隻眼の男
≪天文3年(1534年)-尾張国愛知郡中村郷-≫
木下家の勧誘に成功した一行。豊臣秀吉の父である木下弥右衛門が織田家の足軽であるためにバレないように早く移動する必要があった。
「それでは今から行きましょうか」
そう言って木下家を連れた一行が外に出るとそこには倉田萬吉の荷車があるのだがその荷車を守っているはずの護衛は気絶しその荷車には誰も知らない色黒で隻眼の男が座っていた。よく見れば指も揃っていない。
「徳兵衛!?」
萬吉が気絶している護衛の徳兵衛を見て叫ぶ。そしてすぐさま佐吉は金石丸の前に出て守るように刀を抜き久助も警戒態勢。
「何者だ貴様!?」
佐吉が男に問いただす。男は余裕の感じで金石丸を見やる。
「話は聞いてたぜ・・・面白そうだから俺も連れてってくれよ」
どうやら家から漏れ出る話し声を聞いていたらしい。
「どこの誰とも分からず!突然姿を現し人を気絶させ!そんなことが通用するわけがないであろう!」
佐吉が怒声を浴びせ威嚇する。しかし佐吉の刀を握る腕は初の実戦に震えていた。後ろにいる木下家はどうすればいいのか狼狽え中。
「家臣がこう言ってるが・・・どうすんだ?安積家嫡男様よ?・・・」
どうやらこの男には金石丸が安積家嫡男だとバレているらしい。
「どうしてこいつが嫡男だって分かったんだよ?」
「そんなの少し話を聞いたりそこの坊主が守ってる様子を見れば分かんだろう」
「へえ~・・・あんた頭いいんだな・・・」
そう言って話している久助は警戒度を上げる。それは隙をつき攻撃しようと考えていた久助だがその隙が見えなかったから。この男は頭も良く腕にも覚えがあった。
すると、金石丸は佐吉の横を通り気絶している護衛の徳兵衛へ近づく。
「金石丸様!?お下がりください!?」
そう呼びかけるも金石丸の脚は止まらない。男の近くに気絶している護衛の徳兵衛を見回す。全員がその様子を固唾をのんでみている。
「怪我をしてない・・・一撃で怪我をしないように気絶させたのか?」
「・・・俺はこの通りの見た目だからな・・・邪魔される可能性があったから気絶させただけだ・・・」
「そうか・・・名前は?なんて呼べばいい?」
「俺は山本勘助。勘助って呼んでくれ」
「そうか・・・一緒に安積に来い勘助。お前からは久助の時と同じ感じがする」
こうして金石丸は史実では武田信玄に仕え戦国時代の軍師として活躍した山本勘助を安積家に受け入れた。それについて主に佐吉の反対を受けるも金石丸は自身が感じた直感を信じ意見を曲げなかった。
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木下弥右衛門と木下仲と仲が抱いている赤ん坊の木下智のほかに山本勘助も乗せた荷車は少々の手狭感を感じながら陸奥国安積郡にある安積家に帰宅途中。
「はあ・・・そんないろいろ行ってんのか・・・その京流兵法っての俺も興味があんな・・・」
「だったら後で教えてやる・・・しかし今更ですがよく拙者を引き受けましたね?こんな姿ですし、からかうつもりで話しかけただけなんですが・・・」
勘助は意外にも礼儀作法はちゃんとしており主君の嫡男である金石丸には敬語で話すようになった。そんな勘助はあの時、各地を周り武芸や兵法を学んでいる最中でありまだどこかに仕官するつもりはなかった。だが偶然訪れた町で金の話や直感で訪れたなどよく分からない話し声が聞こえからかい半分で話しかけた。
「からかい半分で徳兵衛を気絶させないでほしいな」
「はっはっは!だがそれは怪我させなかったことで許してくれ!」
護衛の徳兵衛は護衛として気付かないうちに気絶させられていたことを恥じていた。
「あの~・・・そう言えばなんですけど・・・私たちってどういう立場になるんですか?」
木下家を勧誘したのは将来の天下人・豊臣秀吉を手に入れるため。いわば今はいない存在を目当てに勧誘をした。そのために自分たちがどういう立場となるのかが分からなかった夫婦。それを萬吉に尋ねた。
「私はあなた方を勧誘するように言われただけですのでわかりませんな」
「普通は足軽の家を勧誘なんてしないからな・・・普通に考えれば足軽か?」
「勘助殿・・・これも寝返りになるのか?」
