第18話 ノックアウト
声と共に入ってきた土屋が俺と不知火の間に立った。
唐突な登場にビックリしたが、不知火は全く動じていなかった。まるで来るのがわかっていたようだ。
「やっぱり来たね。尾行には気付いていたよ、美鈴」
「っ」
尾行していたのか。その執念は認めるが、やり過ぎると嫌われるぞ。いくら親友でも節度は持つべきだろ。
指摘された土屋は崩れかけた表情を必死に取り繕う。
「ち、違うのっ。翼ちゃんに緊急の用事があったの」
「用事ね」
「うん。だから向こうで話を――」
土屋はそう言って手を伸ばす。
「悪いけど、今回はそういうわけにはいかない」
だが、不知火はその手を払った。
「えっ」
「大事な話をしているところだ。丁度いい機会だし、美鈴も聞いてくれ」
決心が固そうな表情に諦めたのか、土屋は大人しくなった。その後、何故か俺を睨みつける。完全に冤罪だ。
「途中になってしまったね。さっきも言ったけど、美鈴にも聞いて欲しいから改めて言うよ。僕は不知火翼とは別の顔を持っている。不死鳥フェニという名前でVtuber活動をしているんだ」
「へっ!?」
頷く俺とは対照的に、土屋は寝耳に水のようでぴたりと固まった。言葉の意味が理解できない様子だ。
親友からVtuberしてると聞かされたら普通の反応だろう。
「土屋に言って良かったのか?」
「言わないと後悔すると思ったんだ。それに、いずれバレる気がしていたから」
今後も親友として付き合っていくのならバレる可能性もあるか。家に遊びに行けば機材とかで気付くかもしれないからな。黙っているよりも打ち明けるほうがいいと判断したわけだ。
この辺りの判断は俺が口を挟むべきじゃない。
「美鈴はVtuberって知ってるよね?」
「も、もちろん知ってるよ。あんまり見たことないけど」
「僕はそのVtuberで、目の前にいる神原君は大事な視聴者なんだ。そうだよね、ヴァルハラ君?」
「っ」
今度は俺が驚愕で固まる。
アカウントがバレてる。何度か不知火とVtuber談義をしたが、アカウント名は言わなかった。理由はあの気持ち悪い投げ銭の数々があるからだ。まとめサイトを見られたら秘密がバレてしまうと隠していた。
だったらアカウント名を変えろ?
認知されてるから変えたくなかったんだよ。大体、晒された後で変えたら『例の長文ニキが怒りのアカウント変更wwww』とか煽られるのは目に見えてるし。
「ど、どうして俺のアカウントを?」
「神原君が落としたスマホを拾っただろう。その時に気付いたんだ」
「……名前を見て、アイコンで確信したわけだ」
「その通り」
最初からバレてたのかよ。
……ちょっと待て。不知火がフェニってことは長文投げ銭の中身知られてね?
変な汗が流れてきた。
不知火がフェニなら長文投げ銭のことは当然知っている。テンション高く生放送で読み上げてたしな。それだけじゃないぞ。俺は今までにいくつもの恥ずかしい長文投げ銭をしてきた。他にも後で見返したら赤面するようなコメントを山のように打ってきた。
それを全部知られてるだと?
推しに身バレしている事実に変な気持ちになってきた。
でもさ、あれは不死鳥フェニに対して贈ったものだ。同級生の不知火翼じゃない。いやでも、この場合はどうなるんだ?
混乱と羞恥で俺が停止すると、土屋がフリーズ状態から戻ってきた。
「そ、そうなんだねっ。ビックリしたけど、配信者は立派な職業だと思う。翼ちゃんがVtuberをしていても全然不思議じゃないよ」
我に返った土屋が肯定的な意見を口にする。
「あっ、佑真君と仲良くなったのってもしかして――」
「共通の話題があったからだ」
「そうなんだっ。これで納得したよ。仲良くなったのには理由があったんだね」
土屋は目に見えて元気になった。
俺と不知火が仲良くなった本当の理由がわかってスッキリしたってところだろうな。
「翼ちゃんのVtuberか。素敵な王子様だったりして」
「いや、Vtuber活動ではもう一人の自分を出している」
「……もう一人の自分?」
不知火は覚悟を決めたように深呼吸した。
「美鈴、僕は女の子だ!」
「っ」
「正確に言うと『女の子の部分も結構ある』かな。今まで言えなかったけど、実は可愛いぬいぐるみが好きだったりするんだ。家の中ではフリルの服を着ていたりもする。子供の頃は物語のお姫様に憧れていたんだ」
不知火のイメージに合わない発言ではあるのだが、俺の知っている不死鳥フェニは誰よりも女の子だ。
可愛い物が大好きで、ぬいぐるみを抱いて寝てると言っていた。部屋がピンク一色とも話していたな。
「ちょっと待って、そういうのホント無理っ!」
土屋が端整な顔を歪める。
「解釈違いすぎるよっ。翼ちゃんは誰よりも格好いい王子様で……」
「残念だけど、僕は王子様じゃないんだ」
きっぱりと否定された土屋はガクガクと震え出した。
不知火はそんな土屋から視線をこちらに向け、大きく息を吸った。
「神原君。君にずっと言いたかったことがあるんだ」
「お、おう」
「……僕は君が好きだ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
「不死鳥フェニとして活動を開始した時、すごく不安だった。表では男っぽいと言われてたから、自分の中にある女の子らしさを認めてもらえるか怖かった。僕はヴァルハラ君に助けられた。君はもう一人の僕を認めてくれた。可愛いと言ってくれた。神原君がヴァルハラ君と知り、それ以来ずっと君を見てきた。神原君と話していると楽しい気持ちになって、家に居る時は神原君のことばかり考えていた」
長い台詞を言った不知火は一つ息を吐き、赤い顔のまま続ける。
「だから、不知火翼も推してほしいっ」
ねだるように告白するその姿はイケメンの王子様ではなく、可愛いお姫様だった。普段とは違うその表情に俺はノックアウトされそうになった。
「お、俺は――」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
突然、目の前で土屋が絶叫しながら崩れ落ちた。
その様子はまるで渾身の右ストレートを食らってノックアウトされたボクサーみたいだった。崩れ落ちた後、ピクピクして動かなくなった。
「……」
「……」
俺と不知火は何とも言えない表情で土屋を眺める。
推しからの告白も衝撃的だったが、人生二度目の恋をした女神様が目の前で崩れ落ちる瞬間を目撃して何かもう感情が吹き飛んだ。
「えっと……混乱してるよね?」
「お、おう。様々な意味で混乱してるぞ」
「しょうがないよ。僕もあの、混乱してるみたいだ」
親友が崩れ落ちる瞬間だからな。混乱もするだろう。
コホン、と不知火が咳払いした。
「えっと、幸奈の告白の返事は文化祭だったね。だったら、僕もそれでお願いするよ。それまで真剣に考えてほしい」
「あ、はい」
感情が揺れ動きすぎて壊れそうな俺はそう頷くだけで精一杯だった。
不知火は土屋に近づいた。
「さすがにこの状態の親友を放ってはおけないからね。ほら、行くよ」
「……」
「ゴメンね。美鈴が納得するかはわからないけど、しっかり説明するから」
動かなくなった土屋の腕を掴むと、背中をさすりながら立たせた。
颯爽と土屋を助ける姿は白馬に乗った王子様のようで、今更ながら姫王子の二つ名は不知火のためにある言葉なのだと、呆然と立ち尽くしながら思った。




