第10話 鋭い聖女と女王の制裁
球技大会から数日が経過した日の朝。
中間テストと球技大会が無事に終わり、二学期の残りイベントは文化祭と期末テストだけだ。
そう思っていたのだが、今週土曜日にとある予定が入った。そう、人生初となるダブルデートという一大イベントが。
俺にとって記念すべき人生初デートである。
しかしその相手は恋人ではないし、おまけにダブルデートだ。更にいえば妹が一緒という意味不明な初体験がすぐそこまで迫っていた。
球技大会で優勝した後、俺たちは山田に話を持ち掛けた。断られたらどうしようとドキドキしたが、意外にもあっさりと受け入れてくれた。
『むしろ助かったよ』
山田はそう言っていた。
どういうことなのか聞いてみると、この提案は山田にとってもありがたかったらしい。イケメンの王子様は意外にもデート経験がなく、どうしたらいいのか困っていたらしい。彩音との関係も山田が一方的にアタックしていたので、デートしても会話が続くか心配だったと教えてくれた。
彩音を喜ばせようとしてるとか良い男だ。あいつには勿体ないぜ。
それから日程を調整し、土曜日にダブルデートをする運びとなった。憂鬱な気分になるイベントだが、自業自得なので受け入れるしかない。
「――じゃあ、英雄に話を聞いてくるね」
後ろからそんな声がしたと思ったら、俺の隣に月姫がやってきた。
今日は久しぶりに月姫と登校している。といっても、彩音も一緒だが。
「球技大会では凄い活躍だったね。あっ、優勝おめでとう!」
月姫がパチパチと手を叩く。
「……ありがとな」
「最後のパスは凄いってみんな褒めてたよ。英雄って言われてるんでしょ」
事情を知らない月姫はナイスパスと褒めるが、ちっとも喜べない。あのパスのせいで厄介事が増えたのだから。
「月姫も凄かったじゃないか」
「負けちゃったけどね」
「相手の不知火も凄かったからね」
「機会があったらリベンジしたいと思ってるよ」
その時も多くの観客が取り囲むだろうな。
俺と月姫はしばし球技大会の話をした。球技大会前後はお互い練習があったり、時間が合わなかったりしたのでゆっくり会話するのは久しぶりだったりする。球技大会の時はちょっとしか話せなかったし。
「あっ、そうだ。今度の土日って暇かな?」
月姫は頬を赤く染め、そう切り出した。
「何かあるのか?」
「買い物に行く予定なんだけど、よかったら一緒にどうかなって」
「荷物持たせるつもりだな」
「違うよ。たまには一緒にどうかなって思っただけ。まあ、荷物を持ってもらうかもしれないけど。でも、買い物に付き合ってくれたらお昼奢るよ」
月姫とのお出かけ。しかも昼ご飯付きか。これは是非とも行きたい。関係を修復したけど、休日に出かけたことは一度もなかったし。
その瞬間、後ろから彩音の圧を感じた。
……威嚇しなくてもわかってる。土曜日は断れって言うんだろ。
ダブルデートは知られてはいけないイベントだ。月姫だけでなく、姫ヶ咲の生徒に知られるわけにはいかない。噂になったら彩音が姫の座から遠ざかる。山田は告るつもりでいるし、その時に彩音が拒絶すれば山田も諦めるだろう。
頭の中で考えをまとめる。
「日曜日なら大丈夫だ」
笑顔でそう返した。
この返答に月姫は首を傾げる。
「あれ、土曜日は?」
「土曜日はちょっと用事があってな」
「珍しいね。いつも暇してるのに」
「失礼だな。俺にも用事があるんだよ。まっ、大した用事じゃないけど」
月姫は背後の彩音を見た。
「さっき彩音ちゃんも土曜日に用事あるって言ってたけど、関係ある?」
「そっ、そうなのか。俺は全然知らないぞっ」
「……へえ、そうなんだ」
一瞬だけ月姫の目が鋭くなった気もした。
