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第32話 決着の姫ヶ咲祭~聖女とデート~

 姫ヶ咲祭最終日。


 最終日も多くの来場者でごった返していた。年に1度の行事とはいえ、ここまで盛況なのは異様な光景だろう。


 我がクラスは相変わらずの大忙しだった。


 どうやらSNSで山の王子がいると拡散されたらしく、今日は男性だけでなく王子を求める女性も多かった。当の本人はまるで興味なさそうだったが。


 そこの女性陣、王子じゃないからって舌打ちは勘弁してください。


 申し訳なさと不快感を同時に味わいながら無難に仕事をこなした。


 思えば、よく無事に最終日まで来れたものだ。当初は風間絡みでトラブルが発生するかもと不安だったが、大きな問題は起こらなかった。実際には何度かトラブルになりかけたそうだが、風間が上手くお客さんを宥めたりしたことで沈静化した。この辺りの対応とコミュ力はさすがである。


「……まだ来てないのか」


 待ち合わせ場所に到着すると、月姫はまだ来ていなかった。時間よりも早く来てしまったから仕方ない。


 月姫を待ちながら、俺は頭の中でこれまでの日々を振り返った。


 今日は特別な日だ。


 長かった姫攻略生活が本日で区切りになる。これから月姫とデートして、そして後夜祭がある。


 彩音を姫にするのが最終目的ではあるが、告白の返事をした時点で俺の役目は終わると言っていい。後はあいつの魅力が姫レベルまで届いているか否かだが、そっちは俺の知ったこっちゃない。


 殺意やら悪意を向けられる辛い日々であったが、色々と良いこともあった。この日々が間もなく終わりを告げる。


「お待たせ――って、どうしたの?」

「何でもない」


 感慨に耽っていると、月姫が到着した。


「遅くなってゴメンね、途中で電話があって」

「別に遅くてはないぞ……って、電話?」

「従姉妹から。これから文化祭を見に来るんだって。人が多いし、ゆう君とのデートがあるから合流は断っておいた」


 美人と噂の従姉妹か。俺が恋愛を諦めるきっかけにもなったあのイケメンと付き合っているという。


 今となっては従姉妹にもイケメン先輩にも興味はないが、見たいような見たくないような。


「従姉妹のことはわかったけど、変装はそれでいいのか?」


 月姫は変装としてメガネを掛けていた。


 しかしそれだけだ。他に特別なことは何もしていない。他の姫と比べると変装している部類に入らない。


「大丈夫だよ。今日も人が多いからね。人混みの中から私を見つけるのは難しいと思う。昨日も友達と一緒に回ってたけど、バレなかったし」

「ふむ、なるほどな」

「それに、ゆう君との文化祭デートで変な格好したくないんだ」


 言われてみればそれはあるかもな。


 ただ、風間の場合はメイド服が気に入っただけ。不知火は元々女の子っぽい服装が好きなわけだし、花音の占い師スタイルもクラスの出し物だった。変といえば変だが、理由がないわけではなかったから何とも言えないか。


