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第27話 迷い悩みながら怯え震える日々

 文化祭を週末に控えたその日。


 着々と準備は進み、姫ヶ咲学園は普段とは違う姿に変化していた。それに伴って生徒達のテンションは上がり、学園全体が浮かれムードになっていた。


 そんな中、俺は未だに迷い悩む日々を送っていた。

  

 正確には少し違うか。迷い悩む日々を送りながら、怯え震える日々を送っているという言い方が正しいだろう。


「っ」


 廊下を歩いていると、背後から視線を感じて振り返った。


「……またか」


 遠くのほうでこっちを見ながら会話していた生徒がどこかに消える。


 最近はこういった出来事が多い。


 どこを歩いていても悪意やら敵意ある視線を向けられる。気配のするほうを向けば、ひそひそと会話しながら去っていく。


 俺が敵意を向けられている理由は簡単で、四人の姫を独占しているからだ。おかげで学園の連中から妬まれている。そりゃもう恐ろしいくらいに妬まれている。先輩から後輩まで満遍なく妬まれている。


 一応、彩音が姫と仲良しだからその付き添いと言ってごまかしているが、苦しすぎる言い訳なのは自分でもよくわかっている。


 ただ、事情を素直に話すわけにはいかない。


『四人の姫に告白されて返事待ちです』


 とか言ったらリンチされるのは確実だ。磔にされる光景を想像するのはあまりにも容易い。


 そういった訳で、俺は常に周囲を警戒しながら生活していた。迷い悩むだけでなく、襲撃される恐怖に怯え震える日々を過ごしていた。


「あれ、佑真君だ」


 不快な視線にイラっとしていたら、ある人物に声を掛けられた。


「……土屋?」


 土屋美鈴だった。

 

「今日も注目されてるね」

「勘弁してほしいもんだ」

「こっちのクラスでも話題だよ。よく佑真君の話題が出るんだ。あの四人との関係が気になるみたい」


 土屋とは不知火の告白からしばらく喋っていなかったが、最近はよく声を掛けられるようになった。


 正直、気まずい。


 別に俺自身が何かをしたわけじゃないのだが、不知火との仲を応援すると言ったのにこの状況だ。裏切ったみたいで罪悪感がある。告白の場面で崩れ落ちた姿は今も脳裏に焼きついている。


「堂々としてなよ。神原君が悪事を働いてるわけじゃないんだし」

「それは……理解しているんだがな」

「相変わらず変なところで真面目だね。いっそ自慢しちゃえばいいのに」

「冗談言うな。それをしたら命を失うぞ」

「大袈裟だけど、ありえるかも」


 くすくすと土屋が笑う。


 ……この様子なら、土屋は大丈夫そうだな。

 

 実のところ土屋から襲撃されるのではないかとビクビクしていた時もあった。しかし今のところその様子はなく、普通の友人のように接してくる。


「いよいよだね、文化祭」

「ああ」

「で、モテ男の佑真君は誰と付き合うのかな?」


 土屋は事情を知っている。


 不知火から告白された後、彼女はしばらく欠席していた。体調が戻って再び登校するようになった後、話をする機会があって全部話した。


『へえ、翼ちゃんだけじゃなくて四人も姫を待たせてるとはいいご身分だね』


 無表情でそう言われた時には肝が冷えたものだ。


 ただ、その後は意外にもアクションがなかった。俺にだって普通に話しかけて来る。敵意みたいなものは感じない。


「まだ選んでない」

「……選ぶ、ね」

「どうした?」

「別に。わたしはただ遠くからニコニコしながら見守ってるだけだよ。佑真君の選択を見届けるしかないからね」


 どういう心境の変化だ。あれだけ不知火にこだわってたのに。


 もしかして、不知火を諦めたのか?


 あの告白以来その話題には触れていない。俺からその話題について触れるのは煽りになる気がしたからだ。


「その顔は何かな?」

「別に何でもない」

「ホントに?」

「……ただ、土屋の反応に驚いてるだけだ」


 そう答えると、言いたい事が伝わったらしい。


「あれからね、わたしも色々と考えたんだ。でも諦めないことにした。諦められなかった、が正しいかな。ショックは大きかったけど、全然気持ちは冷めなかったの。今でも解釈違いでもやもやするけど、最近はそこも受け入れようかなって」

 

 土屋は更に続ける。

 

「そう決めたら後は仕方ないかなって思ったの。駄々こねても翼ちゃんの心証を悪くするだけなのはわかってる。大体、告白した後で妨害しても意味ないしね。だからさ、今は結果を待つしかないかなって」


