閑話 聖女の独り言
私には昔から好きな男の子がいる。
幼馴染の神原佑真君――ゆう君だ。
恋心を持ったきっかけはもう覚えていない。家が近所で、お母さん同士が友達だったから幼い頃から一緒にいるのが当たり前だった。最初は兄弟みたいな感じだったけど、小学生を卒業する頃には恋心に変化していた。
中学生になると周囲が恋愛に興味を持ち始めた。私も友達から話を振られ、次第にゆう君と付き合いたいと思うようになった。
でも、当時の私は勇気がなかった。何となく告白は男の子からするものだと思っていたからその日が来るのを信じて待っていた。幸いにも自分の容姿が恵まれているとわかっていたので期待していた。
何もせず待っていたわけじゃない。
ゆう君が目移りしないように努力した。美人だった一つ上の従姉と会わせないように彼女の存在を隠し、私の友達にも興味を持たないよう情報を操作した。
いくら待っても私たちの関係は発展しなかった。
興味を持ってもらうため別の角度からのアプローチもした。わざと冷たい態度で突き放したり、逆にボディタッチを増やしてみたりしてみた。しかし思うような効果はなかった。
ある日、従姉に惚れている先輩に相談を持ち掛けられた。
その先輩は部活の大会で従姉に一目惚れし、積極的にアタックしたらしい。従姉との会話の中で私との関係を知り、従姉にプレゼントしたいからと相談を持ち掛けてきた。執念が凄くてちょっと引いたけど、その熱意は素直に尊敬した。
私はこの先輩を使ってゆう君に嫉妬してもらおうと考えた。私に興味がないのは女として見ていないからと考えたのだ。だから学校でも先輩とお喋りして、プレゼント選びも手伝った。
けど、何の効果もなかった。
決め手がないまま時間だけが流れていく。
その中で変化があった。ゆう君との距離が少しずつ離れていったのだ。声を掛けても返事は適当になり、遊びに誘っても理由をつけて断られた。
どうして?
私の態度がまずかったのか、それともあの先輩と楽しそうにしていたのがまずかったのか。原因がわからず焦った。
疑問の答えはすぐに出た。ゆう君はある女に夢中になっていた。長年見ていたからわかるけど、明らかに好意を寄せていた。
女の名前は土屋美鈴。
通っていた中学校で一番人気のある子だった。顔もスタイルも性格も良くて、女として敵わないと思っていた相手だ。
私は土屋さんに負けた。
男子と喋らない土屋さんだったけど、ゆう君とだけは楽しそうにお喋りしていた。私はそこで悟ってしまった。
あぁ、この二人はカップルになったんだと。
勇気がなくて聞けなかったけど、何となくそれがわかった。
こうして私の初恋は終わ……っていなかった。
負け犬になった私はそれでも初恋を諦めきれなかったので、ゆう君が好きになった土屋さんを目指した。
見た目も口調も彼女の真似をした。髪を伸ばし、性格も寄せていった。胸だけはどうにもならなかったけど、それ以外のすべてを真似した。彼女は男子とあまりお喋りするタイプではなかったので、私もなるべく男子と喋らないようにした。
ゆう君のことはずっと好きだった。
だけど、ゆう君の幸せを壊したくなかったので遠くから見守ることにした。妹のように可愛がっていた彩音ちゃんと会ったら家に誘われるかもしれない。そうなったらゆう君に会って辛い思いをするのがわかったので、神原家に近寄らないようにした。
二人が別れた時にアタックしよう。その時は私が土屋さんの代わりになる。
そんな風に思って生活していた。二人が姫ヶ咲学園に進学すると知り、私も迷わず姫ヶ咲を受験した。
姫ヶ咲学園では人気投票の総選挙があり、私は1位になった。
驚いたのは土屋さんが3位にいたことだ。
あいつ、ゆう君と付き合ってるくせに姫になったの?
もしかして、別れた?
