小さな声で言った。
「この村、全体的に瘴気の気配があって……村の端も回りましたけど気配がどこかに続いている感じもなくて……その、ごめんなさい」
瘴気の気配は感じ取れる、感じ取れるのだが、この村は全体がうっすらと瘴気の気配に覆われていて感覚が役に立たない。歩き回って濃いところ・薄いところを探ろうとしたが、どこも満遍なく感じてしまうのだ。
「謝ることじゃないさ、君にとっても初めての仕事だろうからね。僕なんて今のところなんの役にも立ってないし。でもそうか、これは考えないといけないな……」
フェルドが優しくしてくれるのもかえって情けない。むむむ、なんとかしなければ。考えろ、考えろ。
「そうだ、魔物の出現した方向を探るというのはどうでしょうか? そこから瘴気が来ている可能性も……」
「いや、衛兵たちの報告によると魔物の出現に法則性はないらしい、さっきの木の魔物なんて地中から現れたそうだからね」
「うーんなるほど……」
やはり私の頭なんて捻っても大した知恵は出ない、聖女の力で貢献しないと。でもどうすれば? だんだん焦ってきた。
『キュー?』
とその時、ふいにクルが顔を出した。
「あらクル、私たちを癒そうと出てきてくれたの? うりうり~」
『キュキュ~』
まあたまたま顔を出しただけなんだろうけどいいタイミングだ、指でちょいちょいと突いてじゃれる。もふもふの毛並みが心地よい。クルも撫でられるのが好きなので嬉しそうだ。
「……ん?」
『キュ~』
撫でられるクル、その額には小さな『紅の宝玉』。それを見てふと思い出す。私がクルと初めて出会った時、クルの宝玉には瘴気が混ざっていた。
……そうだ、魔力は何も空気中にだけあるものじゃない。物質に混ざることもあるのだ。
たとえば石に混ざった場合、『紅の宝玉』のような魔力の塊とまでは行かずとも、魔石と呼ばれるものになる。
そして瘴気は魔力の一種……
「もしかして!」
私はすぐさましゃがみ込み、足元の小石のひとつを拾い上げる。ここに瘴気が……!
「……違う」
違った。うーん、ひらめいたと思ったんだけど。
「石? 石がどうかしたのかい」
「いえ、これだけ村中から瘴気を感じるなら、石に瘴気が混ざってしまったんじゃないかと思って……空振りでしたけどね」
「石……か」
私の外れインスピレーションを聞いたフェルドだが、なぜか考える仕草を見せる。
「……それ、当たりかもしれないよ」
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