第26話 迷い悩む日々
俺は迷っていた。そりゃもうめちゃくちゃ迷っていた。
内容は言うまでもない、告白に対する返事だ。
時間は待ってくれない。確実にその日は近づいている。あの告白から月日は流れ、すでに文化祭は来週に迫っていた。
告白を受けてから俺の心境には大きな変化があった。
夏休みまで燻っていたイケメンに対するコンプレックスはいつの間にか消え去り、自分の意志で恋愛をしてみようと思うようになっていた。
恋愛に対して前向きになったのはいいが、四人の中から一人を選べというのは中々に酷な話じゃないだろうか。
誰の告白を断ったとしても後悔するに決まっている。それでも誰か選ばなければならないのはわかっているのだが――
「どう考えても一番相性がいいのは私でしょ」
発言したのは風間幸奈だ。クラスメイトであり、隣の席に座る少女。
コミュニケーション能力が高く、男女ともに友達が多いことが特徴。出会ってからの期間は短いが、席が隣なのでここ最近では一番喋っている相手だ。若干腹黒いところもあるが、そこは彩音で慣れている。
話題がとにかく豊富で、もし恋人になったら楽しい時間が過ごせるだろう。友達が多いので大人数で出かけるのも楽しそうだ。
「どう考えても一番相性がいいのは僕だろうね」
対抗するように声を上げたのは推しVtuberの中の人である不知火翼だ。
見た目は王子様を思わせるイケメン女子だが、彼女には二面性がある。実はフリフリの服やら可愛いぬいぐるみが好きで、繊細な少女であることを良く知っている。共通の趣味があるので付き合っても会話には困らない。
不知火からの告白を受ければ推しを独占できる。憧れていた相手と過ごす時間は特別なものになるだろう。
「どう考えても一番相性がいいのは花音」
淡々と主張する氷川花音はネトゲの嫁である。
ゲームの中とはいえ結婚している相手であり、最も信頼している相談相手でもある。リアルでは口下手であまり喋らないが、ゲーム内ではお喋りでノリの良い一面がある。唯一の下級生だ。
夫婦なので関係性から言えば一番深いかもしれない。付き合ったらゲームでもリアルでも家に集まってまったり過ごすのだろう。
「どう考えても一番相性がいいのは私だよね」
幼馴染の宵闇月姫は余裕のある笑みを浮かべる。
俺にとって忘れられない初恋の相手であり、幼い頃から一緒に遊んでいた最も付き合いの長い少女だ。一度は疎遠になってしまったが、今では関係を修復している。付き合ったら今までより先に進めるはずだ。
お互い初恋の幼馴染同士であることを知った。昔から付き合った場面を想像していたので、交際した後のビジョンが最も浮かびやすい。間違いなく楽しく過ごせる。
……ハーレムエンドでも目指すか?
ありえない。
それを許すような彼女たちではない。仮に成功したとしても俺は学園中の生徒から命を狙われる。平穏な生活を求めて始めた姫攻略なのに、学園中から命を狙われるとか冗談じゃない。大体、自分がそれを出来ない性格なのも理解している。
というわけで、俺は迷い悩む日々を送っていた。
「絶対に私でしょ!」
「僕以外にありえないから!」
「花音に決まってる!」
「私だから!」
俺の苦悩など知る由もない四人の姫は声を荒げる。
時刻は昼休み。
その日も、空き教室にいた。ここで昼飯を済ませ、スマホを弄って時間を潰すのが二年生になってからの日常だった。その日常も最近では様子が違っていた。
あの告白以来、四人は事あるごとに接触してくるようになった。
アピール合戦というか、抜け駆けをさせないための対策らしい。
だが、この四人が集まると周囲の生徒から自然と注目されてしまう。野次馬が集まり、教室内がカオスな状況になってしまうので昼休みに空き教室に集まることで話がまとまった。
ここも当初は野次馬が大勢入って来たのだが、四人の姫から「出ていけ」の圧力を受けると次第に誰も寄りつかなくなった。
「結果はどうだったの?」
「そろそろ教えてほしいね」
「信じてるから」
「私だよね?」
四人の姫に迫られているのは俺――ではない。
この空き教室にいる人間の中で、最も小柄で幼い見た目の少女だ。
そう、我が妹である彩音である。
あいつはこの集まりと全然関係ないが、毎日俺たちと一緒にいる。その目的は保護だ。ある日、助けてほしいと頼み込んできた。理由を聞けば毎日変態に追いかけられて困っているらしい。その変態の正体があのイケメンと知った時は驚いたが――
まっ、そっちはどうでもいいので割愛しよう。
「じゃあ、発表します」
彩音は机の上に並ぶタロットカードを見ながらそう言った。
現在の状況を説明するのは簡単だ。文化祭の出し物で彩音と花音のクラスは占いをすることになった。
彩音はタロット占いをするらしく、練習のためにタロットカードを持ってきた。
『この中で神原君と一番相性が良いのは誰か占ってくれないかな』
風間からお願いされ、彩音は相性占いを開始したというわけだ。
ここで問題が生じた。彩音はタロット占いなどできない。本で勉強中だが、勉強を始めたのはつい最近なので習得していない。
しかし、愚かな妹はお願いを断らず占いを始めてしまった。
四人の姫は結果に大注目している。彩音は明らかに追い詰められた顔をしている。占いができないのだから適当に答えるしかない。
目を泳がせた彩音は四人の顔をジッと見つめると。
「一番相性がいいのは……風間先輩でした」
そう言って風間のほうを見た。
「さすがは彩音ちゃん。いい子だね、こっちおいで」
「はい」
「よしよし」
選ばれた風間が彩音を抱き寄せると、その頭を撫でる。
何故か風間は彩音のことが気に入った様子で、最近は結構仲良くしている姿を見る。似た者同士で惹かれ合うものがあるのだろう。
この結果に他の三人は不満そうだ。
「えぇ、幸奈と神原君は合わないよね?」
「……絶対合わない。不正」
「確実に相性悪いよ。八百長だね」
口々に噴出する不満に風間が鼻で笑った。
「いやー、占いの結果ならしょうがないね。私と神原君は運命の赤い糸で繋がってたりしてね。ほら、運命の相手かも」
そう言って風間が俺にウインクする。
絶品の可愛さにドキッとした。
「フン、所詮は占いだよ。今の内に言ってるといい。決着の日はもうすぐだからね。最終的には僕が華麗に勝利するさ」
不知火の言葉で場に緊張が走った。
決着の日とは文化祭最終日だ。告白の返事は文化祭でする話になっていたが、正式に最終日のラストイベントに決まった。
「その通り。花音が先輩の彼女になるから占いとか関係ない。姫先輩たちと過ごすこの時間が終わるのは少し寂しいけど、勝者と敗者が出るのは仕方がない」
悲しみつつも、さらっと花音は勝利宣言した。
「確かに悲しいよね。私たちは同じ人を好きになった同志だし、最近では変な仲間意識も芽生えちゃったから。あっ、彼女になった私がゆう君と経験したことは全部教えてあげるから安心して。だからみんなは妄想の中で楽しんでね」
月姫が笑顔で毒を吐く。
そして、しばしの沈黙の後。
「選ばれるのは私だよ!」
「選ばれるのは僕さ!」
「選ばれるのは花音!」
「選ばれるのは私だから!」
いつものように言い争いを始める。
ここ数日で見慣れた光景だった。いつの間にか離れた場所に座る彩音がその言い争いを若干引いた顔で見ていた。
プチ修羅場を見ながら、俺は深々と息を吐いて再び悩む。
俺の迷い悩む日々はまだまだ続く。