うまいもの
三登里市みどり町八丁目は、このあたりでは新興の土地柄である。
平成の中頃、ことぶき市・ふかがめ町・おおまき町の三市町が合併し三登里市となった頃に、市のあちこちで盛んに行われた宅地造成の波が近辺の雑木林を切り開き、みどり町の五丁目から向こうを整備した。
今ではすっかり閑静な住宅地の一角、隠れ家のような洋食屋が今日の待ち合わせ場所――――三毛猫亭だ。
いわゆる地元の名店と呼んで差し支えないと思う。
窓際にはテーブル席がふたつ、壁際とアイランドのカウンター席が合わせて五つほど。
それでもランチ時には、外に席待ちの列が出るほどの盛況っぷりだ。
わたしのオススメはオムライスプレート。
月に一度、これを食べるために人里に下りてくる。
四組ほどをやり過ごし、ようやく壁際のカウンター席へ案内された頃には、午後の太陽もほんの少し傾いていた。
「いらっしゃいませ、山神さま」
小さな声で挨拶を受け、わたしは思わず咳払いする。
「え、えっと、あとでもうひとり来ます……なのでいつもの、オムライスプレートふたつ、ソースは」
「ひとつはデミグラス、もうひとつはクリームね?」
わたしは頷く。
「食後にミニプリンをください、ふたつ」
かしこまりました。
優しい笑顔の給仕は、三毛猫亭の奥方だ。店主件シェフは、奥のキッチンでフライパンを振るっている。
そして、ここだけの話――――
ふたりとも立派な尻尾持ちで、鮮やかな三毛の毛皮を纏う奥方に屋号も由来しているという。
もとは、ことぶき山の里で生まれ育った、わが同族のご夫婦なのだ。
人里暮らしが板に付き、誰もかれらをあやかしとは思わぬだろうが。
オーダーを済ませると、人心地ついてわたしはぼんやりと満席の店内を見渡した。
カウンター席もテーブル席も満員なのは変わりなく、一組、二組とスーツ姿の昼休憩組が去って行き、四人組の家族連れ、そして若い男女が入ってきた。
すれ違い様、男女に瞬きの会釈を投げられる。
お仲間だ。気付けば、店内の半数が入れ替わっている。
ほかにも――――
わたしの傍らのカウンター席に並んでいる三人連れの女性客。
さらに奥のテーブル席の老夫婦。
皆、気の良いあやかしか、半妖であろう。
何しろ店主が猫又であるから、そのあたりは何をか言わんやというところかも知れない。
三登里市、中でもオオマキ付近はあわいの道が隣接することもあって、昼日中に町を歩いていても、しばしば、ヒトで無いモノや判別のつかない存在に遭遇する土地柄である。
ゆえに、わたしのようなものもこっそり山を下りて、月に一度のお楽しみにありつけるとも言える。
まあ――――しかし。
食を供する店である。
美味しければよい話。
うまい飯が正義であるのは、ひとであってもなくても、みな等しく同じであるのは間違いない。
サービスも良ければさらに良し。
干渉するのは野暮というものだ。
そこで勢いよく扉が開き、カランコロンと心地良いドアベルが店内に鳴り響いた。
――――あ、いたいた。
「ソラ……!」
振り返ったわたしに手を振って姉のモモがやってきた。
あいかわらず忙しない。
「待たしちゃってごめんねー」
アルバイト先からそのままつけてきたエプロンと名札を外して膝の上で丸めながら、隣席へつく。
「もう注文してくれた?」
わたしは頷く。
「思ったより、早かったね」
そうでもないよ、と姉はぼやいた。
「今月ふたりもパートさんがやめちゃったから。もう開店前からてんてこ舞い。約束してなきゃ、昼休憩すっ飛ばすとこよ」
学生でいいからアルバイトを増やしてほしい。早口にそう続けて息を付き、姉はカウンターテーブルについた腕へ沈み込む。
「大変だねえ」
「ま、好きで働いてるんだけどさ」
お疲れさま。
わたしは、それを眺めつつ、目の奥にうっすらと浮かび上がるごく近い未来のビジョンを読み取って呟く。
「でも……もう少しの辛抱だよ、お姉ちゃん。来週、有能アルバイトさんが入ってくるかも」
え、まじですか。姉がピョコンと顔を起こす。
「学生さん? パートさん?」
ええと――――わたしは首を傾げた。
「どっちでもないかな?」
