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閑話 神の愛娘(自称)の独り言 前編

「ありえない」


 部屋に戻ったあたしは、数年前から口癖になっている言葉をつぶやいた。


 とぼとぼ歩いてベッドに体を投げる。最近はベッドが固く感じる。きっと気分の問題だ。その原因もわかっている。


 寝転びながら、先ほどの出来事を思い出す。


 不本意すぎるあのダブルデートから一週間以上が経過した今日、あたしは恐れていた事態とは全く別の意味で最悪な状況になってしまったことに震えた。さっきの会話を思い出すだけで寒気がする。


「……ホントありえない。それもこれも全部兄貴のせいだ!」


 今となっては嫌いになってしまった兄貴。


 子供の頃は全然嫌いじゃなかった。超絶美少女であるあたしの兄だけあって顔立ちは整っていたし、性格も明るくて優しかった。客観的に見ても結構いい兄貴だったと思う。兄妹仲も悪くなかった。


 変化があったのは中学の時。


 兄貴は突然覚醒した。身だしなみに気を使い、筋トレとかして体つきも立派になった。理由は知らないけど、急に色気づいておしゃれとかするようになった。


 今思い出してもあの時の兄貴は格好良かった。友達からもイケメンの兄貴で羨ましいって何度も言われ、妹のあたしは鼻高々だった。


 けど、兄貴は突然陰キャになりやがった。

 

 ありえないでしょ。何の冗談だよ。


 兄貴は美少女キャラのグッズを集めるようになった。部屋が段々と汚染されていき、いつの間にか汚部屋が完成していた。それだけじゃない。Vtuberにハマり、変なネトゲに熱中するようになった。


 ショックだった。


 オタク系の趣味に一切興味がないあたしは全然理解できなかった。身だしなみにも気を使わなくなり、見た目も典型的なオタク君になった。イケメンだった頃を知っているだけにこの落差に耐え切れなかった。


 変貌の原因は幼馴染でもある月姉にあると予想した。あれだけ仲が良くて、周囲からカップルみたいに扱われていた月姉と急に話さなくなった。思えばその頃から急激に落ちぶれていったような気がした。


 ケンカした?

 告ってフラれた?


 その辺りは関係が修復した今でもわからない。月姉に聞いてもはぐらかされたし、言いたくない事情があるんだと思う。


 ……考えてもわからないからどうでもいいか。


 とにかく、オタクになってからの兄貴は嫌いだ。当然、兄妹仲も険悪になった。


 兄貴との関係は悪化したけど、あたしは気にせず可愛くなる努力を続けた。何せあたしには大きな目標があったから。


 姫ヶ咲学園で姫になること。


 姫ヶ咲学園総選挙と姫の称号について知ったのは中学に入学した直後だった。通学路を歩いていたら当時の姫とすれ違った。その姫は周囲をイケメンに囲まれてお姫様気分を味わっていた。様々なタイプのイケメンが姫のご機嫌を取ろうと必死になっている姿に痺れた。


 ――あたしもイケメンに囲まれてちやほやされたい。


 姫になろうと決意した瞬間だった。


 だから頑張って目指した。中学から猫を被り、周囲に愛想を振りいた。姫ヶ咲に入学してからは兄貴みたいな気持ち悪いオタク男子にも猫なで声を使って対応した。


 姫になったら二つ名は何だろう?


 入学当初は毎晩そんなことを考えていた。


 現在の姫にはそれぞれ属性がある。氷とか闇とかめちゃくちゃ格好いい。あたしの苗字は神原だから神のほうを付けるべき。


 二つ名については「妖精・女神・聖女・女王・姫君・姫王子」とあるが、あたしはすでに自分に合う最高の二つ名を決めている。それが「愛娘」だ。


『神の愛娘』


 いい、最高に可愛い。神の造形美といっても過言ではないあたしにぴったりすぎる二つ名だ。間違いなく1位になるあたしには神の称号こそふさわしい。


 全力で姫を目指した。兄貴の学年が美少女ばっかりなのは最初から知っていたけど、あたしなら全然イケると思っていた。だから小細工せず真っ向勝負した。


 結果は7位。


 ありえない。あたしが姫じゃないとか絶対ありえない。どいつもこいつも目か脳が腐っているに違いない。


 夏休みに入ってからのあたしは荒れまくった。それはもう周囲に当たり散らした。といっても姫ヶ咲の生徒に見つかるとまずいので、顔を合わせる度に兄貴を罵倒してストレス解消した。