「じゃ、行こっか」

「おう」


 俺達は歩き出す。


「二度目のデートだね」

「そうだな」

「前回は散々だったから今回はしっかりリベンジしないと!」


 確かに前回は途中で風間が乱入し、おまけに月姫が体調不良でダウンしたからな。月姫からしてみれば最悪の思い出だったろう。


 まあ、俺からしたら複雑だ。


 人生で初めて告白されるという体験をした。絶対に生涯忘れられない思い出でもある。これを月姫に言うわけないのだが。


「クラスの仕事はいいのか?」

「うちのクラスは展示だから基本的に暇だよ」


 忘れていた。月姫のクラスは展示だったな。


 姫がいるから集客は見込めるが、接客は疲れるからな。クラスがそういう雰囲気だったのだろう。これについては他クラスの俺が言っても意味がない。


「で、どこに行く?」

「屋台を回りたいかな」

「王道の買い食いか。了解だ」


 言葉に従い校舎を出る。


「この雰囲気、まさに祭りって感じだな」

「活気あるよね」


 門から校舎に続く道は屋台と人で埋め尽くされていた。あちこちから威勢のいい声が飛ぶ。


「こうして見ると人の数がやばいな」

「……はぐれたら困るし、手を繋いでもいい?」

「構わないぞ」


 月姫と手を繋いで屋台を覗きながら歩く。人混みで大変だったが、人が多すぎるせいで誰も月姫に気付いていないのは幸運かもしれない。


 食べ物と飲み物を購入し、お喋りしながら歩いた。


 学園の文化祭というより、近所の祭りに参加したみたいな感じだ。違いがあるとすれば屋台をしているのが高校生ってことくらいだろう。


「ねえ、懐かしくない?」

「俺もそう思ってた」


 子供の頃の記憶が蘇る。


 あの頃は近所の神社でよく屋台巡りをしたものだ。まだ活発だった俺は月姫の手を引っ張ってあちこち走り回った。


 今となっては懐かしい思い出だ。


 ふと隣を見れば、月姫は嬉しそうにニコニコしていた。


「随分と楽しそうじゃないか」

「そりゃ夢が叶ったからね」

「夢?」

「ゆう君と一緒に文化祭回りたかったんだ。文化祭を一緒に回るのって青春の行事みたいでしょ。ずっとやってみたかったんだ」


 確かにそれはあるな。


 恋人と楽しく文化祭デートはいかにも青春の象徴だ。マンガでもゲームでも絶対にあるイベントだ。


「中学には文化祭がなかったからな」 

「……それに、去年もダメだったしね」


 あの時は俺が勝手に負けた気分になり、距離を開けていた。一緒に文化祭など夢のまた夢だった。


「去年の文化祭はどうだったんだ?」

「私は友達と一緒だったよ」

「楽しそうだな」

「楽しくはあったけど、教室を出られなかったから辛かったかな」

「出られない?」

「見世物みたいになっちゃうからだよ。自分で言うのもアレだけど、凄い騒ぎだったでしょ。去年の私って」


 去年から1位の姫だった月姫の騒がれ具合は常軌を逸していた。俺はよく知らないが、今年の熱狂から考えても他校の連中が凄い勢いで向かってきただろう。


 そういえば土屋も困惑していたらしいな。氷川のほうは去年から生徒会だったから全然問題なかっただろうけどさ。


 昨年の”ビッグ3”の注目度を考えれば当然か。


「ゆう君のほうはどうしてたの?」

「人混みが嫌で教室に引きこもってた」

「それなら会えなくても仕方ないね」


 どっちも教室に居たのだから仕方ない。


「しかし、昨年からその騒ぎか。今日のデートも不安になってきたな」

「大丈夫だよ。去年の私はただビビってたけど、いざこうして歩いてると紛れるから。それに、何かあってもゆう君が守ってくれるもんね」


 信頼されているのが嬉しいような重いような。


 その後もお祭り気分であちこち覗きながら見て回った。


「悪い、ちょっとトイレ行って来る」

「ここで待ってるね」


 調子に乗って飲み食いしすぎた。トイレはそれなりに混雑しており、戻るまでに数分の時間を要した。


 トイレから戻って来ると、月姫の周囲には2人の男が立っていた。背格好から恐らくは大学生くらいだろう。


「君が宵闇さんじゃない?」

「1位の姫だよね?」


 ナンパだ。そう思った俺は歩き出したが、途中で月姫と目が合った。


「いいえ、全然違いますよ」


 月姫はこれっぽっちも動揺せず男達の問いかけに首を振った。


「えっ、違うの?」

「はい。残念ながら違います。それより、姫に会うのが目的ならこのクラスにいけば会えますよ。おまけに姫がメイド服で接客してくれるんですよ」

「……メイド服」

「はい」


 男達はその言葉に動揺していた。


「あっ、私は彼氏が来たのでこれで失礼します」


 そう言って月姫が俺のほうにやって来た。そのまま俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。


「彼氏持ちかよ」

「本当に姫じゃないのか」


 姫ならありえない行動だろうと納得した男達は去っていった。彼等の頭の中はメイド服の風間でいっぱいだろう。


「……風間を売ったな」

「売ったわけじゃないよ。売り上げに貢献してあげたの」

 