「でも有能なのね?」うん。「どんなひと?」
ええと――――わたしは声を顰めた。
「ひと……というか。ちょっと曖昧な感じ。でもよく気が付いて、力持ちで、真面目。背が高くて若いよ」
わあ。姉が目を丸くした。
「真面目でよく働いてくれるなら、もうそれだけで大助かり。あとは正直なんでもいいよ」
わたしは笑う。
「ついに人事もやっちゃう?」
「いっそ決めさせてほしいわ」
ああら。
うしろから含み笑いで近づいてきた奥さんが、皿を両手に会話に加わった。
「モモちゃんなら、いい采配ができそうよね」
「でしょお、流石おばちゃん」
姉は相槌を打ちながら、微笑んだ。
「はい、お待たせしました」
オムライスプレートが供される。
鮮やかな卵の黄金色と、湯気を立てる二種のソース、添えられたサラダの緑にふたりして歓声をあげた。
「あーおいしそ」
「いただきます」
唱和するわたしと姉に笑顔を振りまき、さりげなくサービスのレモネードをふたつ卓上に残して、奥方は行った。
「ありがとうございます」
姉は上機嫌だ。
わたしも早速、ふんわりとろける卵に銀色の匙をつけた。中から覗く鮮やかなチキンライス、そこに絡まるソースも香ばしい。
「おいし」
今日も来てよかった。わたしたちは悦びに目配せし合う。
それにしてもさ。姉はそこでそっと声を落とした。
「オオマキは昔から多かったけど、最近……このあたりも増えたね」
姉の視線が背中越しの店内を指す。
わたしは無言で頷いた。
「おとうさんは、その辺り厳しい考えだけど……ソラはどう思う?」
どうって。わたしはスプーンを止めて、少し考えた。
「……流れがあるとは感じるよ。それから」
それから? 姉は鸚鵡返しにした。
「その緩急は、僕たちがどうすることもできないって」
ソラが言うなら、きっとそうなんでしょうね、姉は小さく息を付く。
「心配要らないよ」
と、わたしは返した。
ほんと? と姉が念を押す。
流れの先は、まだ見えない。
ひとの社会が、何かのできごとをきっかけに突然変わってしまうことも有り得る。
遠い未来の話ではなく、すぐ先のことでもない、来るべき分岐点。
薄ぼんやりとした未来の気配をわたしは頭の隅から追い出して、目を瞬かせた。
代わりに艶やかに輝く姉の瞳を見つめ返し、わたしは微笑む。
「ほんと」
「本当に本当?」
「うん。本当に本当」
そっか。
丸めたエプロンを揉んでいた左手を、姉はプレートの横に置き直して息をついた。
言葉にするほど案じることはない。
里には頼もしい巫女がいる。
ひとに化生しても、姉の敏捷な身体は生気に溢れ、瞳は綺羅星のごとき輝きが満ちているのだ。
「温かいうちに食べちゃおうよ」
わたしが促すと姉は答えた。
「わたし、猫舌なのよね」
わたしたちは同時に顔を伏せて、小さく吹き出した。
「それは僕も……」
あ、そうそう。スプーンを口に入れる前に、姉がわたしに尋ねる。
「デザートのプリン頼んでくれた?」
「もちろん。食べずには帰れないよ」
だよね。
うんうんと頷き合って、わたしたちはまたオムライスに向き合う。
わたしはデミグラスと絡み合う具材を楽しみ、姉はクリームにとろける卵を堪能する。
「あーしあわせ」
と、姉が言った。
わたしは微笑む。そして来週姉が出会うであろうひとが、姉の助けになる予感を同時に噛み締める。
姉もまた、そのひとを助けることになるだろう。
「心配要らないよ」
同じ言葉を繰り返すわたしに、姉の口元が綻んだのがわかった。
仕事に戻る姉と別れ、帰りは、少し大回りをすることにした。
ことぶき町の駅前へ足を伸ばす。
最近、このあたりであった火災であわいのほころびが出来ているという報告を受けていたからだ。
人里のほころびは、出来るときは一瞬だが直すのには相応の手間がかかる。
人の心は思いや妄想に溢れて、しばしば世の物理――――定められた時間や空間をも飛び越え、捻じ曲げてしまうからだ。
アーケード商店街を抜け、噴水のある公園の並木道をわたしは歩いた。
火災現場は鉄骨に張り巡らされたシートで綺麗に覆われている。
