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第31話 決着の姫ヶ咲祭~姫君とデート~

 不知火とのデートが終わり、教室に戻った俺は全力で働いた。


 相変わらず行列は続いており、接客の仕事は激務だった。その忙しさはブラック企業も真っ青なほどだ。


 疲弊しながらも問題を起こさず午後のシフトを終わらせると、休憩も取らずに移動した。最初からわかっていたことだが、中々にハードスケジュールだ。とはいえ、これも自分で蒔いた種だから仕方ない。


「――失礼します」


 待ち合わせ場所の生徒会室に到着した。


 ここを待ち合わせ場所にした理由は学園内に人が多すぎるからだ。人気急上昇中の花音の存在は非常に目立つ。一般の人達だけでなく、姫ヶ咲の生徒も花音に接触しようとしている。


 その対策として生徒会長でもある氷川が取ったのは生徒会室に避難させることだった。ナンパ避けのために生徒会室を使うとか完全に公私混同だが、この状況ならグッジョブと言わざるを得ない。


「似合ってるな、その格好」

「ありがとです。ダー……先輩」

「……」


 最近の花音は俺をゲーム内と同じように呼ぼうとするが、恥ずかしいのか途中でいつも通りの呼び方になる。


 さすがに校内でその呼び方をされたら結構きついので頑張らなくていいと思うぞ。


 さて、花音の格好は占い師らしい衣装だった。紺色のロングマントコートを羽織り、頭まですっぽり隠れるフードを被っている。ちょっと俯くだけで顔が完全に隠れる形になる。


 占い師というよりは魔法使いに見えなくもないが、可愛いからどっちでも問題ないだろう。


「その姿で行くのか?」

「変装」

「なるほど」


 これなら誰も花音だと気付かないはずだ。


「そういえば、氷川は?」

「……近くにいると怒りで頭がおかしくなるからって」

「そりゃ怖すぎるな」

「怖い顔してた」


 聞いておいて変だが、この場にいないのはありがたい。確かに一緒にいるところを見たら氷川は暴走するだろうな。


「じゃあ、戻って来ないうちに行くか」


 頷いた花音と共に生徒会室を後にする。


 一回り小さな花音の隣を歩きながら、不思議な感覚に陥っていた。


 ネトゲの嫁と一緒に校内を歩いている。改めて意識すると推しと歩くのと同じか、それ以上に変な気分になる。


 ただ、頭では同一人物とわかっているのにノンノンと花音が全然重ならない。


 あまりにも違いすぎるのだ。スタイル抜群の元気系金髪エルフと、お世辞にもスタイル抜群とは言えない物静かな花音。両者はあまりにも違いすぎる。


 あの告白以降もユートピアオンラインで一緒にプレイしている。ノンノンの中身が花音だとわかってからも大きな変化はなかった。相変わらずゲーム内ではお喋りエルフだった。呼び方も態度もいつも通りだ。俺としては変な感じになるのが嫌だったのであえて何も言わずゲームの嫁として付き合っている。


「それで、どこに行く――」

「お化け屋敷!」

「っ」


 食い気味に返事があった。


「えっと……好きなのか?」


 花音は大きく頷いた。


 そういえば、ノンノンはお化け屋敷とかホラーが好きだと言っていたな。ゲーム内でもアンデットが蔓延るダンジョンを好んで攻略していた。そこはロールプレイしていなかったわけだ。


 プランを任せている以上は仕方ない。


 俺達はお化け屋敷に向かった。お化け屋敷は結構な賑わいだ。出てきた人の反応から察するにそこそこ怖いらしい。


「……」

「先輩?」

「な、何でもないぞっ!」


 待っていると順番になり、俺と花音はお化け屋敷に入った。


 その直後だった。


「うわー、お化けこわーい」


 棒読みが過ぎないか?


