第12話 散策しましょ
やがて馬車が宿へと着いた。これもまた立派なもので、フェルドも「この国一番の宿だ」と胸を張って紹介していた。
「これはフェルド様、ご機嫌麗しゅう」
受付の人がフェルドを見て丁寧な所作であいさつする。貴族が客を迎えるのに使う御用達の宿というわけか。
「こちらはジュリーナ、僕の客人だ。最上級のもてなしを頼むよ」
「それはそれは……もちろんです、お任せください」
「よろしくお願いいたします」
高級な雰囲気にちょっと緊張するが、フェルドが紹介してくれたおかげでなんだか許された気分になる。フェルドの威光を笠にくつろがせてもらおう。
「じゃあジュリーナ、僕は一旦失礼させてもらうよ」
「え?」
「結界の調査のこと、報告しなくちゃいけないからね。他にもいくつか野暮用を済ませなくちゃならない。でもすぐ戻ってくるから、ここでゆっくり休んでてほしいな」
「そうなのですね、わかりました」
たしかフェルドは結界の様子を調査しに来て、そこで魔物に襲われたんだった。国を守るのは貴族の仕事、そちらも大事だろう。
そういうわけで私は一旦フェルドと別れ、宿の部屋へと案内されたのだった。
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「おーふかふか~」
宿のベッドも大きく、そしてふかふかだ。私は語彙がないのでベッドを褒めるときふかふかとしか言えないが、ともあれふかふかベッドは嬉しい。
アルミナにいた頃はごく普通のベッドで、しかも洗濯まで自分でやってたからなあ。使用人たちは王侯貴族に取り入るのを優先し、取り入っても出世に関わらない私への扱いは実に適当なものだった。聖女はいて当たり前、働いて当たり前、というのが国全体の意識だった。
なんならぱっと見は毎日ごろごろ過ごしているように見えるせいか、ごく潰しだのただ飯ぐらいだの陰口を叩かれたことも……ほんっとあの国は空気自体がどうも……
うーん、あんな国のこともうどうでもいいと思いつつ、やっぱりふとした拍子に思い出しちゃうなあ。手持無沙汰なのがよくないのかも。
「そうだ!」
ただフェルドを待つというのも退屈だ、せっかくオーソクレースに来たのだし、散策にでも繰り出そう。
これから住むことになるかもしれない国のことを知っておくというのも大事なことのはず、うんうん。
そうと決まれば善は急げだ。
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受付に挨拶をして宿を出た。
オーソクレースの街並みを眺めてまず目に飛び込んできたのは町の中心の王城だ。オーソクレースの王族がそこに住んでいるんだろう。アルミナのそれよりは規模は小さいものの、その分造形がしっかりとまとまっているように見える。
こういう城郭都市は中央に行くほど魔物から遠く安全なので、王侯貴族ほど中央に近く住んでいる。貴族御用達のこの宿も、かなり国の中心部にあるようだ。周囲の建物もなんだか高級な店が多いような……
「私にはちょっと分不相応かもね」
元聖女とはいえ私は貴族でもなんでもない、今や国に捨てられた1人の人間に過ぎない。元々孤児なのもあって、こういうハイソサエティーな場所は若干居心地の悪さを感じる。
どうせならオーソクレースの普通の暮らしを見てみたい。じゃあ王城と逆方向に行こうかな? でもあんまり宿屋から離れるのもフェルドと行き違いになったら申し訳ないな……
と考えていたとき、ふと一軒の店が目に留まる。
それは宝石店だった。店頭のディスプレイには美しい装飾品の数々が並んでいるが、その色、輝き、見覚えがある。
『紅の宝玉』だ。
「この店なら……場違いじゃないかも」
自慢じゃないが『紅の宝玉』に関しては世界一詳しいのが私。どれどれ、オーソクレースの『紅の宝玉』、見させてもらおうじゃあないか。
そんな偉そうなことを勝手に思いつつ、私の足は自然と宝石店に向かっていた。
そして私はその店で、思わぬ活躍をしてしまうこととなる。




