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第21話 ネトゲの嫁の正体

 女王様だと?

 

 予想外すぎる人物の登場に戸惑った。


 この口調からして俺を待っていたようだ。つまり、ここに俺がやってくると知っていたわけだ。


 じゃあ、ノンノンの正体は氷川なのか?


 絶対違うな。ノンノンは俺の正体を知っている様子だった。仮にこいつがノンノンなら、花音を口説くために相談した時のアドバイスがおかしい。妹を溺愛している奴がそれを手伝うとかありえない。


 ……今更だけど、ノンノンはどうして俺の正体を知ってるんだ?


 そこは本人に聞くしかないか。


 別の可能性として、実は氷川が妹を溺愛しているのが演技だったという説はどうだろうか。


「……」


 考える余地もない。これまでの態度からしてありえない。


 状況は一切不明だが、目の前に座る氷の女王様がノンノンでない可能性は極めて高い。ここは誤魔化そう。


「待ちくたびれたって何だよ。俺は暇だから立ち寄っただけだぞ。特にこの教室に用事があったわけでもないしな」


 かなり苦しい言い訳だが、これしかない。


「帰宅部のあなたが放課後に暇だから空き教室に来たの?」

「そ、そういうテンションの時もあるだろっ」

「あくまでもシラを切るつもりなのね」

「シラを切るのも何も事実だからな」


 ノンノンの正体は気になるが、ここは撤退だ。

 

「じゃあ、俺は忙しいからこれで失礼する――」

「あら、暇じゃなかったの?」

「っ」

「こっちに来なさい。少し話をしましょう」


 頬杖をついたまま氷川が促す。断ったらその後まずい事態になりそうだ。仕方なく、誘われるまま対面に腰かけた。


 相変わらず威圧感が凄まじい。圧迫面接でも受けてる気分だ。


「こうして話すのは久しぶりね」

「土曜日も話しただろ?」

「サシで話すのが久しぶりって意味よ」

「そういう意味なら、確かに久しぶりかもな」


 軽く言葉を交わした後に。


「さて、わたくしと神原佑真の関係を今一度確認しましょう。わたくしたちの関係は同盟関係だったはずよね」


 変な同盟を結成させられた記憶を呼び起こす。 


「内容は覚えている?」

「……お互いの妹に近づく障害を排除する」

「その通りよ。妹を正しく導く素敵な兄姉同盟」


 頭の悪い同盟だな。


 呆れていると、氷川の鋭い目が俺を射抜く。


「土曜日のアレはいいわ。彩音さんを守る為だったから許してあげたの。妹を愛する同志としてあの行動も理解はできるし」


 完全なる誤解だけどな。


「でも、今日は別。神原佑真、あなたは花音ちゃんに手を出そうとしているわね」

「してない」

「ここで花音ちゃんと密会の予定があるんじゃないの?」

「……ないな」


 氷川がジッと俺の目を見つめる。


「おかしいわね。嘘は言っていない感じがするわ」


 こいつには超能力でもあるのかよ。


 しかしだ、俺は嘘を言っていない。俺がここで会う予定なのはネトゲの嫁であるノンノンだ。確かに花音の可能性が高いと思っているが、あくまでも会うのはノンノンである。

 

「というか、変な質問だな。密会と言ってたが、花音がどうかしたのか?」

「昨日の夜から様子がおかしいのよ」

「どんな風に?」

「妙にそわそわしていたし、鏡に向かって何度も笑顔の練習とかしていたわ。あのダブルデート……いいえ、あれはノーカウントだからデートじゃないわね。とにかく、その時に近いものがあったの」


 家で笑顔の練習するとか可愛いところあるな。


「それに、何かを決心したような表情をしていたわ」

「決心?」

「例えばそうね、秘めたる大切な想いを告げる時みたいな」

「っ」


 花音の正体がノンノンだとすれば、色々と辻褄は合うな。


「気になったから花音ちゃんを尾行したの。朝も昼も変化はなかったけど、放課後になると人の目を気にしながらこの教室に入っていったの」

「……尾行したのかよ」

「するでしょ、普通に」


 しないだろ、普通に。


「花音ちゃんはこの教室で誰かを待っている様子だったわ。声を掛けたら、慌てた様子で驚いてどこかに消えていったわ」

「……」

「追いかけても良かったけど、これは何かあると思ったの。だから代わりにわたくしがここで待機することにしたの。そしたら、あなたが来た。さて、どういうことなのか説明を求めたいわね。神原佑真?」