 怖いといった花音の表情にはこれっぽっちも変化はなかった。当たり前だ。まだお化けが出現していないのだから。


 怖いと発言をした花音は俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。そのまま離れようとしない。


「っ」


 勘の悪い俺でも気付く。これは演技だ。


 気の抜けた怖い発言は密着するための方便だったわけだ。二人きりになれる暗い場所で、初手で合法的に抱きついてきた。


 お化け屋敷みたいな恐怖スポットが恋愛を加速させると聞いたことがある。花音は薄暗いこの場所で二人きりという空間を狙ったのだ。しかも状況を利用して密着してきた。恐ろしい策士だな。


 などと、冷静に分析したところまでは良かった。


 残念ながら花音の企み通りにはならなかった。


「ひえぇ!」


 何故なら俺がめちゃくちゃビビッてしまったから。


 怖い系は全然大丈夫なのだが、脅かされるのが苦手だ。幽霊とか信じないタイプではあるが、不意に背後から声を掛けられるとビックリして変な声が出てしまう。このお化け屋敷はまさにそっちの驚かし系だった。


 リアクションの良い俺に気分を良くしたのか、お化け役の連中は気合いを入れて脅かしにきやがった。頑張って抵抗したが、情けないボイスは出口まで続いた。


 お化け屋敷を出る頃にはぐったりだった。


「よっ、ようやく終わったか」

「……」

「子供だましだったけど、中々の出来だったなっ」

「…………」


 その呆れたような目は止めてくれ。


「悪い。ビックリ系がどうも苦手で」

「いいです。逆に楽しめたから」

「逆に?」

「……先輩の弱いところ発見」


 情けないところを見られて恥ずかしい気持ちになった。これが後輩に対してなのか、嫁に対してなのかは俺自身もわからない。


 ええい、気を取り直して次だ。


 お化け屋敷を出た後、花音は行きたいところがあると先導した。


「次はどこに行くんだ?」

「花音達の教室」

「……」


 正直、これも気が進まなかった。


 花音のクラスは占いの館をしている。その名の通り占いをしているのだが、問題はそこにいる人物のほうだ。


 何故ならそこには俺にとって最悪の相手がいる。文化祭の間は一度も顔を合わせていないが、出来れば顔を合わせたくない相手が。


「いらっしゃいま――」


 我が天敵であり、我が妹でもある彩音は俺を見て固まった。


「うわっ、兄貴じゃん。何しに来たの?」

「しっかり対応しろ。こっちはお客様だぞ」

「客らしい顔してから出直しなさい!」


 客らしい顔って何だよ。


「てか、頭のそれは何だ?」


 俺は彩音の頭にある異物を凝視する。


 占い師の恰好は全員魔法使いのようなロングマントコートと無機質なフードなのに、彩音のフードには猫耳が付いていた。


 似合っている。そりゃまあ似合ってはいるのだが、こいつだけ猫耳だから違和感が半端じゃなかった。


「あたしが最後のアピールチャンスを逃すはずないでしょ。ほら、こういうのが人気なのよ。男って馬鹿で単純な生き物でしょ。こういうの付けてあざとい感じにしとけば勝手にメロメロになるのよ」


