第5話 乱心王子とイライラ妖精
言葉の意味が理解できずにフリーズした。
惚れている?
山田が彩音に?
いやいや、急にどうしたよ。おまえが好きなのはそこにいる風間だろ。俺の聞き間違いか。
「あえてもう一度言おう、神原」
「お、おう」
「彩音ちゃんに惚れている!」
山の王子がご乱心なされた。
横目で隣の席を見ると、風間は物凄い形相をしていた。さっきまで興味なさそうだったが、やはり会話は聞こえていたようだ。
こいつ本気で言ってるのかよ。
……でも、おかしくはないのか。
我が妹は中身こそクソだが、外では猫を被っている。周囲の評判を聞くかぎり、本性を見破れている者はいないはずだ。それくらい完璧に偽装している。
見破れる可能性があるとすれば鋭いと評判の氷川くらいだが、あいつは花音と彩音の関係を微笑ましく思っている。仮に彩音が猫を被っていると気付いても花音に害がない限りアクションを起こさないだろう。
外見は贔屓目なしに可愛いし、本性さえわからなければ人気が出るのも納得だ。実際、現在の一年生の中では学年で二番目に可愛いという評価なわけだしな。おまけに最近は人気急上昇中だ。
山田が風間に告ったのは先月の上旬。次の恋をするのは多少早い気もするが、一か月以上も経過しているので新しい恋が始まってもおかしくない。
俺は中学時代に月姫を諦めてから土屋に惚れるまで半年あったわけだが、恋に落ちるのは一瞬だった。傷心しているところに優しくされるとコロっと行くのが男という生物である。
それにだ、山田は風間に惚れていた。
風間と彩音には共通点がある。どちらも猫を被っているという共通点が。こいつはそういった女子が好みなのかもしれない。見た目こそ違うが、本質的には似ているわけだしな。
まっ、女の趣味が良いとは言えないな。
「惚れた理由を聞いてもいいか?」
「実は、俺はある理由で傷心していたんだ」
風間にフラれたからだな。俺も告白現場を見た後で山田を多少気にしていたが、どこか元気がないように映った。
「傷心中、俺は天使に出会ったんだ」
「……天使ね」
悪魔の間違いでは?
「落ち込んでいた俺に天使は声を掛けてくれたんだ。甘えた猫のような声で『大丈夫ですか、先輩?』と言ってな」
天使じゃなくて猫じゃねえか。
あえてツッコミを入れるのは止めておくとして、猫を被った彩音なら落ち込んだ人を見れば声を掛けるだろうな。姫になるためにそれくらいは当然する。
「体に電気が走った。一目惚れなど生まれて初めてだった」
要するにこいつも優しくされてあっさり落ちたわけだ。傷心中に優しい言葉が染みるってのは俺も身を持って理解している。
思い返してみれば元気のなかった山田は今月の頭くらいに復活していた。出会いがあったのはあの前後だろう。
「彼女に出会い、本当の恋を知ったんだ。まさに運命の相手だ」
錯覚だよ。
「神原、俺はあの天使と一つ屋根の下で暮らしている君が羨ましい。一緒に登校できる君が本当に羨ましいよ」
脅されて姫攻略を強要される生活が羨ましいのかい?
