第20話 妖精と姫王子と欠席者と待ち人
大パニック。
不知火から様々な意味で告白され、ネトゲの嫁に相談した次の日の昼。俺は自分の席で思考という名の大海原を泳いでいた。波は非常に荒く、溺れそうになっていた。というか既に溺死寸前のところだ。
混乱は昨夜よりも激しくなっていた。
ノンノンは姫ヶ咲の生徒なのか?
あの感じからしたらそうだろう。というか、空き教室で一緒にご飯を食べた相手とか心当たりが一人しかない。
我が学園でもトップクラスの人気を誇る氷の姫君――氷川花音。
さすがに違うよな?
ノンノンと花音は名前こそ似ているが、口調とか受ける印象が全然違う。ノンノンはお喋りだが、花音はどちらかといえば寡黙なほうだ。まあ、ネットとリアルが違うのはわかってるけどさ。
聞いていた情報ともかなり離れている。
俺が知っているノンノンは恋愛経験豊富で、金髪のギャルというものだ。しかし姉である氷川に守られている花音は恋愛経験皆無であり、外見だってノンノンが前に話してくれた金髪ギャルとは異なる。
教えてくれたリアルの情報が嘘だったのか?
それに、争奪戦に参加って恐らくそういう意味だよな。ネトゲの中ならともかく、リアルで花音の好感度を稼いだ記憶はない。花音はネットとリアルを一緒にするタイプなのだろうか。
正直、ここまでで頭がパンクするくらい大問題だった。
しかし今日の朝、更に別の問題が発生してしまった。
「……朝から元気ないね。どうかしたの?」
風間が心配そうに声を掛ける。いつもなら自分のグループと食事しているところだが、俺の様子がおかしいので残ってくれたようだ。
「そうでもない。元気だぞ」
「全然そんな風に見えないけど」
「あれだ、ちょっと考え事をしていただけだ」
勇気を出して告白してくれた風間に対して「放課後、ネトゲの嫁に告白されるかもしれない」とかアホなこと言う気はない。
けど、本当に相手が花音なら隠してはおけないよな。いずれはバレるだろう。とはいえ今はまだノンノンの正体が確定していないので言う必要はない。
不知火の件はどうする?
放っておいてもすぐに知られそうだけど。
「悩みか。内容を知りたいな」
「知ってどうするんだ?」
「一緒に悩んであげる」
風間はそう言うと顔を寄せてきた。
「だって、好きな人の力になりたいって思うのは当然でしょ?」
「っ」
囁くようなその言葉に、耐性のない俺は照れてしまった。
「ふふっ、可愛い反応だね」
くすくすと風間が笑う。からかいやがって。
風間に恨めしい視線を送っていると、不意にクラスメイトの女子がざわついた。その時点で何が起こったのか大体わかる。
女子を騒がせた原因であるそいつは俺と風間の間に立った。
「距離が近すぎないかな。二人共」
不知火が俺と風間を交互に睨む。
「私はただ悩みを聞こうとしただけだよ。神原君が朝から元気なかったから」
「そのことか。神原君の悩みは簡単だよ」
「えっ、不知火さんが知ってるの?」
「当たり前さ。考えているのは僕のことだからね!」
自信満々に不知火が言った。
違うよ。
いや、正確には違うわけじゃないか。昨日告白されたわけだし、不知火のことも頭の中に当然ある。彼女は俺が推しているVtuberなわけだし。
「不知火さんの?」
風間が小首をかしげる。
小さく頷いた不知火は、一度教室内を見回した。それから声のボリュームを落として。音量を下げたのは他の生徒に聞かれないためだろう。
「僕も神原君に告白したんだ」
その言葉を聞いた風間は一瞬だけ驚くような顔をして、すぐにいつもの柔和な笑みを浮かべた。
「返事は?」
「答えは文化祭で貰うことにした」
「へえ、それじゃ正式にライバルってわけだ」
「そうなるね」
バチバチの火花が散っている、ような気がする。
不知火と目が合うと、彼女は顔を赤くして顔を背けた。その恥ずかしそうな姿が推しと重なり、何だか俺も照れた。
「でも、意外だったな」
