第30話 決着の姫ヶ咲祭~姫王子とデート~
姫ヶ咲祭二日目。
今日から一般の人が参加する。
覚悟はしていたが予想を遥かに上回る恐ろしい来場者数だった。他校の生徒だったり、大学生だったり、近所の人々だったり、それはもう様々な人が姫ヶ咲学園に押し寄せた。
俺のクラスも朝から大賑わいだ。朝から長い行列が出来ている。あちこちから注文が飛び、目の回るような忙しさだった。
「あの人が姫か」
「二つ名は風の妖精。去年姫じゃなかったのが信じられないくらいレベル高いな」
「名前は風間幸奈さんか。雰囲気はマジで妖精っぽいな」
連中のお目当ては当然ごとく風間である。
その人気ぶりに改めて姫という存在の大きさを思い知った。驚いたのは訪れた客の多くが風間の名前を知っていたという事実だ。拡散されているという話は聞いていたが、ここまでとは予想外だった。
午前中のシフトが終わり、俺は不知火との待ち合わせ場所に向かった。遅刻とまではいかないが、時間ぎりぎりだ。
「悪い、待たせたか?」
「いいや、僕も今来たところだよ」
「……」
本来なら男である俺の台詞だと思うのだがな。
と、普段ならツッコミを入れるところではあるが今日はそれが出来なかった。不知火の姿を見て固まってしまったからだ。
不知火翼は女子受け抜群の姫であり、来場者もそれを知っている。実際、不知火を目当てに訪れた他校の女子はかなり多いらしい。
そういった事情もあり、目立たないように変装している。
「えっと……似合ってるぞ」
「そ、そうかな?」
「うむ。めちゃくちゃ似合ってる」
「ありがとう。神原君にそう言ってもらえて嬉しいよ!」
その変装とは女の子らしい格好だ。
姫ヶ咲祭では登下校は制服で、校内では自由となっている。基本的には出し物による感じだ。我がクラスならメイド服とか執事服だ。
出し物が演劇である不知火の場合は完全に自由となっている。
今日の不知火はパーカーにスカート姿だった。スカートは制服だが、パーカーは赤を基調として中央に可愛らしいキャラクターがデザインされたものだ。クラス全員がお揃いのクラスパーカーだ。以前、土屋から教えてもらった。
ただ、服装よりも注目したいのは髪型のほうだろう。いつものショートではなくロングだった。印象が大きく変わり、パッと見では不知火とわからない。
「それ、ウィッグか?」
「劇で使うのを借りてきたんだ」
「なるほどな」
俺がそう答えると、不知火はおもむろに歩き出した。
「目的地に向かいながら話そう。そこは結構並ぶみたいだから、話の続きは待ちながらしようか」
「お、おう」
促されるまま後ろを付いていく。
髪の毛をロングにして可愛らしいパーカーを着ているだけで普段の印象とはがらりと変わる。その姿はモデル体型な清楚美少女にしか見えなかった。
見た目が変化すれば印象も変わる。
正直、不死鳥フェニの中身と聞いても中々イメージが重ならなかった。あまりにも普段の不知火と違いすぎるからだろう。外見も中身も、そして声も。
しかし今は推しと若干重なる部分がある。
……重なるというか実際に本人なわけだが。
改めて不思議な気持ちだ。画面の向こうの遠い存在のはずだった推しとデートをするというのは変な気分というか、高揚と動揺を同時に味わう感覚だった。
俺にとって不死鳥フェニは推しであり、退屈な日常を消してくれた大切な存在だ。フェニと出会ってどれだけ救われただろう。
それに対して不知火翼はある意味のトラウマを受け付けられた相手でもあった。中学時代は土屋の心を奪った憎いイケメンであったからな。実際には違ったけど。
「どうしたの?」
「何でもないっ」
苦笑いで誤魔化した。
「そういえば、僕等の劇を見てくれたみたいだね。どうだった?」
「最高だったぞ」
「でしょ?」
「演技も上手かったんだな」