「俺は神原になりたい」
俺は山田になりたいけどな。
会話しながら風間の様子をうかがう。明らかに軽蔑したような目で山田を見ていた。クラスメイトではなくゴミを見るような目をしていた。
顔だけじゃなく態度にも出ている。激しい貧乏ゆすりのせいで机がガタガタと音を立てていた。
気付かない振りをして、視線を正面に戻す。
「惚れた経緯は理解したが、今日になって声を掛けてきた理由を聞かせてくれ」
山田は深々と頷く。
「うむ。天使に慰められたのは少し前の出来事だ。その後、彼女の正体について調べていたんだ。相手は神原の妹だと判明した」
「なるほどな」
「残念ながら判明したのは中間テスト直前だった。このタイミングで声を掛けるのはまずいと思い、中間テストが終わった週明けにしたわけだ」
風間にフラれて落ち込んでいるところに優しくされ、彩音に惚れてしまったわけだ。情報を集めていたら俺の妹だと判明したが、テスト期間だったので延期した。
テストが終わったこのタイミングで俺に声を掛けてきたと。
なるほど、筋は通っている。テスト期間だから勉強の邪魔をしないようにしようという気遣いも出来る辺りはさすが王子だ。
「けど、俺に言う意味があるのか。惚れてるなら彩音に直接言えばいい」
「残念ながら彩音ちゃんとの接点はそれっきりなんだ。いきなり声を掛けるのは迷惑になる可能性が高い。不審者だと思われたら辛い」
「つまり、俺に紹介してくれと?」
「その通りだ」
さて、どうすりゃいいのか。
面倒くさいと申し出を断るのは簡単だが、山田の誠実な態度を見るに理由もなく断ったら変だ。それとも「彩音に恋人は早い」とか言っちまうか。でも、それをしたら俺がシスコン野郎だとあらぬ疑いをかけられる。
大体、あいつイケメンに告られたらどうするんだ?
……わからねえ。
しばし考えて結論を出す。
「紹介っていうのはおかしいぜ、山田よ」
丸投げしよう。
「何故だ?」
「運命の相手と言ったな」
「う、うむ」
「だったら、その運命を他人にゆだねるのはどうかと思う。ここは自分の力で運命を勝ち取るんだ。じゃないと、天使は手に入らない」
我ながら適当な発言をしている。
しかし、想像以上に山田は単純だった。
「確かにそうだな。俺は知らぬうちに逃げていたようだ。拒絶されることを恐れていたのかもしれない。そうだよな、運命は自分の手で勝ち取らないとな。その通りだ。よし、早速彼女と接触するよ。勇気をくれてありがとう、神原。これで失礼する」
爽やかな笑みを浮かべて山の王子は去っていった。教室から飛び出すと、彩音のクラスがあるほうに向かっていった。
もうすぐ授業が始まるけど、関係ないみたいだな。
◇
山田が去り、静けさが戻ってきた。
と、思ったのも束の間だった。
「チッ」
隣の席から特大の舌打ちが聞こえる。
正確にはさっきから聞こえていたのだが、山田が視界から消えたので舌打ちの音量がアップした。顔をみれば見事なまでにしかめ面をしていた。
「……ムカツク。マジで腹立つんだけど」
イライラを隠せないといった感じでつぶやき、再び「チッ」と大きな舌打ちをする。
「ま、まあ落ちつけって」
宥めようと声を掛けたが、凄い目で見られた。
「ほら、山田は攻略済なわけだろ。別に今さら誰を好きになっても問題ないだろ」
「はぁ!?」
ドスの効いた声に俺は固まった。
「私がムカついてるのは今の話をここでしたこと。あれ、絶対私に対する当てつけでしょ。一目惚れとか運命の相手とか言って、私よりも神原君の妹が上って言いたいんでしょ。こっちはあいつを落とすのに時間掛かったのにさ。あのクソ、マジで性格終わってるんだけど」
そいつは誤解だと思うぞ。
話してみた感じ、王子は頭が中々にお花畑だった。チャイムが鳴る直前なのに飛び出していったのがその証拠だ。恐らく風間の存在を忘れていたんだろう。
「あぁ、イライラする!」
これは何を言っても逆効果になりそうだな。俺に飛び火するのは困るし、ここは静かに座っておこう。
「てか、このイライラも元を辿れば神原君のせいなんだけど?」
「俺は関係ないだろっ」
「関係あるっての。ったく、こっちもあれくらい難易度の低い雑魚だったら簡単だったのに」
よくわからんけど雑魚呼ばわりされてるぞ、王子よ。
何故かイライラの元凶にされた俺はこれ以上の刺激はまずいと考え、地蔵のようにジッとしていた。
……
…………
その日から二つの変化があった。
一つは風間が目に見えて不機嫌になったこと。イライラしているのが誰の目から明らかで、徐々に評価を落としていった。
そして二つ目は、我が妹である神原彩音に恋人がいるかもしれないという噂が流れたことだ。