 偏見もここに極まったな。


 男としては説教してやりたくなるが、周囲の反応を見るとあながち間違ってもいないようで悲しい。何人か占い師がいるけど彩音がぶっちぎりの一番人気だった。


 性格は終わっているが、姫になりたいという情熱だけは本物であると認めよう。


「兄貴だって文化祭で姫人気を再確認したでしょ?」

「まあな」


 実際、一般の人の大半が姫を目的としている。


「姫になればあたし目当てに他校からもイケメンが駆け付けるんだよ。あたしの夢が近づくってわけ。だったら出来ることは何でもするわ。常にベストを尽くさないと」


 常にベストを尽くした結果が俺の苦労なわけだがな。


 彩音と話していると、隣にいた花音が口を開いた。


「彩音ちゃん、占って」

「はいはい、了解しましたよ」


 対応はクソだったが、彩音はしっかりと占いをするらしい。俺達の個人情報を聞いた後、タロットを並べる。


 以前はたどたどしかったが、今はタロット占いする姿が様になっている。練習の成果は出ているようだ。


「相性は結構いい感じね。恋人になればそこそこ幸せになれるでしょう」

「適当だな」

「しっかり占ったでしょ。ほら、花音がいいならさっさと付き合えばいいじゃん」

「……風間はいいのかよ」


 おまえは風間と結託していたはずだが。


「姫になるのが最優先なわけだし、恋人宣言さえしてくれれば相手が誰でも祝福してあげるわ。風間先輩はあたしに全面的な協力をしてくれるって言ってくれたから贔屓してたけど、花音は友達だしね。兄貴程度の男には勿体ないけど、本気なら応援するしかないでしょ」


 こいつからすれば宣言して確実に姫の座を放棄してくれれば良いってわけか。最初から最後までブレない奴だ。


「彩音ちゃんが姫になれるよう花音も全力で協力する。絶対惜しまない」

「相性は最高ね! カップルになれば間違いなく幸せになれるわ!」


 マジで適当な奴だ。


 絶対に当たっていないだろうけど、花音は満足そうにしていた。この様子だと占い自体はどうでもよくて、彩音からそう言ってもらうのが目的だったのだろう。友達から背中を押してもらいたいって感じだろうか。


 あえて口には出さない。


 占いの館を後にすると、俺達はあちこちを見て回った。占い師に扮したおかげで花音の存在は上手く隠せていたようだ。


 それから時間が来るまであちこち見て回った。


 花音は買い食いの経験が少ないらしく、無表情ながら楽しそうのは足取りでわかった。態度と行動がわかりやすいのはノンノンと変わらない。

 

「――残念ながら、そろそろ時間だな」


 そして、デート終了の時間になった。


 花音はこくりと頷いた。表情の変化は薄いが、名残り惜しそうに見えたなのは俺の勘違いではないだろう。


「あの……花音とのデートはどうでした?」

「楽しかったぞ」


 お化け屋敷に彩音出現という俺の苦手が詰まったデートプランではあったが、花音と一緒だから楽しめた。


 素直に答えたのだが、花音の表情は暗かった。


「どうした?」

「……花音は喋るのが苦手。ノンノンと違って全然上手く喋れない」

「まあ、現実とゲームだからな。そこは仕方ないと思うぞ。人には得意不得意があるからな」


 喋るのが苦手な人も大勢いる。


 俺もゲームではホラー系もビックリ系も問題ないけど、現実では苦手なわけだしな。架空の自分と同じってわけにもいかないだろう。


「今日だってノンノンのつもりで頑張ろうと思ったけど、全然出来なかった」

「別に一緒である必要はないんじゃないか」

「えっ」


 花音は理解ができないと目を瞬く。


「ノンノンも花音も中身は一緒なわけだしさ。現実とゲームで別人みたいってことなら、それはそれで二度美味しいって感じがするだろ」


 俺の適当な言葉に花音はくすりと笑う。


「それに、全然違うわけでもなかったしな」

「……ホントですか?」

「うむ。行動がちょいちょい同じっていうか、後は空気感だな。最初は全然イメージが重ならなかったけど、一緒に居る時の空気感がノンノンと同じだった」


 あちこち見て回っている時に感じた。


 瞳を輝かせながら屋台を回っているその姿は、ノンノンがゲームで良い装備を探している時とよく似ていた。


 それと同時に、付き合った時にどんな感じになるのかわかった気がした。


「あの、ありがとうございます」

「こっちこそ」

「……返事、楽しみにしてます」


 頷いて答える。


 姫ヶ咲祭二日目の終了を告げるアナウンスが流れた。簡単な掃除を行うため教室に向かわなければならない。


 その時、花音が動き出そうとした俺の服の裾をつまんだ。


「し、信じてるからね……ダーリン!」


 頬を赤く染めてそう発した花音の顔は、俺の愛する金髪エルフと重なって見えた。

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