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閑話 神の愛娘(自称)の独り言 後編

 不本意なダブルデートをしたあの日。


 ショッピングモールで月姉たちの姿を見た瞬間、あたしは迷わず逃走した。

 

 当たり前だ。デートしてる場面を目撃されたら情報を拡散される可能性がある。先輩たちが姫の座に固執しているのか知らないけど、弱みを握られるわけにはいかない。逃走以外に選択肢はなかった。


 上手く逃げ出したけど、背後から山田先輩が追いかけてきた。


 チッ、面倒くさい。


 本当はそのままデートを打ち切って家に戻りたかったけど、残念ながらあたしの運動能力じゃあの人から逃げるのは無理だ。


 それに、仮に逃げてもどうせ学校で顔を合わせる。今後も付き纏われたら面倒だし、ここで関係を終わりにしたほうがいい。


 結局、あたし達はデートの続きって感じで散策することになった。


 この辺りは地元じゃないから誰にも見つからないだろうと判断したからだ。


 会話していて色々とわかった。この先輩がイケメンなのは認めよう。顔も運動神経もいいし、性格だって悪くない。歩く速度をこっちに合わせる気遣いも出来るし、会話内容だって悪くない。恋人になったら結構楽しく過ごせると思う。若干ナルシストなのが玉に瑕だけど。


 でも、一人のイケメンで満足するようなあたしではない。


『今日はありがとうございました。では、この辺で失礼します』


 夕方になる前にデートを打ち切ろうとした。


 しかし、帰宅しようとしたあたしに先輩は待ったをかけた。予感は当たり、そのまま告白された。


『傷心していたあの日、俺は君に声を掛けられたことで助けられた。あの時の君はまさに天使だった。運命を感じた。そして今日のデートで改めて君の魅力を知った。俺と付き合ってほしい』


 イケメンからの告白に気分は良くなるけど、返事は決まっている。


『あ、そうですか。嬉しいけどゴメンなさい。今は恋愛に興味ないので』


 はい、これで終わり。


 ちょっと勿体ない気もしたけど、全校生徒から崇められる姫になるから仕方ない。あたしは皆の姫だからね。


 告白を断り、家に帰ろうとしたら。


『これくらいでは諦めない』

『……?』

『以前の俺ならここで簡単に諦めていただろう。しかし、俺は友である神原から教わった。運命は自分の手で勝ち取るものだと』


 兄貴はこの先輩に余計なことを言ったらしい。またあたしに迷惑掛けるとか、妹に対して申し訳ないって感情を持つべきでしょ。


『俺は絶対に諦めない。何度断られても、この手で必ず運命をつかみ取る』

『あの、だから無理ですって』

『例え何度断られても、最後には必ず勝つ』

『……聞いてます?』


 あの人はしつこかった。


 断っているにも関わらず、全然諦める様子がない。いくら言っても理解しないから段々イライラしてきた。


 しばらく問答が続き、遂に我慢の限界がきた。元々不本意なデートだったこともあり、最初から気分は良くなかったし。


 だからだと思う。


『……キモい』

『えっ?』

『キモいって言ったの。脈なしってことに気付いてないの? さっさと諦めろよ。こっちが早く帰ろうとしてるの察せられないとかありえないんだけど。大体、天使とか言ってたけどあたしは天使よりも上の存在で――』


 それからは自分でもよく覚えていない。多分、言葉の限り罵倒したはずだ。他にも色々と溜まっていた怒りをぶちまけたと思う。


 気付くと、視界から山田先輩がいなくなっていた。


 やっちゃった。


 怒ると我を忘れる癖は昔からわかっていた。注意してたのに、ついイライラして癖が出ちゃった

 

 ……まっ、でも別に気にしなくてもいいかな。


 あの人からしたら失恋したわけだし、誰にも言い触らさないでしょ。もし言い触らしたとしてもフラれた奴が腹いせに悪い噂を流したと皆思うはずだ。あいつがあたしに会うために教室に来ていたのはクラスメイトも見てたわけだし。


 そう思うと気が楽になる。

 