火の勢いは相当なものだったのだろう。もう数日が過ぎているというのに、なんとなくまだ周囲はきな臭い。
銀杏並木の続くプロムナードあたりでふと景色が途切れ、明るい午後の日差しがゆるやかに暮れ始めたのに気づく。
わたしは足を止めた。
――――ふむ。
異形の干渉に巻き込まれたと気づいたのは、はらはらと頭上から降る銀杏の葉が蛍光色のカナリアイエローに染まっていたからだ。
チカチカと頭の奥が合図する。
視界が急速に狭まった。
目の前に、金属の猫足がついた木製のベンチがあり、そこに腰掛けたコート姿の女性が膝にひろげたスケッチブックに熱心に何かを描き写している。
しゃっ、しゃっ。
彼女の袖が画布を擦る音が、少し離れたここまで聞こえてきた。
それ以外の音が周囲から消えたのだと、わたしは思った。
はらはらと舞い落ちるのは銀杏の葉ばかりではない。ブナ、クヌギ、シバグリ、カエデ――――。
彼女の集中が途切れる。
顔を上げてこちらを振り返ったので、わたしは微笑み「ご精がでますね」と声を掛けた。
まあ――――やだ。彼女は噴き出す。
「こんな若い子に、そんなこと言われたの初めてだわ」
いつの間にか、シートで覆われていた遠景がやわらかな靄の向こうにかつての姿で蘇っていた。
欅の大木と寄り添う丸天井の温室――――。
「……見かけほど、若くないのですよ」
わたしの言葉に、彼女は頷く。
「そうみたいね――――で」膝の上のスケッチブックを閉じ、ゆっくりとこちらに向き直る。
「何かご用?」
わたしはしばし考えた。まさか、いきなりほころびの主と出会うとは思わなかったからだ。
「いつも、ここで絵を描いていらっしゃるのですか」
ええ。快活にそう答えた女性だったが、すぐに思い直した。
「最近は……そうでもないわね」
「ここの温室が、火災で焼け落ちてしまったのはご存じですか」
そんな。と言いかけて彼女は遠景を振り返り、立ち上がると今度は、まさかと言いかけてまたわたしを見る。
「いいえ――――だって」
はい。わたしは頷いた。
「ここは、あなたの思い出の場所ですから……でも」
わたしは軽く目を閉じた。
現実の風景が目の奥で交差する。
これは未来――――いや、近しい過去の出来事だ。
プロムナードの石畳みに、何かが落ちている。赤い。着物の切れ端のような、鮮やかな。
拾い上げた誰かからそれを受け取った人物に、わたしは小さく息を飲んだ。
その袋物から飛び立つ色とりどりの絵の中の鳥たちを見上げる赤い髪が、夕刻の風に巻き上がるのも。
鮮やかな――――。
気配を感じて、はっと目を開けると、同じように暮れゆく墨色の空を見上げる女性の姿があった。
「……なくしたとずっと思ってたのに」
ぼんやりと彼女は言う。ゆらゆらと輪郭が滲んでいく。
「拾ってくださったかたが、いらしたようですよ」
そう――――。
呟く彼女の遠景で、ぽっと小さな火が黒い影になった大樹の枝先に点る。ひとつ、またひとつ。
「いけない」
と、わたしは咎めた。
「イケナイ?」
彼女が繰り返す。ぽっ。また、ぽっ。
「拾われたあなたのものは、息子さんの元に届きました」
そうね。彼女は笑った。
「だって、あの子が盗んだんだもの」
ちがう。
だが、彼女の中からひとの気配が断ち消える。
わたしは息を飲んだ。
そんな事実はないはずだ。
それでも、そう感じてしまった瞬間が、かつて彼女にあったのか――――。
ほんの少し疲れたとき、うまくいかない現実の何かにむしゃくしゃしたとき。
あわいの時空では、そんな些細な思念さえ形に変わることがある。それがほころびとなり、ひとの世界に作用する。
そして、
「あの子ハ……嘘ツキなのよ……構ってホシクテわざと隠スノ」
歪む。ともに
「ワタシの大切なモノモ、若サと命モ……全部」
さらに歪んでいく。
ぽっ、ぽっ――――増えていく火の玉が、やがて集まり、ゆらゆらと彼女のなかへ取り込まれていく。
「全部……アノコガ奪ってシマウ」
火が澱み、ぶすぶす彼女が燃え出した。
「いけません。これ以上、あわいに干渉するのは――――」
「カンショウスルノハ?」
どろり。彼女の面が溶けた。
――――唵……!
