第28話 決着の姫ヶ咲祭~開幕~
姫ヶ咲学園文化祭――通称「姫ヶ咲祭」と呼ばれるイベントは三日間に渡って開催される。
初日は校内公開のみで、二日目から一般公開される。
姫ヶ咲祭は非常に賑わう。家が近所なので存在は知っていたが、昔はどうしてそこまで人気があるのかわからなかった。昨年、ここに入学して理由を知った。
姫の存在だ。
無論、理由はそれだけではないけど姫の存在が大きいのは間違いない。
姫ヶ咲総選挙はこの辺りでは有名で、結果は様々な形で拡散されている。他校の連中も姫を知っている。堂々と姫ヶ咲学園に入れるこの日を楽しみにしているというわけだ。要するに姫を拝みたいわけだな。
特に今年は例年以上の来客が予想されている。
俺の学年が黄金世代と呼ばれているからだ。どの姫もレベルが高く、歴代でも最高と噂されている。また、下級生で唯一の姫である花音も注目されているらしい。
ちなみにこの情報は彩音から聞いたものだ。
この情報を聞いて若干の優越感もあるが、下手したら刺されるかもしれないと不安にもなった。
「――神原、緊張しているのか?」
声を掛けてきたのは我がクラスが誇る山の王子こと、山田遥斗だ。
あのダブルデートからしばし欠席していた山田だったが、復帰してからは元気そうにしている。
別に緊張していたわけではないが、ここは話を合わせておく。
「少しだけな」
「安心しろ。似合っているぞ、その服」
俺は自分の服を見る。
我がクラスの出し物はカフェだ。服装は男子が執事服、女子はメイド服だ。コスプレカフェは最近の文化祭では定番になっている。去年も先輩のクラスで同じようなカフェがあった。
「おまえに言われると嫌味に聞こえるな」
「むっ、そうか?」
山田は執事服がめちゃくちゃ似合っていた。さっきから女子が釘付け状態だ。男の俺から見ても格好よく見えるのだから、女子からしたら垂涎ものだろう。
最近の俺は山田と行動を共にしていた。四人の姫と親密な俺はクラスでも居場所を失いつつあるが、山田のおかげで孤立は避けられている。
「この姿なら彩音様も気に入ってくれると思うか?」
「……」
彩音様ね。
最近のこいつは以前にも増して彩音にご執心だ。何をトチ狂ったのか彩音の追っかけになってしまった。ストーカーと言っても問題ないレベルだ。
彩音から事情を聞けば、ダブルデートで告白されてきっちりフッたらしい。しかしその際に罵倒したことで山田が変な性癖に目覚めてしまったという。さすがのあいつもこの事態は予想外だったろう。
まあ、俺には関係ないけど。
「気に入るかもしれないな」
「是非とも俺が接客している時間に足を運んでほしいものだ」
「お、おう。そうだな」
「では、お互い頑張ろう」
山田は爽やかな笑顔で去っていく。
さて、カフェにおける俺の役割は接客だ。
接客担当になった理由はコンビニバイトで接客の経験があるからだ。執事服とか恥ずかしいので辞退したかったが、クラスメイトの心証を良くするために引き受けた。接客をやりたがる奴は少なかったしな。
「執事姿いいね。似合ってるよ、神原君」
顔を上げると、メイド服姿の風間がいた。
「おう。ありがとな」
「私はどうかな? 似合ってる?」
「うむ。めちゃくちゃ似合ってるぞ」
「ありがと。メイド服って一度着てみたかったんだよ」
ゆるふわな雰囲気の風間とメイド服の組み合わせは妙にマッチしていた。
「ねえ、こういう仕草されると神原君も嬉しかったりする?」
風間は上目遣いで見つめたり、手でハートマークを作ったり、スカートの裾のほうを摘まんだり、あざといアピールしてきた。
可愛かった。そりゃもう可愛いに決まっている。
「前にメイドカフェの特集してる雑誌にこんな感じで接客すると男が喜ぶって書いてあったんだ。感想は……聞かなくてもいいかな。顔見ればわかるから」
「っ」
「あっ、もう少しお喋りしたいけどそろそろ時間みたい」
風間がそう言うと、アナウンスが流れた。
「じゃあ、頑張ろうね」
「おう」
「午後の約束、忘れちゃダメだからね」
「わかってるよ」
最後の言葉に頷いたところで、姫ヶ咲祭が開幕した。
◇
順調なスタートを切った。
王子と姫が接客するのはやはり魅力的だったようで、客の入りは良かった。次々と人がやってきて、あっという間に用意したテーブルが埋まっていく。
客層は男女が半々くらいだ。目的は予想通り山田と風間だった。
俺は二人を補佐するように働いた。なるべく二人が多くのテーブルに顔を出すように他のクラスメイトと協力してサポートする。我ながら脇役として良い仕事をしていると思う。
しばらくすると、廊下でざわめきが起こった。
何事かと気になっていたが、ざわめきの正体が判明したのはそいつ等が教室に入ってきた時だった。
「お邪魔するよ、神原君」
「来たよ、佑真君」
不知火と土屋がやってきた。
「どうしてここに?」
「神原君の働く姿を見に来たに決まってるじゃないか」
「……そ、そうか」
「似合ってるね。執事スタイル、とっても格好いいよ」
「えぇー、悪くはないけど執事服なら絶対翼ちゃんのほうが似合うと思うけどな」
俺もそう思う。
「てか、こんなところに居ていいのかよ。二人は劇の主役だろ?」
「大丈夫だよ。練習は何度も繰り返したし、後は本番で頑張るだけだから」