 物は言いようだ。


「それに、風間さんには初日の恨みがあるからね。これくらいは仕返しをしておかないと。姫なら誰でもいい感じの男だったし、頑張って接客してほしいね」


 笑顔で言うのはえげつないな。


 俺の記憶が確かなら初日のアレは月姫達がデート中にこっちをガン見していたからだと記憶していたが……まあいいだろう。心の中で風間にエールを送っておくとしよう。


「しかし、誘いを断るのに手慣れてるな。対応が完璧に見えたぞ」

「ナンパを撃退するのには慣れてるからね」

「しょっちゅうされるのか?」

「まあ、一応はね」


 手慣れているってことは今まで何度も経験してきたんだろう。ショッピングモールの時もえらい注目されていたから当然か。


 ……俺の知らない月姫。


 一番近くにいたはずなのに、最近まで一番遠い気がしていた相手でもある。意識して見ようとしなかった相手でもある。俺の知らない月姫の生活っぷりを想像すると様々な感情が胸の中に渦巻く。


「大丈夫だよ。私はずっとゆう君一筋だから!」


 その言葉だけで渦巻いた感情から不安だけが溶けていく感じがした。


「あっ、あそこ見て!」


 不意に月姫がある方角に視線を向けた。


 そこには一組のカップルが歩いていた。美男美女なので随分と目立っている。


 男のほうには見覚えがある。


 俺が勝手に負けた気分になっていたイケメンの先輩だ。あの頃から顔が変わっていないのでよくわかった。そのイケメンが彼女らしき美人と一緒に歩いていた。仲良く手を繋ぎ、どちらも笑顔だった。


「来るって連絡があったけど、見つけられてよかった」

「あの人が月姫の従姉妹か?」

「そっ。隣にいるのが彼氏だね」

「……幸せそうだな」


 月姫にどこか似た風貌の美女がイケメンと手を繋いで歩いていた。どちらも本当に幸せそうだった。


 一度は敵視したイケメン先輩の視界には俺も月姫も映っていなかった。その瞳には愛する彼女だけが映っている。


 まったく、我ながら馬鹿みたいな時間を過ごしたものだ。


「愛されてるよね。羨ましいな」

「そうだな」


 幸せそうなカップルを見た後、再び俺と月姫は一緒に歩き出した。


 特別な場所に行くわけでもなく、何かをするわけでもなかった。ただ、あの頃と変わらず屋台を見ながらお喋りするだけだった。それだけなのに気持ちが高揚した。


 ――

 ――――


 楽しい時間はあっという間に流れた。


 デートも終わりの時間となり、歩き疲れた俺達はベンチに腰を下ろした。


 人は徐々に少なくなっていく。文化祭が終わりに近づいているのを感じる。楽しい時間の終わりにちょっとだけ切なくなった。


「文化祭も終わりだね」

「終わっちまうな」

「……来年は多分、今年とは全然違うよね」

「受験とかあるからな。楽しめるのかは微妙だ」

「そうじゃないよ。関係のこと」


 この関係もがらりと変わっているだろうな。


「無駄な遠回りしちゃったけど、無事にゆう君と過ごせて良かった」

「俺もだよ。楽しかった」

「……名残惜しいけど、そろそろ時間だね」


 文化祭終了のアナウンスが流れた後、後片づけを行ってから後夜祭がある。俺にとって大きな決断であり、人生の区切りでもある。


 月姫と付き合った時のイメージは昔から出来ていた。今日のデートではそれを再確認したという感じだ。


 ただ、イメージと現実ではやはり違う部分もあった。本物の月姫は妄想の中よりもずっと素敵だ。


「ゆう君の答え、楽しみにしてるから」


 聖女らしい笑みを浮かべた月姫に頷き返した。


 そして、文化祭が終わった――

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