第24話 真紅のネックレス
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次回から1日1回、12:00の更新とさせていただきます!
問題のある農村へ出かけるため、私たちは準備を始めた。
フェルドは兵士たちの編成と馬車の手配、私は身支度だ。さすがに謁見用のドレスのまま出かけるわけにもいかないので、キセノさんにまた新しく服を用意してもらう。
「こちらでいかがでしょう?」
「うん、ばっちり! さすがですね」
「お褒めに与かり光栄です」
キセノさんが持ってきてくれた服は動きやすい布服だった。それでいて色使いや最小限に施された飾りによってか、どこか気品の漂う仕上がりとなっていて、生地自体もかなり上質なものだろう。貴族の外出着といった感じだ。
綺麗なドレスもよかったけれど、やっぱり私は庶民なのでこういう動きやすい服の方が性に合っている。なんならこんな高級品でなくてもいいんだが、あまり身だしなみが庶民的すぎると第一王子としての体面もあるフェルドに失礼だろう。甘んじてお高い服、着させてもらうとしよう。
『キュ♪』
ついでにポケットもクルにぴったりのサイズで嬉しそうだ。
「そういえばドレスもそうでしたけど、こういう服にポケットあるのって珍しいですね」
「はい、クル様もお気に召されますよう、そうした服を選ばせていただきました」
うーん、気遣いが行き届いている。キセノさんが小動物好きなのもあるだろうけれど、ここまで気を回せる人は珍しいと思う。きっとそう遠くない内に、クルもキセノさんに懐いてくれるだろう。
その時、ドアがノックされた。
「ジュリーナ、着替えは終わったかい?」
フェルドだ。早いな、フェルドの方の準備はもう終わったのか。
「はい大丈夫ですよ、お入りください」
「では失礼……おお、そういう服もよく似合うね。ドレスも美しかったけれど、君の快活さがよく出ているよ」
「ふふっ、それはどうも」
フェルドは流れるように私を褒めてくれる。社交界で磨いた話術なんだろうけど、私は単純なので褒められて悪い気はしない。
「それにしても早いですね、もうフェルドの方の準備は終わったんですか?」
「あ、いや、実は全然終わってないんだ」
あら?
「ただ、これが届いたからすぐにでも君に渡したくて」
そう言ってフェルドが差し出したのは、どこか荘厳な雰囲気を醸し出す小さな黒い箱だった。
フェルドが箱を開けると……中にあったのは、『紅の宝玉』のネックレス。
「おお……!」
思わず感嘆の声が漏れる。それはそれは素敵なネックレスだった。
中心の『紅の宝玉』は大きすぎず小さすぎず、宝石として存在感を放ちつつも下品ではない絶妙な大きさ。つるりと綺麗な曲面に仕上がり、宝玉本来の美しい輝きを湛えている。ドレスはもちろん、今の外出着とも調和しそうだ。
それを支える周囲の装飾は銀、チェーンもごくシンプルなもの。一見簡素だが、よく見ると細かい彫刻が施されていて、銀ゆえに光沢と影のコントラストが際立って美しい。かつ、主役たる『紅の宝玉』の輝きを邪魔しない……
豪華すぎても私が気後れする、質素すぎては無礼になる。そんなフェルドの心遣いが形を成したような逸品だった。
「前払い、ということにしていたね。さあどうぞ、手に取って、つけてみてくれ」
「それでは……遠慮なく」
ゆっくりと手を伸ばし、ネックレスを手に取る。心地よい重さだ。すぐに首へとつける、さらりとキセノさんが後ろに回り補助してくれた。
私の胸元に宝玉の輝きが戻ってきた。うん、やっぱりこの方が落ち着く。宝玉が私を守ってくれているようだ。
「どう、でしょうか」
ただ、これまで宝玉をアイテムとして所持はしていたが、身を飾る装飾品として使ったことはなかった。はたして私に宝玉は似合うのだろうか? ちょっと恥じらいもありつつフェルドに問いかける。
フェルドはというと……目を見開きながら、両手で口を抑えていた。なに? そのリアクション。どっち?
訝しんでいると、ようやくフェルドが言葉を絞り出す。
「……聖女様……」
「え?」
「あ、いやその! すごく、すごく似合ってる。その、宝玉が、君と合わさると……僕の想像よりずっとずっと、綺麗で、美しくて、え、えっと、えっとだね」
珍しくフェルドがしどろもどろだ。普段のクールな顔はどこへやら、子供のように慌てふためいて……
でもその目だけは、私のドレス姿を見た時と同じように、キラキラ輝いていた。
「ぷぷっ」
そんな彼を見ていると、なんだか悪戯心が湧いてくる。
「ひょっとして絶望的に似合ってないとか? 悲しいです……」
わざと意地悪なことを言ってみる。すると。
「そんなことはないっ!!」
「ひょえっ」
思わぬ勢いで否定されてさすがに驚いた。
「あ、ご、ごめん。と、とにかく似合っているんだ。ただその……言葉がうまく出なくて……」
そういえば最近そんな状態の人を見たような……ああそうだ、クルを前にしたキセノさんだ。はわわ、しか言えなくなっていた。
「ま、とりあえず大丈夫そうですね? あらためてありがとうフェルド、素敵なネックレスを贈ってくれて」
「あ、ああ……コホン。喜んでくれて何よりだよ、ジュリーナ」
ようやく落ち着いたフェルドがいつもの貴公子スタイルに戻る。うーん、何がそんなに彼の琴線に触れたんだろう? ひょっとして宝石フェチとか? まさかね。
「あのフェルド様、そろそろ兵士たちの方に戻らなくてはいけないのでは……」
「あ、そ、そうだった! ありがとうキセノ、ごめんジュリーナまた後で! ネックレス似合ってるよ!」
表面はともかく内心はまだ動揺があったのか、フェルドらしからぬうっかりの指摘を受け、慌ててフェルドは去っていった。
「思わぬ一面でしたね。たしかキセノさんは昔からこのお城で働いてるんですよね、フェルドって普段あんな感じなんですか?」
「いえ、わたくしもああいったご様子のフェルド様は初めて……あ、でも一度だけ……」
「え! それってどんな時ですか?」
なんだか無性にフェルドのことが気になる。彼のこともっとよく知っておきたい、そんな気分だ。
「……申し訳ありません、フェルド様のご名誉のために、秘密とさせてくださいませ」
キセノさんは微笑みと共にやんわり断った。それもそうか、第一王子のプライバシー、いちメイドが気軽に明かすわけはない。
私も不躾な質問だったと反省、少し暴走気味だったかも。フェルドほどじゃないけど。
「でもちょっと困っちゃったな」
「どうなさいました?」
「いや、私がネックレスが欲しかったのは万一の時に宝玉の魔力を使うためだから、こんな立派なもの貰ったら使えないかもって思っちゃいまして」
「それでしたらご心配なく、きっとフェルド様ならこうおっしゃいます。『あなたにプレゼントする機会が増えて嬉しい』、と」
うわ言いそう。さすがの理解度だ。
でも使いすぎて何度も要求するようになったら、それこそ本当にアルミナで言われたような宝石要求強欲女になっちゃう。ある程度は自重しないとね、軽率に使わないようにしよう。
……そのとき私は、そう決心したのだが……
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