 事件が起こったのは、まさに安堵の息を吐いた直後だった。


『驚いた。そっちが本性なんだね』

『っ』


 不意に声がした。


 風の妖精――風間先輩がいつの間にか隣に立っていた。


 ここは地元から遠いし、顔見知りはいないだろうと勝手に決めつけていた。よりにもよって悪態をついてる現場を現役の姫に見られた。どうにかして言い訳しないと。


『実は、何となく似た者同士じゃないかって思ってたんだ。けど、いざ自分と同じような人を見ると変な気持ちになるね。同族嫌悪と親近感が半分半分って感じ』


 妖精先輩はぶつぶつ言って微笑む。悔しいけどその姿も可愛かった。


『初めまして。私は風間幸奈、あなたのお兄さんのクラスメイトなの』

『……知ってます』


 それからお互いに軽く自己紹介した。


 妖精先輩はあたしのことを知ってたみたい。当然、あたしは現役の姫を知らないはずがない。


『いやー、それにしてもさっきは凄い剣幕だったね。あいつ、完全にビビってたよ。個人的にはグッジョブって褒めたいかも。あいつのこと嫌いだし』


 山田先輩が嫌いらしい。意外だけど非常にどうでもいい情報だ。


『ところでさ、彩音ちゃんって姫になりたいんだ』

『どうしてそれを!?』

『自分で言ってたじゃん。覚えてないの?』


 全然覚えてない。怒りに任せて喋ってる時に言ってたみたい。


『私のお願いを聞いてくれたら手伝ってあげる。周りの人に彩音ちゃんを応援してくれって言えば、結構な票数が入ると思う。私は姫とか全然興味ないから』

『……』


 クソがよ。

 

 この発言で目の前にいる女が嫌いになった。あたしの憧れである姫を簡単に譲るとかありえないでしょ。その余裕の態度がムカついた。


『遠慮しま――』

『実は私、神原君が好きなの』

『えっ』


 嘘でしょ?

 花音だけじゃなく、このレベルの美人が兄貴に惚れてるの?


 正直、月姉も兄貴に気があると思う。わざわざお弁当を作って来るくらいだし、少なくとも好意は抱いているはずだ。


 まあ、月姉のほうは理解できる。あの人は昔のイケメンだった兄貴を知ってるわけだし、ちょこっと改造すれば兄貴が化けることは知ってるから。


 まさか妖精先輩まで落としてるとは、兄貴のくせに中々やるじゃん。


『……一応聞きますけど、お願いっていうのは?』

『どうやったら神原君と付き合えるのか相談に乗ってほしいんだ。ライバルが全員強力なんだよね。圧倒的に勝ちヒロインっぽいのがいるし、別の子は切り札があるみたいなこと言ってたし』


 この提案にあたしは葛藤した。正直、妖精先輩の提案は魅力的だ。


 でも――


 友人である花音か、昔から世話になっている月姉とくっ付いてほしい気持ちがある。あの兄貴にはどっちも勿体ないけど。


 迷っていると。


『ねえ、興味本位で聞いていいかな』

『何ですか』

『姫攻略ってなに?』


 その単語が出た瞬間、頭が真っ白になった。


『まさか、それも――』

『うん。さっき言ってたよ。神原君の悪口言いながら』


 我を忘れてとんでもないことを口走っていたらしい。


『ぶちまけてたから内容も何となくわかるけど、彩音ちゃんの口から聞きたいな。あっ、さっきの提案はその話が終わった後でいいからね』


 妖精先輩はそう言って再び微笑む。


 あたしにはわかった。妖精先輩の笑顔には悪意があったことを。何故ならその笑顔は、あたしがよくやる邪悪な笑顔そのものだったから。


 ◇


 結局、妖精先輩の提案を受け入れた。


 どうやらあたしは怒りに任せて姫攻略のことも喋っていたらしい。一応確認しておいたけど、姫攻略のことを喋っている時には山田先輩はすでに帰った後らしい。


 提案を断ればあたしの評判は地に落ちる。それに、怒らせたら妖精先輩と山田先輩が結託する可能性があった。そうなったら裏の顔をバラされ、姫になれないかもしれない。


 で、相談に乗った結果――


 兄貴について色々と教えることになった。兄貴が誰にも告白された経験がないことを知り、妖精先輩は一目散に動き出した。


 最初に告白すれば大きなアドバンテージになる。最初っていうのは何でも記憶に残るものだ。全然かっこよくなかったから拒絶したけど、あたしだって初めて告ってきた男子の顔はよく覚えてる。きっと妖精先輩もそれを知っていたのだろう。


 あれから一週間経つけど、進捗具合はわからない。


「……ホントありえない。失敗続きだ」


 妖精先輩は言い触らさないって言ってたけど、実質脅されてるようなものだ。


 あたしはテンションを維持できなかった。自分のミスで弱みを握られたことが悔しくて仕方なかった。


 妖精先輩が兄貴を好きだと知ってるから脅し返す?


 無駄だ。あっちは姫の座に固執していないし。


 ただ、問題はこれだけでは終わらなかった。


 つい先ほどのことだ。放課後、山田先輩とばったり遭った。あの告白から顔を見ていなかった。どこで何をしているのか知らなかったが、いきなり目の前に現れた。


『頼みがある』

『だから、何度も付き合わないって言ってますよね』

『違う……もっと、俺を罵倒してほしい!』


 やばいことを言い出した。


『生まれて初めて女子に面と向かって罵倒された。自分より年下で、身長も一回り以上低い相手に。あの瞬間、体が熱くなった。これが自分の運命なのだと理解した!』

『……』

『お願いだ。言葉のかぎり俺を罵ってくれ!』


 あたしは小学生ぶりくらいに悲鳴を上げて逃げた。


 で、今に至る。


「ありえない。ホントにありえないわ」


 姫の座は近づいているはずなのに、あたしの気分は晴れなかった。

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