佐吉が勘助にそう尋ねた。佐吉は最初こそ勘助を疑いの目線で見ていたが尾張から安積に戻ってくるこの三ケ月ほどで寝食を共にしいろいろな話を聞いたことである程度仲が良くなった。
「寝返り・・・まあ確かに足軽とはいえ織田家に仕官していたわけだからな・・・一応寝返りになる、のか?・・・」
そんなこんなで約三カ月。一行はとうとう安積郡の郡山城に戻ってきた。
「お七ー!!!帰ってきたぞー!!!」
約六カ月もの間溺愛しているお七に会えず時折お七の名前を叫ぶという禁断症状も出るほどだった金石丸。とうとうお七と会えるという事で再び叫び声をあげた。
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≪天文3年(1534年)-陸奥国安積郡郡山城-安積お七≫
お兄ちゃんが尾張に向かってそろそろ六カ月になる。
「もうすぐかしらね?無事だといいけど」
今はお母様と一緒にお勉強中。この時代のそこそこの身分のある家に生まれた女性は和歌や書道などなど学ぶべきことは結構ある。
「大丈夫だよ!お兄ちゃんは強いし!(それによく考えればこの時代って各戦国大名が治安維持で山賊や盗賊を積極的に討伐して思ってるよりも治安は良いはず。行商人もいるし1人で放浪してる人物とかもいるしね)」
お兄ちゃんが出掛けた時には急に思い出して焦って不安になったけど冷静になった今はそんなに心配はしていない。
「それよりも!私はお兄ちゃんからのお土産が楽しみ!」
「確かに・・・あの子ったらお小遣いを全部持って行ったものね・・・」
この六カ月間。なにも何も進展が無かったかと言えばそうではない。限られた人物しか知らない兵器開発に進捗があった。
まず、火縄銃は明国産の物は実物もあるという事で作れるようになった。だけど私が求めているのは南蛮人が持ち込んだ種子島と呼ばれた南蛮製の火縄銃。現在は設計図を基に明国製火縄銃を作成した経験を活かして南蛮製火縄銃を作成中。
2つ目として大砲の作成。これに関してはカノン砲・セーカー砲・カルバリン砲を作ろうとしている。この3つとも徳川家康がオランダ人やイギリス人の所謂紅毛人たちから購入したものであり現在の技術レベルでも作れるはず。これらの設計図も私の頭の中に入っていてそれを渡したから今はまだ試行錯誤状態だけど直に完成すると思う。ちなみに最近山奥深くには雷獣現れる雷獣伝説がまことしやかに広まっている。なんでだろう?
3つ目としては硝石丘法にて火薬を作り出すことに成功した。この時代だと火縄銃が出来たとしても火薬の原料となっている硝石の製造方法は分かっておらず、あの織田信長でさえ硝石は輸入に頼っていた。その点我が安積家では私が硝石丘法を知っており硝石を製造できるのでこれは大きなアドバンテージになると思う。その為これは特にバレてはいけない極秘事項でありお父様から信任が置けると判断された黒蛇衆に一任している。
そんなこんなでお母様と勉強中にお父様が扉を開けた。
「どうやら金石丸たちが帰ってきたようだぞ」
「まあ!本当ですか!金石丸は無事でしょうか?」
「ああ、黒蛇衆の知らせではどこも怪我を負った様子は無いとのことだ・・・ただ・・・」
「ただ?どうしたの?お父様?」
言い淀むお父様。なんか嫌な予感がするけど私はお父様に聞いた。
「・・・あいつがお七の名前を叫んでいるらしい・・・」
「・・・お七・・・大変なことになると思うけど・・・我慢してあげてね?」
「・・・うん・・・頑張るよ・・・」
どうやらシスコンの兄が限界に達しているようだ・・・今からめんどくさいのが目に見えていて憂鬱な感じだ・・・
そうして私たち家族の予想はあたり私は抱えられしばらくは離してもらえなかった。
まあ、赤漆塗り櫛を買ってきたことで良しとしよう。まさかお兄ちゃんにこんなセンスがあったとは。嬉しい誤算だった。
そして嬉しい誤算はもう2つあった。
・【山本勘助】:史実では武田信玄の軍師として活躍した有名軍師。色黒で隻眼で指が欠損し足が不自由な男。この物語では各地を放浪中に尾張にいた金石丸に仕官する。1500年生誕。
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