 氷川は冷淡な口調で言う。

 

 ごくり、と喉が鳴った。

 

 こいつと目を合わせたら内側まで見透かされる気がする。ここは視線を背けて言い訳を考えよう。


「わたくしの顔はそっちじゃないわ。こっちを見なさい」


 氷川の右手がスッと伸び、俺の頬をがっちりと掴む。相当力を入れているらしく口の中が圧迫されて痛い。


 その時だった。扉が凄い勢いで開いた。


「――ダメ!」


 声と共に花音が入ってきた。


「花音ちゃん?」


 怒った様子の花音が足早に近づくと、氷川の手を払った。


「お姉ちゃん、ダメだから!」

「えっと……何がダメなのかしら?」

「今、先輩とキスしようとしてた!」

「えっ」


 どうやら花音は教室の外から覗いていたらしい。

 

 いや、どう見てもキスなんて雰囲気じゃないだろ。


 頬を掴み、鋭い目つきで睨む氷川の姿が俺の唇を強引に奪おうとしていたように見えたらしい。勘違いもここに極まったな。冤罪をかけられた氷川は全然意味がわからず硬直しちまったぞ。


 花音は姉を無視してくるりと反転し、俺を見つめた。


「先輩はユートピアオンラインをプレイしてる?」

「お、おう。プレイしてる」

「名前は”ヴァルハラ”で、職業は戦士?」

「その通りだ」

「ノンノンの正体は……花音です」

 

 マジか?


 予想していた展開とはいえ、さすがに動揺した。ネトゲの嫁が同じ高校にいるとか奇跡だろ。推しのVtuberもいたけどさ。


「ちょっといいかしら。ノンノンって何のこと?」

 

 硬直から解けた氷川が混乱した様子で尋ねる。

 

 しかし花音はプイっと顔を背けた。妹にプイっとされたことがショックだったのか、氷川の顔が若干青くなっていた。


 これ以上の面倒事は勘弁してくれよ。


「誤解してるぞ、花音」

「誤解?」

「俺と氷川はそういう感じではない。これは絶対だ」

「……確かに、お姉ちゃんが先輩狙いはありえない」


 理解してくれたようだ。俺以上に氷川のほうが安堵していた。


「それで、ノンノンって何なの?」

「ネトゲの話。花音のキャラ名」


 氷川は驚きながらも、合点がいったという表情だ。


「花音ちゃんがプレイしているゲームのことだったのね。花音ちゃんが楽しそうだからわたくしもプレイしてみようと思ったけど、イマイチわからなかったのよね」


 予想通りというか、氷川はゲームが苦手らしいな。


「じゃあ、神原佑真は花音ちゃんと同じネットゲームをプレイしているの?」

「いつも一緒に狩りをしている仲間だ。俺も昨日っていうか、正確には今この瞬間まで相手が花音と知らなかったんだ」


 これは事実だ。確信したのは今だ。


 ちなみに”嫁”という発言はあえてしない。こいつに聞かれると絶対面倒な事態になるからだ。


「なるほど。同じゲームを通じて仲良くなっていたのね。花音ちゃんはあなたが仲間だと知っていたけど、あなたは相手が花音ちゃんだと知らなかった」

「その通りだ」

「……あなたを調べても何も出てこないはずだわ」


 事情を知った氷川の表情が和らぐ。どうやら俺が花音にちょっかいを掛けているという疑惑は払拭されたようだ。

 

 わかってるな、花音。ここで変な発言をすれば面倒になるぞ。


 心の中でそう声を掛ける。大丈夫、俺たち夫婦は以心伝心だ。がしかし、ネトゲの嫁は何かを決心したような表情で。


「単なる仲間じゃない。花音と先輩は愛し合う夫婦だから!」


 特大の爆弾を投下した。

 

 その一言に氷川の動きが停止した。

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