わたしは、急ぎ目の前の空を斬る。思念が暴走する前に、境界を引いたのだ。
その刹那、音を立てて彼女の姿が崩れていき、溢れ出した澱みの中へスケッチブックが落ちる。
「本体はこっちか」
今度は、それが息を吹く。
たちまち高く飛び上がると、ケタケタと奇矯な声を発した。
……火事ダァ!
ぼっと遠景の大樹に火が着いた。熱風に、スケッチブックが踊る。
巻き上がる風に乗り、画紙がめくれる。尾をひいて羽ばたく度に、中に描かれたものがこぼれ落ちた。
地に落ちた色が伸び、形が変わる。
風景画のなかに、奇態な人物が、人物画の腹に飛ぶ鳥が入り交じる。
そのひとつひとつに火が着いた。
火が着いたまま飛び回る。
『火事ダァ! 火事ダァ! 火事ダァ!』
わたしは手を伸ばし、画紙を掴むために宙へ飛んだ。
しかし、掴んだところで、そのあとをどうする。
「なだめる……説得する?」
人格のない、意識のない、言霊の通じない相手をか?
かすった。
『うきゃきゃきゃ!』
ちぎれた。
『――――うしゃしゃしゃ!』
逃げられた。
もういちど印を結んで、空を切るか。少なくとも、自分の身を守るだけの境界は作れるだろう――――だが、本体は切れない。
これは、ひとの思念の生み出した象形だ。
思念の元であるひとが故人でも、思念は死なない。その血を受け継いだひとに歪みが届くこともある。
その影響がどれほどのものか、人外であるわたしには計りかねた。
「鎮まれ……! 鎮まれ!」
わたしは懸命に、暴れ回る画紙の束を掴もうと格闘した。
古い紙とは言え、それなりの厚みをもつそれに、掴み損ねた手や指が傷つく。
血が跳ねた。
『……うひゃひゃひゃ……』
このままでは埒が明かない。
言霊の通じないモノを説得するには。
ほころびを拡げず、おさめるためには。
――――どうする。
人の念のこもったモノを鎮めるには――――。
――――リン!
そのとき、一陣の風とともに空間にわけ入る音があった。
シャラリと鳴り響く錫杖に、燃えさかっていた炎が揺らめく。
「一切が空、是れ則ち不浄の体なり!」
わたしは振り返った。
――――リン! 無一物!
その一声に、暴れ回り、はばたいていた画紙の束がふいに力を失う。バサリと力なく土に落ちると炎が治まり、かわりに飛び出した色とりどりの鳥や木々が画紙を凌駕し、空間を制圧し始めた。
シャン! シャンシャン!
シャン! シャンシャン!
どこかで、幼子の笑う声がした。それを包む母の優しい声がした。
シャン! シャンシャン!
シャン! シャンシャン!
