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第9話 姫君の提案

「弁明を聞かせてもらいましょうか」

 

 吹雪のように冷たい声が鼓膜を震わせる。


 俺の前には彩音が立っている。腕を組み、不機嫌そうに佇むその姿はまさに鬼だ。小柄なのに、俺には自分の身長の何倍もある大女に映った。


 球技大会で優勝した直後、校舎裏に呼び出された。応じるか迷ったが、応じなければ今後の生活が終了してしまうと感じた。


 で、この状況になっている。


 呼び出された理由はわかっている。球技大会の優勝によって山田とのデートが確定した件についてだ。万が一にも猫を被っているのが周囲にバレないよう家に戻ってから話をするのが普段の彩音だが、それすらも我慢できないほど激怒している。


「ま、待ってくれ。これは不可抗力なんだ!」

「はぁ?」

「俺は負けようとしたんだ。マジで」


 生き残りたい気持ちで必死に説明した。


 ここまでの試合展開とか、こうなってしまった経緯みたいなものをこれでもかってくらい懇切丁寧に説明した。


「あっそ。でも、優勝したよね」


 そうですね。優勝しちゃいまいましたね。


「最高のパスだったよ。サッカーとか全然興味なかったけど、あのパスがあったからこそ生まれたゴールってわかるから」

「……だろ?」

「だろ、じゃないでしょ!」


 足を踏みつけられる。激痛が走った。


「すまなかった。頼む、もう一度チャンスを!」

「無理」

「この失態を挽回する機会をくれっ」

「あげない」


 鬼は無慈悲だった。


 しかし今回の件に関しては自業自得でしかない。優勝したらデートをすると提案したのは俺だし、もしもの時は妨害すると言ったのも俺だ。

 

 でもさ、言い訳させてくれ。優勝するとは思わないじゃん?


 確率を超越したというか、奇跡が起こった結果だ。最後の相手選手のよそ見とか俺のせいじゃねえし。


「じゃ、全部ぶちまけるから」

「っ、待ってくれっ」

「待たない。新しい高校生活をせいぜい楽しんでね」


 去ろうとする彩音の肩に手を伸ばしたが、避けられてしまった。前のめりに倒れた俺は彩音の足に縋りつく。


「ちょっ、触らないで!」

「待ってくれ。おまえだって困るだろ。長文ニキの妹だぞ?」

「すぐに言うわけないでしょ。挽回に失敗したらその腹いせにバラすの」

「挽回?」


 この状況にそぐわない単語が出てきた。

 

「あの人の対処法を考えるの。デートの場所を遠くにして誰にも見つからないようにしないと。見つかったら全部終わりだし」

「よし、それなら俺も知恵を出すぞ」

「……いらない」

「そう言わずに頼むよ」

「鬱陶しい。さっさと離してっ!」


 無様にしがみつく俺の肩をげしげしと蹴った。


 痛みはあったが、俺は屈せず足を掴み何度も懇願する。我ながら無様でしかないが、今はなりふり構っていられない。


 その時った。俺の視界にある人物が映った。


「早く手をどけて。兄貴の気持ち悪さがあたしにも移ったらどうすんの!?」

「お、おい……後ろ見てみろ」

「あんたは現実見なさい」

「違うっ、振り返ってみろ」


 彩音は不機嫌な顔で振り返ると、カチンコチンに固まった。


 そこには花音が立っていた。


 ◇


「か、花音……ちゃん?」


 突然の事態に彩音は困惑した。


「遅いから来た」


 花音は淡々とした口調で言いながら、片方の目でまっすぐ俺を見る。

 

 現在の状況を客観的に見る。地面に這いつくばり妹の足にしがみついて懇願する俺。兄である俺をげしげしと足蹴にする妹。 


 この状況から察するに。


「なるほど、これが彩音ちゃんの本性」


 猫を被っているのがバレた。

 

 頭の中で最悪のシナリオが浮かぶ。


 本性がバレてしまった彩音と花音の友情が崩壊。そして、彩音の本性が全校生徒に知られる。発狂した彩音が激怒し、逆恨みで俺の黒歴史を流す。俺は長文ニキとして全校生徒からドン引きされる生活を送る。