やり取りを見ていた風間がつぶやく。
「意外?」
「うん。不知火さんって自分から告白できないタイプだと思ったんだ。普段は男子みたいな言葉を使って強がってるけど、肝心なところでは何もできずに逃げちゃうヘタレ女子みたいな?」
はっきりとわかるくらい発言に棘がある。
明確な攻撃だったが、不知火は動じていなかった。
「否定はしないさ。けれど、僕も吹っ切れたからね」
「へえ」
「それより、驚いたのは僕のほうだ。ほら、幸奈は男子なら誰にでもいい顔するだろ。相手が男子なら誰でもいいんじゃないかなって思ってた。特定の相手を求めたのは意外だったよ」
これまた若干棘のある言葉だった。
言葉を受けた風間は表情を崩さない。
「不知火さんと違って私は社交的だからそう見えるだけかもね。彼女にするなら社交的なほうがいいでしょ。友達は多いほうが楽しいもん。それに、友達が多ければピンチの時は頼りにできるからね」
風間が妖精らしい笑みを浮かべる。
「幸奈と違って僕は付き合う相手を選ぶだけさ。それに、恋人にするって考えるなら一途な人のほうが安心できると思うよ。少なくとも男友達が多いタイプよりはね。男って生き物を軽く考えすぎじゃないかな」
不知火は姫王子らしい爽やかな笑みだ。
再びバチバチと火花が散る。
……これってそういう意味だよな。
さすがの俺もそこまで鈍くはないぞ。ライバルを蹴落とすために言葉という武器で戦っているわけだ。美少女が笑顔で激突する姿ってのは怖いものだな。
この空気はまずい。声も徐々に大きくなっているし、クラスメイトに勘づかれる前に話題を変えよう。
「そっ、そういえば土屋はどうしたんだ?」
俺はあえて土屋の名前を出した。単純にどうしたのか聞きたかったからだ。
「……美鈴は欠席しているよ」
不知火は寂しそうだった。欠席の理由は何となくわかるし、原因もはっきりしている。立ち直ってくれることを願いたい。
「土屋さんが休みって珍しいね。体調不良なの?」
「ああ、そうらしい」
「季節の変わり目だからしょうがないか。うちのクラスでも結構休んでる人いるし」
我がクラスにも欠席者が多い。
十月も下旬に差し掛かり、ようやく夏が仕事を終えて寒くなってきたところだ。季節の変わり目なので体調を崩す人が多い。
欠席者の中には山の王子と呼ばれる山田遥斗もいる。
あいつは昨日から欠席している。あのダブルデートの途中で別れたきりだが、予定通りなら告白して失恋したはずだ。
でもって、彩音はその後で風間と接触している。そこで姫攻略の情報を漏らした。ホント、裏で何があったのか。
「そういえば、僕と幸奈がいるのに月姫が来ないね」
「月姫も休みだぞ」
俺が答えると、二人は「えっ」と声を重ねた。
土屋と山田だけじゃなく、実は月姫も欠席している。
「風邪だってさ」
欠席の理由は風邪だ。ご丁寧に母親が教えてくれた。
そう、朝発生した別の問題とは月姫が風邪でダウンしたというものだ。実はデート当日から体調不良だったらしい。後半元気がなかったのは風間からの告白だけでなく、体調不良が重なったからでもある。
俺が気付くべき?
無茶言うな。こっちも初デートで舞い上がってたし、風間からの告白でそこに気付く余裕とかなかった。
そういうわけで母親からお見舞いを強要され、学校帰りに月姫の家へ向かうことになっている。放課後にノンノンと話をしてから月姫の家に直行だ。予想もできない事態になりそうでちょっと怖い。
結局、その日は放課後までずっと思考の海で溺れていた。
◇
あっという間に時間は流れ、放課後。
教室に誰もいなくなるのを待ち、空き教室に向かった。恐らくそこに待ち受けるであろう少女の存在を頭に浮かべて。
ゆっくりと教室の扉を開けた。室内にはすでに誰かがいた。
そこで俺を待っていたのは――
「あら、ようやく来たのね。待ちくたびれたわ」
イスに座って頬杖をつく、氷川亜里沙だった。
 