可能性はあるけど、勇気のない私は聞けないまま時間だけが流れていった。実は土屋さんより上の順位にいたのはずっと優越感があった。
負け犬になった私は未練がましくもこっそりゆう君を追いかけていた。バイトしている店を調べたり、成績を確認したり、情報収集は欠かさなかった。
高校生になって二回目の夏休みも何事もなく終わった。退屈な九月が終わり、季節は十月を迎えた。
このまま何もなく時間が経過していくんだと悲しくなっていたある日。
階段を歩いていると、ゆう君と土屋さんが廊下で喋っている場面に遭遇した。すぐに逃げ出そうとしたけど、そこで偶然聞いてしまった。
「教えたくないなら仕方ないか。あっ、氷川さんに関わることは力になれないけど、それ以外なら何でも相談してね。友達として出来る範囲の協力はするから」
えっ?
「任せて。これでも友達思いなんだから。じゃ、翼ちゃんが待ってるから行くね」
友達?
この二人は付き合ってない?
会話を聞いた私は激しく動揺した。もし、この二人が付き合ってなかったら私は何年も無駄な時間を過ごしてきたことになる。
翌日、我慢できなくなった私は勇気を出して土屋さんを呼び出した。
「ゆう君……神原佑真君とは付き合ってないの?」
私の言葉に土屋さんは驚愕していた。
「付き合ってないけど」
「い、一度も?」
「うん、付き合ってないよ。佑真君には相談に乗ってもらってただけで、ただの友達だから。恋愛感情はないかな」
喜びと同時に激しく後悔した。勇気を出して聞いておけば良かった。無駄な数年を過ごしてしまった。
私が絶望していると。
「もしかして、宵闇さんって佑真君が好きなの?」
「……好き、好きだよ!」
勇気を出してそう言うと、土屋さんが私の手を握った。
「全力で応援するね!」
予想外の言葉だった。
「仲間が欲しかったの!」
「仲間?」
「宵闇さんが言ってくれたから、わたしも言うね。実はわたしには好きな人がいるの。でね、その子が佑真君に惚れてるみたいなの」
これまたショックだった。
予想外の展開に私の頭は混乱した。
あれ、でもそれだとおかしい。土屋さんが好きな相手がゆう君に惚れる意味がわからない。だって男同士になっちゃうから。
私はある可能性にたどり着いた。
「もしかして、土屋さんの好きな相手は不知火さんだったりするの?」
半信半疑で尋ねる。土屋さんが最も親しくしている相手は他にいないから。
肯定が返ってきた。
「……そういうことだったの」
同性だよね、と言いかけてグッと堪えた。
土屋さんの顔を見ればどれだけ本気で言ってくれたかわかったからだ。彼女は本気で不知火さんに惚れている。
「協力してほしいの。わたしは佑真君とあなたをくっ付けるのを手伝う。そうすれば翼ちゃんは佑真君を諦めるはず。宵闇さんにとってもそれは理想的でしょ?」
私の理想はゆう君の恋人になること。
「わかった。協力――」
その時だった。教室の扉が開いた。
「話は聞かせてもらったわ。少しいいかしら?」
教室に入ってきたのは想定外の人物だった。姫ヶ咲の生徒会長であり、孤高の女王である氷川亜里沙さんだ。
会話を盗み聞いていた氷川さんに私と土屋さんが鋭い視線を向ける。
「いいえ、違うの。わたくしはあなた達に協力したいのよ。盗み聞きしたことを謝罪するのが先というのなら謝罪から入ります」
氷川さんは丁寧に頭を下げた。そして、事情を話し始めた。
「実は、わたくしの妹も彼に惚れているみたいなの」
衝撃的な言葉を発した。
「「えっ」」
またライバル出現。しかも相手は一年生で姫になった凄い可愛い子。