 

 オワタ。完全にオワタ。


 兄妹で仲良く固まっていると。

 

「えっと、これはそのね――」

「大丈夫。少しびっくりしたけど、薄々感じていたから。彩音ちゃんは先輩の話になると一瞬止まってた。本当はあまり仲良くないかもって思ってた」

「っ」

「それに、人の不幸で笑ってる時あった。だから、何となく察してた」


 最低だな、この妹は。人の不幸で笑うとか人間のクズじゃねえか。


「安心して。花音も色々と腹黒いところあるから問題ない」


 そう言った花音が近づいてきて、彩音の手を引っ張る。


「ちょっと話がある。向こうで」


 呆然自失の彩音は逆らえず、連れていかれた。


 どうやら話し合いが行われているらしい。最初は花音だけが喋っているようで何も聞こえなかったが、程なくすると彩音が正気を取り戻した。


 耳を澄ませると「マジで?」とか「どこがいいの?」といった声が聞こえる。彩音はとても不満そうだ。


 何を話してるんだ?


 俺は汚れを払いながら立ち上がり、今回の一件に関して反省する。


 今回の件は完全に俺のやらかしである。思い返せばもう少し対処はできた。悪目立ちを恐れずにオウンゴールすればよかった。決勝に行くまでにいくつも手を打てたはずなのにビビッてしまった。


 一人で反省会をしていると、戻ってきた。


「事情は聞いた」


 口を開いたのは花音だ。


 彩音の奴は観念して全部話したらしい。さすがにあの現場を見られていたから諦めたわけだ。


 ……さすがに姫攻略については言ってないよな?


 後ろに立つ彩音を見るが、浮かない顔をしていたのでわからない。


 多分言わないだろうな。こいつの性格はよく理解している。いくら窮地に追い込まれても自分の評判が落ちるようなマネはしないはずだ。


「彩音ちゃんはデートしたくないけど、しないと約束違反になる。約束を違反したことをバラされると厄介になる」

「うむ。その通りだ」

「花音にいい考えがある。打開策」

「聞かせてくれ」


 花音は小さく頷くと、口を開く。


「ダブルデート」

「……?」

「花音と先輩が一緒にデートして、ダブルデートになれば何の問題もない」

「えっ――」


 なにそれ、むしろ問題が増えそうな気がするんですけど。


 狙いがわからず俺は視線を彩音に向ける。


「要するに、あたしと花音が遊んでたところにたまたま兄貴が友達とやってきて合流したって感じにするのよ。兄貴の友達ってのがあの人ね。それなら他の連中に見られても言い訳できるでしょ」


 なるほど。デートの約束は当人同士で結ばれたものだ。他の生徒は知らない。それに、デートが単独とは言っていない。


 山田には「妹が心配だからついて来た」って言うわけか。山田からすれば俺は妹を気に掛けるシスコン気味の兄に映る。


 もし誰かに目撃されたら「友人同士で遊んでいたら偶然出会ったので仕方なく一緒に過ごした」みたいに言い訳するわけだ。 


 過保護なシスコン野郎と山田の奴に言われそうだが、こればっかりは仕方ないだろうな。甘んじてシスコンと呼ばれてやろう。


 周りの連中もこれなら誤魔化せるかもしれない。


「この作戦には先輩の協力が不可欠」

「もちろんやるでしょ?」


 返答は決まっている。


「はい、何でもやらせていただきます」


 ミスの責任を取るつもりだ。


「けど、花音はいいのか?」


 確かにこの方法なら彩音に対するバッシングは防げるかもしれない。


 だが、完全ってわけじゃない。それに一緒に行動する花音にだって変な噂を立てられる可能性がある。言ってしまえば男と遊んでいたってわけだし。


「問題ない」

「ホントに?」

「ホント」

「じゃあ、氷川はこれを知って怒らないか?」

「……頑張る」


 不安はある。むしろ不安しかない

 

 それでも他に方法は思い浮かばなかった。俺は彩音と花音に頭を下げ、作戦に協力を誓った。

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