不知火と土屋のクラスの出し物は劇だ。この二人は主役を演じる。
会話をしていると、またも廊下でざわめきが起こった。何事かと注視していたら今度は三人の少女が教室に入ってきた。
「あっ、執事服のゆう君だ!」
「先輩。とってもいい感じ!」
「……」
月姫と花音が一緒に居るとは珍しいな。しかし、何よりも珍しいのはその後ろだった。
二人の後ろには彩音の姿がある。その様子が明らかにおかしい。辺りをきょろきょろ見回している。小さいながらもいつも堂々としている我が妹の珍しい姿に俺は驚いた。
謎が解けたのは数秒後。
「っ、彩音様!」
「げっ」
山田が凄まじい勢いでこっちに来た。その様子といったら女王に仕える従者のようであった。
対して彩音は完全にドン引きしていた。サッと月姫の後ろに隠れた。
「ようこそいらっしゃいました!」
主君と再会したみたいな態度の山田に周囲の人間が何事かと視線を向ける。
まずいな。姫の登場に加えて山田の暴走で大騒ぎだ。このままじゃ折角の文化祭が台無しになっちまう。
「ちょっと悪い」
俺は彩音を引っ張って廊下に出る。
多少はこっちにも視線が集まったが、やはり他の生徒たちは姫と王子が気になる様子だ。残念そうな山田に関しては見ないフリする。
「あぁ、マジで気持ち悪いっ。だから来たくなかったのに!」
教室から離れると、彩音が嫌悪感丸出しで口にする。
「だったら来なけりゃ良かっただろ」
「仕方ないでしょ。あの二人に誘われたんだから。姫と行動を共にしてたら目立つし。明日は他校の奴が来るからここで最後のポイントを稼いでおかないと。文化祭終わったらすぐに総選挙が始まるし」
二人と一緒に行動して目立つのが目的だったのか。それなら自業自得だ。
「それに、兄貴に忠告してやろうと思ったの」
「……忠告?」
「あれ見てみなよ」
そうして彩音は教室を見る。
不知火たちと月姫たちは合流し、一緒のテーブルに腰かけた。
氷川以外の姫が勢ぞろいしたそのテーブルは凄まじい注目度だった。誰かが情報を拡散したのか、廊下には続々と野次馬が集まってきた。
「校内だけでもこの始末だよ。他校の奴等が来たら絶対もっとやばいことになるからね。ナンパとかされるに決まってるから」
「……だよな」
「デートするんでしょ。気を付けてよ」
実はこの姫ヶ咲祭中、告白してくれた姫と一人ずつ校内デートする約束をしている。文化祭デートをして、最終日の後夜祭の時間に返事をするという流れだ。
最初の順番である風間とは今日の午後にデートする運びとなっている。
「おまえが俺の心配をするとはな」
「ここで問題が起きて、告白の返事が出来ない状況にでもなったらあたしが困るし」
万が一の事態は起きてほしくないが、それは注意が必要だな。他校の人間と揉め事を起こすと面倒だ。
「兄貴が誰と付き合うのか知らないけど、しっかり宣言はしてもらわないと」
後夜祭で返事をして終わりではない。その後、何故か全校生徒に向けて交際宣言する話になっている。
「……宣言って必要か?」
「必要に決まってるでしょ。あたしの姫固めを盤石にしないと」
「おまえの都合だったのかよ!」
彩音はフンと鼻を鳴らした後、首を振った。
「冗談よ。あたしの提案じゃないわ。さすがにそれを強要するわけにはいかないでしょ。相手は先輩ばっかだし、現役の姫を怒らせたらまずいしさ」
「そりゃそうか。じゃあ、あいつ等が決めたのか?」
「白黒はっきりさせたいみたい。絶対に恋人宣言するってさ。悪い虫を寄せ付けたくないみたい。兄貴に寄りつく虫とか先輩たち以外にいないだろうけど」
あいつ等が主導だったのか。
「けど、兄貴だって都合いいでしょ。隠れてこそこそってリスク高いし。向こうが宣言してくれるならダメージは少な目じゃない?」
確かにな。隠れて付き合うよりはそっちのほうがいいだろう。隠れて付き合ったらバレた時に怖い。
「あたしからしたら好都合だけどね。確実に姫が消えるわけだし」
「……もし、俺が誰とも付き合わないって選択は?」
「それはないでしょ。その場合、あたしが姫になれないから兄貴の秘密が全校生徒に公開されるから」
不知火にバレている以上、脅迫は以前に比べると効力が落ちたけどな。
とはいえ、バラされたらまずいのも確かだ。ただでさえ俺の評判が悪い中で長文投げ銭野郎だと知られたら面倒すぎる。
ため息を吐きたい気分になった俺の前で、彩音が深々とため息を吐きやがった。
「この苦痛の日々もようやく終わるのね。ホントに長かったわ」
はぁ?
おまえがそれ言うの?
「なにその顔は」
「苦痛だったのは俺だろ」
「はぁ……本来なら一学期終了の時点であたしは姫になってるはずだったの。それが二学期の終わりまで姫になれなかったとか苦痛でしょ。兄貴のちょっとした苦痛とはレベルが違うの」
偉そうな態度にイラっとしたので、俺は教室に顔を向ける。
「山田よ、彩音と話していかないか?」
「っ、ふざけるな!」
「罵倒してくれるらしいぞ」
「本当か、すぐに行く!?」
その後、増え続けた野次馬と暴走した山田のせいで教室付近がぐちゃぐちゃになったのは言うまでもない。
騒動が激しくなると、生徒会長の氷川が登場した。すべての元凶として俺がこっぴどく怒られた。今回に関しては解せなくもない。
諸事情により次話遅れます。5月中は無理そうです。
申し訳ありません。