「でも、わたくし思うのよ。花音ちゃんに恋人は早いって。むしろ、あの子に恋人はいらないんじゃないかって。花音ちゃんが男と付き合うとかありえないと思うの。というか、花音ちゃんがあの男と何かしてるの想像するだけで吐き気がするの」
氷川さんがシスコンだとすぐにわかった。
「とにかく、宵闇さんたちに協力させてほしいの。あなたと神原佑真君が恋人になれば、花音ちゃんも彼を諦めると思うの。これはお互いにメリットがあると思うわ。この提案、どうかしら?」
返事は言うまでもない。私たちは手を取り合った。
ここにビッグ3同盟が結成された。
◇
ゆう君がフリーと発覚し、一緒の目的を持つ仲間が出来た。
私は攻勢に出た。
受け身がダメなのは知っている。大体、私が少し勇気を出していれば数年も無駄にする必要はなかった。もっと早く恋人になって、イチャイチャ出来たかもしれない。
悔いは残るけど、まだ取り返せる。
私はゆう君の家に押し掛けた。驚いた様子だったけど、嫌な顔せずにお喋りしてくれた。前のように受け身ではなく、強引に勉強会の約束を取り付けた。
それと同時に土屋さんと氷川さんに情報の拡散をお願いした。彼女たちは笑顔で協力してくれた。内容は私とゆう君が幼馴染で、将来を誓った仲だというもの。
前半は真実だけど、後半は嘘だ。結婚の約束はしていない。でも、噂を流して既成事実にすればいい。ゆう君を狙っている女も諦めるかもしれない。
憎々しい相手だった土屋さんと連絡先を交換して、手を取り合う日が来るなんて夢にも思わなかった。でも、味方になった彼女は頼もしく見えた。
そして、勉強会を終えた翌日の朝――
噂はすっかり広まり、登校したゆう君は姫に囲まれていた。土屋さんと氷川さんは仲間だから、囲っている残り半分の姫はゆう君を狙っている女だろうか。そうでなければゆう君に詰め寄る意味はない。
意外だったのは風間さんだ。彼女までライバルだったのは意外だ。でも、相手が誰であろうと関係ない。
「お弁当だよ」
「……誰の?」
「ゆう君のだよ。朝、早起きして作ってきたんだよ」
皆が見ている前で堂々とお弁当を渡して親密さをアピールした。
……ふふふっ、まるで昔の自分みたい。
三人の姫の顔を確認する。その表情は以前の私とそっくりだった。目の前で意中の人が他の女と仲良くしてるのに何も言えないところまで瓜二つ。
私にはわかる。自分の可愛さにかまけて待ちの姿勢を取ってしまう気持ち。いつか告白してくれると、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれると本気で信じている。そう、以前の私みたいに。
長期戦で戦えばいつか振り向いてもらえると思った?
甘い、甘すぎる。
私は一度負けて知った。恋愛は早い者勝ちだ。
当時はそれが理解できず、枕を涙で濡らす日々を送った。土屋さんを逆恨みし、何度も呪いの言葉をプレゼントしていた。
あんな日々は二度とゴメンだ。
可愛いお姫様が王子様を待つ物語?
違う。これは一度失敗してすべてを失った元お姫様が、自分の足で王子様を迎えにいって幸せをつかみ取る物語。
今の私に姫の称号はもう必要ない。この称号は可愛いあなた達が持っていればいい。そう、次の王子様が現れるまで――
「だから、指くわえて私が幸せになるところ見ててね、お姫様?」
私は小さくつぶやいた。
「何か言ったか?」
「ううん、何でもないよ」
「……そっか」
「じゃ、私も教室行くね。また後で」
「おう。弁当ありがとな」
感謝の言葉に嬉しくなった私は自分の教室に向けて歩き出す。鳴り響くチャイムは私とゆう君の未来を祝福する鐘の音に聞こえた。
お読みいただきありがとうございます。これにて姫修羅1章が終わりです。
面白かったと思ったらブックマークや評価で応援して頂けると嬉しいです。




