第8話 球技大会 後編
球技大会2日目。時刻は午後。
「女子の奮闘を無駄にするな。必ず優勝するぞ!」
円陣の中央で山田が声を張り上げる。
クラスメイトの表情はやる気に満ちていた。その理由は今日の午前中に行われた女子バスケの決勝トーナメントにある。
球技大会2日目は午前中にバスケの決勝トーナメントがあり、午後からサッカーの決勝トーナメントが行われる。
うちのクラスの女子も予選を突破しており、午前中はクラスの男子連中と一緒に応援していた。
予想外といっては失礼だが、我がクラスの女子は中々強かった。
特に風間は大活躍だった。運動のイメージはあまりなかったのだが、キレキレの動きを披露していた。バスケが上手いというより、単純に運動神経が良かった。
強敵を次々と突破し、準決勝までたどり着いた。
しかし、準決勝で接戦の末に負けてしまった。相手は上級生だったし、明らかにバスケ経験者が多かった。むしろよく食らいついたと思う。
試合後の女子たちは悔しさ半分、満足感が半分といったところだ。
観戦していた俺たちはその頑張りに感動した。そして、今の円陣に繋がったというわけだ。
「……私の活躍どうだった?」
試合直前、待機していた俺の元に着替えた風間が近づいて来た。
「お疲れ。ビックリしたよ。いい動きだったな」
「でしょ?」
「運動得意だったんだな」
「自分磨きの時に頑張ったからね」
そういえば、風間も昔は冴えない陰キャだったと自分で言っていたな。俺も自分磨きしている時に体を鍛えていた。意外と似ていたりするのかもな。
「普段の授業でもあれくらい凄いのか?」
だったらもう少し噂になっていそうだが。
「いつもは加減してたから」
「へえ、じゃあ今日は本気だったわけだ」
「ちょっと前から常に本気を出そうと思ってね」
どういう心境の変化だ?
「でも悔しかったな。勝ちたかったよ」
「相手が強かったから仕方ないさ。実際、あの先輩たちが優勝したし」
我がクラスの女子を打ち負かした上級生のクラスはそのまま優勝した。
「しっかし、決勝の不知火は凄かったよな。上級生相手でも全然普通にやりあってたし。後ちょっとだったな」
「……」
そう、決勝戦は不知火のクラスが出てきた。
決勝戦も盛り上がったのだが、それ以上の盛り上がりをみせたのが反対ブロックの準決勝だった。大勢の生徒に囲まれたコートでは姫同士の熱い戦いが繰り広げられたのだ。
月姫のクラスと不知火のクラスがぶつかった。
どちらも譲らない互角の戦いだったが、最後に不知火がシュートを決めて決着となった。あの時の盛り上がりは凄まじかった。間違いなく今大会で一番の名シーンだろう。応援していた土屋の弾けるような笑顔も非常に良かった。
ちなみに花音のクラスは予選リーグで敗退している。さすがに上級生ばかりが相手ではきつかったようだ。
「う、うん。確かに凄かったね。あーあ、不知火さんと戦いたかったな」
「それは来年の楽しみに取って――」
言いかけたところでアナウンスが流れ、俺たちの出番となった。
「出番みたいだ。行って来る」
「頑張ってね。応援してるから」
「おう」
◇
頑張ってと言われたが、万が一にも優勝はできない。
昨日は帰宅してから彩音に「予選突破とかふざけてるでしょ。もし優勝したらわかってんでしょ?」とイライラした様子で詰められた。しかし俺は顔色一つ変えなかった。どうせ優勝は無理だ。決勝トーナメントに残ったクラスは強いからな。
だが、予想外の事態が発生した。
どこのクラスも謎のスポーツマンシップを発揮し、サッカー部の人間は最大2人までにしやがったのだ。別にルールで決まってはいないが、暗黙の了解とでも言うべきかすべてのクラスがこれを徹底した。
余計な配慮するなよ。全力出さないほうがスポーツマンシップに反するだろ。
心の中で悪態を吐くが、口には出せない。
一抹の不安を抱えながら決勝トーナメントが始まる。
女子の奮闘を見て士気が高い俺たちは破竹の勢いで勝ち続けた。相手が弱いのか、あるいはこっちが強いのか。余裕のある戦いが続いた。
俺は後ろのほうでそれなりに頑張っていた。相手選手を心の中で応援しつつ、隣にいる味方にパスを出すだけの作業に徹した。どうにかしたいと思いつつも、目立つミスをするのはまずいと感じていたので小細工はしなかった。
その結果。
「決勝進出だ!」
気付くと決勝まで到達していた。到達してしまっていた。
……まずいな。さすがに負けないと。
決勝戦になると周囲を生徒が取り囲む。その一角、多くの男子の視線が向かう場所には花音がいる。その隣に陣取った彩音から恐ろしいほどの殺気を感じる。
『おまえ、わかってるよな?』
と言われている気がする。というか、絶対に言われている。
安心しろ妹よ。しっかり負けるからな。
決勝で対戦する相手は上級生だ。奇しくも、女子バスケで優勝したクラスである。俺たちからすると女子バスケの敵討ちをする機会が訪れたわけだ。ここで再び全員のやる気が最大限まで高まった。
試合が開始され、一進一退が続く。
相手は上級生だけあって強い。こちらが押されている。それでも一丸で戦い、どうにか失点せずに試合終盤を迎えた。
……やりたくないが、致命的なミスをするしかないな。次にボールを持ったら相手選手にいい場面で渡そう。
俺はわざとパスミスして相手にボールを渡すことを決断した。ただ、露骨すぎるとバレて叩かれる。単なる下手なプレイだと思わせなければ。
残り時間わずかとなった時、チャンスが到来した。俺の元にパスが来た。そこに相手選手がボールを奪取しようと猛ダッシュで向かってきた。
ここしかない。
迫って来る相手にビビッてパスミスしたって設定にしよう。ちょうど相手の選手がフリーで中央付近に立っている。本当なら自陣の前とかに出したいが、そこまでするのは露骨が過ぎる。
頭の中でプランを構築し、相手選手が立っている方向に蹴った。
事件発生。
何と、その相手選手はグラウンドの外を見ていた。視線の先にいるのは花音だ。普段は無口で無表情の花音が声を出して応援している姿に見惚れているようだった。
おい馬鹿っ、試合に集中しろ!
心の中で叫んでも無意味だった。ボールは無情にもその選手の隣を転がり――
「ナイスだ、神原!」
パスを受け取ったのは山田だ。そのままドリブルで攻め上がる。相手選手はここで正気を取り戻したが、すでに遅かった。
山田は落ち着いてゴールに流し込む。
そして、笛が鳴る。
「うおぉおおおおおおお!」
「っ、優勝だ!」
「よしゃああああああ!」
やばい。優勝しちまった。
「……」
観客が盛り上がる中、俺の視線は血を分けた妹に向かう。顔にはいつものように貼りつけた笑顔があり、機械的に手をぱちぱちと叩いていた。
一見すると兄の健闘を称える妹。
しかし目だけは違った。怒りと呆れが頂点に達した目で、俺を睨みつけている。目が合うと、口元がゆっくりと動いた。
『く・た・ば・れ』
クラスメイトが歓喜に震える中、俺だけが恐怖に震えた。