イメージになかったが、本当に上手だった。某歌劇団かと思ったほどだ。実際に男役とかで参加していても違和感はない。
「ありがとう。けど、上手いのは美鈴のほうさ。昔から演劇が好きでよく観賞していたらしいよ。演技指導とかもしてくれたんだ」
「そうだったのか」
全然知らなかった。
「僕としてはロミオよりもジュリエットがやりたかったんだ。だけど、クラスの雰囲気的にね。あの場面で口を挟む勇気はなかったよ」
そこは仕方ないだろう。
不知火のイメージはイケメン女子だし、ロミオ役はピッタリだ。
男子からしたら相手が土屋だから譲りたくなかっただろうけど、一番ロミオ役が似合いそうなのが不知火だから仕方ない。
「ところで、一つ聞いていいか?」
「もちろんだよ」
「最初に向かう場所って本当にここで良かったのか?」
待ち合わせ場所から向かったのは2年A組、つまり俺のクラスだった。
「お腹も減っていたし。それに、仕返しをしないとね」
「仕返しって――あっ」
思い当たるのは昨日の件だ。風間のアレは不知火に対しての挑発ではないのだが、不知火からしたらそうは思えなかったのだろう。
本人に言うべきか迷うところだが、教室までもう少しのタイミングで言う必要はないか。ここまで並んだ労力が無駄になる。
「ちょっと見せつけちゃおうか」
「怒ってるのか?」
「アレを見せられたらね。自分でもよく我慢したと褒めてあげたいよ」
などと談笑していたら、ようやく俺達の番になった。
「お帰りなさいませ――」
風間が出迎えてくれた。
俺たちが来た意図を一瞬で理解したのだろう。少しだけ笑顔がぎこちなかった。しかし一瞬で元通りの笑顔に戻ったのはさすがだ。
「じゃあ、席に座ろうか」
不知火が俺の手を握った。最初はおっかなびっくりという感じだったが、すぐに恋人繋ぎにしてきた。
「へ、へえ、見せつけてくれますね」
風間の笑顔には妙な圧があった。
「オムライスをください」
「かしこまりました!」
我がクラスではオムライス注文時に文字とか絵を書くサービスを行っている。昔からメイド喫茶の定番である。
オムライスを持ってきてくれたのは引き続き風間だ。笑顔だったが、目の奥は全然笑っていない。むしろ憤っているようだ。
「では、私が書かせていただきますね」
「ハートマークでお願いします」
「かしこまりました」
笑顔で対応してくれたから安堵していたが、全然そうじゃなかった。
ケチャップが書かれた文字が悲惨なことになっていた。
ハートマークを注文したはずなのに、オムライスの中央に出現したのはドクロだ。真っ赤なドクロは見ているだけで気分が怖くなる。
「ふふふ、斬新ですね。メイドさん」
「ふふふ、そうでしょ?」
修羅場は勘弁してくれよ。
「はい、神原君にも書いてあげるね」
「お、おう」
俺のほうは綺麗なハートマークにしてくれた。
それを見た不知火が少し不機嫌になって若干不穏な空気が漂ったが、幸か不幸か来客の多さが邪魔をした。風間はすぐに別のテーブルに呼ばれ、そっちに行ってしまった。
「残念、これで終わりか」
「……平和に終わって良かった」
「まだまだ足りなかったけど、しょうがないね。幸奈の仕事を邪魔するわけにはいかないからさ。これを食べたら退散しようか」
寿命が縮む思いをしながらオムライスを食べた。風間の挑発については後でしっかりと伝えておくとしよう。
「じゃあ、本命の場所に行こうか」
「本命?」
「手芸部だよ」
歩き出した不知火の後に続く。
手芸部の出し物はハンドメイドの小物やらアクセサリが並ぶ模擬店だった。部室には部員が作成したであろう可愛い小物が並んでいた。
完全に女の子向けだな。他の客も女性ばかりだ。意外にも生徒より母親世代が多いように感じた。
「ここに来たかったのか?」