 数日怒りをぶちまけた後は冷静になった。


 どうにかして姫の座を奪わないと。


 姫に選ばれたのは一人を除いて全員が二年生だ。美少女なのに何故か彼氏がいない。しかも彼氏が出来る雰囲気がない。


 月姉と土屋先輩は昔から男の気配がなかった。他の姫も何となく彼氏が出来そうな雰囲気はなかった。


 どうする?

 どうすれば姫になれる?


 姫になるために頭を働かせていた夏休み中盤のある日、クラスの友達とカラオケに行くことになった。


『最近はVtuberの楽曲も増えたよね』

『結構いい曲あるからね。ファンは気持ち悪いのが多いけど』

『わかるかも。絵にお金投げる奴とかさすがにないかな』

『気持ち悪い奴は晒されて笑われてるみたいだよ。ほらこれ、長文ニキって呼ばれて馬鹿にされてるこの人は高校生だって』


 友達がVtuberの楽曲を歌った後にそんな話題が出て、あたしはそこで初めて兄貴がまとめサイトに晒されていることを知った。


 怒りとか呆れよりも恥ずかしかった。


 あたしが兄貴のアカウントを知っていたのは当然だ。昔は仲良しだったから一緒に動画を見ていたので知らないはずがない。


『うわっ、さすがにないわ。彩音ちゃんもそう思うでしょ?』

『う、うん。そうだね』


 この事実を知った時、あたしの中で兄貴が最低最悪の気持ち悪い奴に格下げされた。兄貴は全国の連中に笑いものにされる本物のアホになってしまった。


 あたしは全国の人に笑われる長文ニキの妹?


 絶対ありえないから。実の兄が全国の笑いものになっているとか耐えられない。あいつは家族の恥だ。


 でもこの時、ある考えが閃いた。


 ……兄貴を使って姫を蹴落とすのはどう?


 兄貴を脅すネタを手に入れた。これを使って兄貴を動かし、姫に接触させる。あいつは今でこそオタクになってしまったが、元々の顔立ちは悪くない。本気を出せばもしかするかもしれない。


 この作戦が上手くいけば兄貴が姫と付き合い、7位のあたしは姫になれる。


 しかもだ、兄貴も彼女が出来れば昔みたいにちっとはマシな姿に戻るかもしれない。まあ、期待薄だけど。


 早速行動した。


 そして、激動の二学期が始まった――


「作戦は上手くいった。上手くいったけど、完璧じゃなかった」


 あたしはここまでを振り返る。


 予想外にも兄貴は頑張った。次々と姫と仲良くなっていった。信じられないことにその中の一人である花音は兄貴に惚れてしまったらしい。球技大会の時に聞かされて腰を抜かしそうになった。正直、花音と友達になったあたしとしては花音にはもっとイケメンを狙ってほしいから微妙だけど。


 姫攻略をしたおかげで兄貴の見た目も少しずつマシになっていった。顔色も良くなったし、何となく元気になった気がする。


 おまけに疎遠になっていた月姉との関係も修復した。あたしにとって月姉はお姉ちゃんみたいな存在だったから昔みたいに遊びに来てくれたら素直にうれしい。


 成果は想像以上。それもこれも姫攻略を促したあたしの手柄だ。


 と、ここまでは良かった。 


 花音と仲良くなってあたし自身の評価も上がったし、きっと次の総選挙では姫の座を射止めることができるだろう。


 でも、それでも問題がないわけじゃなかった。

 

「……問題は妖精先輩とあの変態だよね。どうしよ」


 思い出したくないけど、思い出す。


 あの不本意なダブルデートの後半部分から、今日の出来事を。

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