ひとが手を打つ音、歌う声、たくさんのひとの声と笑顔、さざ波立つ感情の波動――――鮮やかな象形。
歪みが正され、時が収束する。
靄が晴れ、霧が止み、閉塞が凪ぐ。
ついに画紙が鎮まった。
「――――お見事!」
そばに佇む比丘尼の姿がある。
わたしも地に降り立ち、錫杖を震わす白装束の比丘尼に礼を取った。
「山神さま……お怪我は」
そう尋ねられ、大したことはないと答える。
地蔵の傘をかぶった下から卵形のつるりとした顔が覗き、優しく微笑んだ。父に聞いたことがある。彼女はかつてオオマキ地蔵堂に納められていた鈴の付喪神だ。
元は夫婦鈴で、夫はすでに土に還ったと聞くが、妻は今もこのあたりの公園を守っているのか。
「おかげで助かりました」
深々と礼を取ると、こちらこそと丁寧な礼が返る。
わたしは言った。
「最近、このあたりのほころびが大きいと聞いて、見回りにきたのですが、情けないことに、ほころび本体に掴まってしまいました」
いえいえ。付喪神はそう呟くと、ふと考え込んだように頬に手を当てた。
「わたしもずっと見守っていました。あれは美しい思い出で……決して暴れるようなものではなかったのですが」
そう言うと、とりあえずこの時空は仕舞ってしまいましょうと、軽く錫杖をふるう。
あっと言う間だ。
するすると、まるで膨らんだ風船の空気を抜くように、さっきまで広がっていた景色が錫杖の中に吸い込まれていくのを、わたしは、ただ見つめていた。
付喪神の面目躍如。
ひとにはしばしばあやかし扱いにされるが、神と呼ばれる力はある。モノの神である。
思わずすごいと唸ったわたしに
「場所と物を掃除するだけです。命の供養はできません」
と、付喪神は微笑む。
それは――――と、わたしはまた軽く目を閉じた。
目の奥で、赤い髪をした背の高い少女が奔走するのが見える。
歪んだものからあるべき姿を取り戻す。
これは過去――――それとも近い未来。
「供養は……ひとに任せて大丈夫だと思います」
ふいに腹が鳴った。腹に収めた昼のご馳走を、どうやら使い果たしたらしい。
付喪神は微笑んだ。
そして袖の袂から、新聞紙に包んだほかほかの焼芋を出し、半分に割って差し出してくれる。
「どうぞ。おつかれさまです」
あは。わたしは笑う。
いつの間にか、景色がひとの世界に戻っているのに気が付いた。
遠景もふたたびシートに覆われ、比丘尼姿の付喪神は竹箒を持ったお掃除姿のご婦人に変わっている。
あ。そうだ。
「ちょっと待っててください」
そう言い置いて、わたしはベンチの向こうの自動販売機へ走る。
そこで小銭を入れて、温かいほうじ茶の小さなボトルを二つ買い求め、ひとつをご婦人に手渡し、代わりに半分この焼き芋を受け取る。
わたし達は並んでベンチに腰掛けた。
秋の夕刻が早足で近付く。淡い黄昏色の西日を浴びながら、二人で同時にお茶を飲み、また同時に焼き芋を頬張った。
あれ――――あの祓えの言の葉、一体なんて仰ってたんです?
むいちもつ?
ぶいちもん?
わたしが尋ねると、付喪神のご婦人はふふっと笑って答えた。
適当です。
適当ですかと、わたしは驚き、そして笑った。
「なんとなく……わかります」
わかりますか、やっぱり。
はい。気持ちというか、伝わればそれで。
「――――ですよねえ」
焼き芋は甘かった。ほうじ茶は香ばしく温かい。
息をする度、甘くて温かな湯気が上がる。
それから日が落ちるまで、わたし達はベンチで他愛もないお喋りをし、付喪神はほころびの残したあわいの切れ端を竹箒で掃き清めて去って行く。
彼女の歩いて行ったあとが、きらきらと砂金を撒いたように光るのを見送って、小さく手を振る。
わたしも、山への帰路についた。
シリーズ小説『うらら・のら』 作 桃正宗・佳原安寿
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こちらの作品は全年齢対象ファンタジーライトノベルです。
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