だが、すぐ元通りになった月姫は小さく頷いた。
「じゃあ、日曜日にね」
「おうよ」
月姫は彩音の隣に戻った。どうにかやり過ごせたみたいだな。
学園に到着するまで背後から鋭い視線を感じたが、きっと気のせいだろう。
◇
時間は流れ、放課後。
俺はカバンを持って教室を出ようとした。
「じゃあね、神原君」
「神原、またな」
風間と山田が声を掛けてきた。その後、クラスメイト数人が俺に向かって手をあげた。俺はそれに応えるように手をあげ「またな」と言って教室を出た。
我がクラスの雰囲気は球技大会から抜群に良くなっていた。女子も上々の結果だったし、男子は優勝した。クラスの団結力は大いに高まった。
俺の評価もアップしている。原因はあのパスだ。山田の奴はあのパスがなかったら優勝できなかった、と言って俺を英雄に祭り上げた。そのおかげで地に落ちかけていた評価は少しだけ上昇する形となった。
まっ、嬉しい誤算だな。
いい気分で昇降口に向かって歩いていると。
「あら、そこを歩いているのはわたくしの同盟相手じゃない」
氷川に声を掛けられた。
「どうも」
「球技大会で大活躍したみたいね。新聞部が記事にしていたわよ」
「そいつはありがたいな」
実際には全然ありがたくないけど。
「そういえば、氷川は球技大会に参加しなかったのか。全然見なかったけど」
「生徒会は裏で色々と仕事をしていたのよ」
言われて思い出す。球技大会では生徒会が司会進行していた。氷川の姿がなかったのは裏で様々な作業をしていたからだったのか。
「そいつはお疲れ様だ」
「別に疲れなかったわ。花音ちゃんが頑張ってるところが見れたしね」
こいつは単なるシスコンだったな。
「そうそう、花音ちゃんで思い出したんだけど、一つ聞いていいかしら?」
「何だ」
「今度の土曜日だけど」
ドクンと心臓が跳ねた。
「花音ちゃんと遊ぼうと思っていたのだけれど、断られてしまったのよ。用事があるって。何か心当たりはないかしら」
「ど、どうして俺に聞いてるんだ!?」
「単なる勘よ。普段なら用事の内容も教えてくれるに、今回に限ってはただ断られたの。そういう時は大抵後ろめたい事情があるのよね、経験上」
鋭いな。
さすがは我が校が誇る生徒会長様だ。まあ今回の場合はシスコンだからこそみたいな感じだが。
ここは全力でとぼける。
「後ろめたい事情って?」
「そうね。例えば……男と出かけるとか」
氷川は目を細める。
っ、怪しまれてるな。男と出かけるなら相手は限られる。花音がまともに話す男は俺くらいだし、疑われるのも無理はない。実際そうなわけだし。
動揺するな。ここで動揺すれば悟られる。
「さ、さあ。俺は知らないぞっ」
「……」
「大体、後ろめたい事情なら他にもあるだろ。過激な下着を買いに行くとか、ちょっとばかし過激な表現のある少女マンガを購入するとかさ」
姉に知られたくない秘密など普通にあるはずだ。
「だから単なる勘よ。で、本当に知らないの?」
まずいな。このまま問い詰められたらボロが出そうだ。
一瞬で思考を巡らせる。
よし、彩音を使おう。
「思い出した。そういえば、彩音の奴が花音と出かけるって言ってたな」
「彩音ちゃんと?」
「そんな話をしていたぞ。けど、どこに行くのかは聞いてない。気になるなら本人に聞いてみてくれよ」
間違いではない。実際に彩音とも出かけるわけだし。
しばし沈黙があり。
「そう。だったらいいの」
氷川は歩き出す。助かったらしい。俺はホッと息を吐いた。
その直後だった。
「……神原佑真。わたくしたちの同盟は継続中よ。もし裏切ったら制裁だから」
不吉な言葉を残し、氷川は去っていった。
大丈夫だ、問題ない。見つからなければいいだけだし。