「文化祭前から目を付けてたんだ。けど、友達と一緒だとちょっとね」
王子様っぽくはないってわけだな。
気にしすぎだとは思うが、不知火は友達との関係を気にするタイプだ。解釈違いと言われるのが怖かったのだろう。
「あっ、これ可愛い!」
不知火は小物の数々に感動していた。
可愛らしい小物に目移りする彼女は普段のそれとは全く異なっていた。瞳をキラキラさせ、あちこち物色している。
「ねえ、あそこにいるのって姫王子に似てない?」
「どう見ても違うでしょ。外見も中身も」
「近くに男もいるしね」
ひそひそ声で話をしているのは他校の女子生徒だ。話をしたままどこかに行ってしまった。
……外見も中身も違うか。
普段の彼女だけを知る者が見ればそうだろうな。
ただ、俺にとっては逆だ。嬉しそうな顔で可愛らしい小物を手に取って喜ぶあの姿こそ俺がよく知る推しの姿だ。
「っ、テンション上がっちゃった。変だったかな?」
「いや、全然変じゃないぞ」
「ホント?」
「当たり前だろ。俺としてはその……フェニは推しだからな。可愛い小物が大好きだったり、ピンクが好きだったりとか、そういうのも全部知ってるわけだからな。むしろその光景を見てるほうが落ち着くっていうかさ。イメージと重なったというか、解釈の一致みたいな感じだな」
照れながらそう言うと、不知火は嬉しそうに笑った。
「神原君ならそう言ってくれると思ってた!」
その後、不知火は店でいくつかの小物を購入した。一つくらいプレゼントしようと思ったが、今回のデートでは互いにプレゼントは禁止されているので止めておいた。
買い物を終えた俺達は人通りの少ない場所に移動した。
「……ありがとね」
「俺のほうこそ楽しいデートだった」
「僕が感謝しているのは今日だけじゃないよ。今までのこと全部さ」
今までのこと?
「僕はずっと迷っていた。いいや、今も迷ってるかな。今日は女の子っぽい格好なのに、口調はいつも通りだろ。自分でもこれが変だと思う。可愛い物が好きでお姫様に憧れる一方で、普段みたいな王子様的なのも悪くないと感じているんだ」
不知火が葛藤を抱えているのは知っている。告白してくれた時も『女の子の部分も結構ある』と言っていたからな。
「配信を始めたのも女の子の部分が爆発したからだった。救われたんだ。神原君が僕の中にある女の子の部分をあの情熱的な長文投げ銭で――」
「その話題は勘弁してくれ!」
頼むから学園内でその話題を出さないでくれ。
元々そのせいで地獄みたいな生活を味わっているんだからな。身から出た錆ではあるが、せめて今は忘れさせてくれ。
必死で制止した俺に不知火は笑っていた。
「本当を言うと、正体はまだ明かさないつもりだったんだ。でも、焦っていた。月姫が出てきて頭が真っ白になった。あのままじゃ絶対に負けるって気付いた。自分でもずるいとは思ったんだけどね」
「……不知火」
その時だった。俺のスマホが震えた。デートタイム終了のアラームだ。
「もう終わりの時間か。神原君と一緒だと楽しくて時間を忘れていたよ」
「それは俺も同じ感想だ」
不知火と付き合った時のビジョンも見えた気がする。
同じ趣味を持っている存在だ。話が合うのは最初からわかっていたし、ネット越しのやり取りとはいえお互いの趣味とかもわかっている。金を貢いでいた側と貢がれていた側という多少歪みのある関係ではあるが。
「さあ、そろそろ戻って仕事だ」
「僕も劇の準備をしないと」
「頑張れよ」
「神原君もね」
教室に戻ろうと歩き出すと、不知火は周りの目を気にしながら俺の耳元に顔を寄せてきた。
「恋愛を教えてくれてありがとね、ヴァルハラ君」
さっきまでと違ってフェニの声でそう囁くと、不知火は顔を真っ赤にして走り去った。
……可愛いけど、学校でヴァルハラ君は勘弁してくれよ。