 告白の返事待ちの状態じゃ妨害とかできないか。


 危害を加えない宣言に俺は安堵した。それを聞けただけでも精神的に楽になった。


「見守るだけって言ったけど、今の話を聞いて佑真君に一つアドバイスしたいかな」

「……アドバイス?」

「恋は選ぶものでも、悩むものでもないと思うよ。選ぶって感覚だと付き合っても長続きしなさそうだしね。ケンカしたら別の人を選べばよかったって後悔すると思う。よく言うでしょ、恋は落ちるものだって」

 

 名言だな。


 目の前にいる土屋に惚れた時がまさにそうだった。選ぶとか、迷うとかじゃなかった。気付いたら目で追いかけるようになっていた。


「ありがとな。参考にさせてもらうよ」

「気にしないで。ただ――」


 土屋の手が俺の右肩に触れる。


「応援するって決めたけど、個人的な願望を述べるなら翼ちゃん以外を選んでくれると嬉しいかな。そうすれば落ち込む翼ちゃんを励まして、今度こそわたしルートに入るかもしれないし。落ち込んでる女の子は隙だらけで弱々しいから」


 どこまでも諦めの悪い女神様だ。


「まあ、翼ちゃんがフラれる姿も見たくないんだけどね」

「……」

「佑真君。結果はわからないけど、もし翼ちゃんを泣かせたら呪うからね」

「あ、ああ」


 肩に置かれた手にずしりと重さを感じながら、俺は教室に戻った。


 ◇


「よし、今日の作業はここまでにしよう」

 

 教室に声が響く。時刻は夕方になろうとしていた。


 このところ、放課後は文化祭の準備に忙しい。

 

 俺たちのクラスの出し物は王道のカフェだ。山田というイケメンと学園が誇る姫の一角である風間がいるので集客が見込める。


 集団行動が苦手の俺だが、ビビリなのでこれ以上の心証悪化を避けるために放課後は毎日残ってクラスに協力している。


「っ」

 

 下校しようと廊下を歩いていると、氷川亜里沙とエンカウントした。慌てて方向転換して、動き出したのだが――


「待ちなさい」

「は、はい」


 冷ややかな声に、ビクッと体が停止する。


「元気そうね、神原佑真」

「お、おかげさまで」


 花音の告白後に意識を失った氷川も数日間欠席していた。


 無事に復活したわけだが、土屋と違ってこいつは俺に話しかけて来なかった。遠くから視線は感じていたが、近づこうとしなかった。


 正直こいつに襲撃される可能性が一番高いと思ってビクビクしていた。


「話すのはどれくらい振りかしら?」

「お、覚えてないな」

「丁度良かった。あなたに伝えておくことがあったの。わたくしは冷静になったのよ。それはもう本当に冷静になったの」


 急にどうした。


「妹の幸せを考えるのが正しい姉の姿だと考えたのよ。妹の恋愛を素直に応援してあげるのが正しい姉の姿であると」


 何か言いだしたぞ。


 到底信じられるはずなかった。妹の行動を監視するような奴がこんなにあっさり手の平を返すとかありえない。


「その顔はなに?」

「信じられなくてな」

「信じられなくて当然でしょ。全部嘘だから」


 嘘なのかよ。


「冗談は置いておくとして、世間話をするために声を掛けたわけじゃないわ。これでも生徒会長だから文化祭の準備で忙しいの」

「お、おう」

「簡単に用件を話すけど、例の返事はどうするつもりなの?」


 氷川の目つきが鋭くなった。


 こいつも事情を知っている。花音が告白した時に聞いていたし、その後の月姫の件についても本人と連絡を取り合っているからだ。


「家での花音ちゃんは落ち着かない様子よ。文化祭が近づくにつれてそわそわが激しくなっているわ」

「……」

「その様子といったら可愛いの一言に尽きるわね。不安と期待が入り混じったあの表情を独占できるわたくしが羨ましいでしょ?」


 変な角度から自慢してくるなよ。


 どう返答したらいいのか迷っていると、氷川は小さく息を吐いた。


「迷っているのね」

「……まあな」

「こうなった以上、あなたの選択を見届ける以外にはないわ。ああ、警戒しているようだから言っておくけど、わたくしが何かするつもりはないわ。あなたに不孝があれば花音ちゃんも悲しむからね。花音ちゃんが悲しむ姿は見たくないの」

「そいつは安心だな」


 本当に安心したよ。


「言い忘れたけど、花音ちゃんからの告白を断ったら山に埋めるわ」

「っ」

「けれど、もし花音ちゃんと付き合ったら墓地に埋めるわ」

「結局埋められるじゃねえか!」


 氷川は愉快そうに笑った。


「精々わたくしに埋められないように気を付けなさい」


 いや、確定で埋められるのですが。


「じゃあ」


 去り際、左肩に手を置かれた。軽く置いたはずなのに重さと熱を感じた。


 ……時間はもう無いな。

 

 迷い悩みながら怯え震える日々は終わろうとしていた。いよいよ、決着の文化祭が始まる――

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