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第33話 プチ修羅場と黒い聖女

 花音と不知火?


 両者は前後の扉から入って来ると、迷わず俺のほうに近づいてきた。そして、怒りと焦りが混じったような顔を寄せてきた。


 勢いと表情にビビった俺は思わず「ひぇ」と情けない声が出した。


「……あの噂は本当?」

「あの噂は事実なのかい?」


 同時に尋ねてきた。


 両者はそこでようやく互いの存在に気付いたらしい。顔を合わせて驚きの表情を浮かべた。


「姫王子先輩?」

「不知火だ。そういう君は、確か氷川さんの妹さんだったね」


 面識はなかったらしい。学年も違うので当たり前だろう。ただ、お互いに有名人なので存在は知っているようだ。


「……どうして先輩がここに?」

「奇遇だね。僕も同じ質問をしようとしていたところだよ」

 

 両者はしばし視線をぶつけていた。無言だったが、視線で会話をしているようである。

 数十秒後、ほぼ同時に俺のほうに向きなおった。


「今は噂の件を聞きたい」

「確かにそちらが先決だね」

「あの聖女先輩と幼馴染で、婚約済み」

「僕もその噂を聞いたんだ。一体どういうことなんだい」


 それは俺のほうが聞きたいです。


「まあ、ひとまず落ち着いて――」


 落ち着くように言ったが、興奮状態の二人には届かなかった。バンッ、と凄い勢いで机を叩いて顔を近付けてきた。

 

「いいから答えて!」

「答えてくれ!」


 普段とは違う形相で怖かった。


 てか、この二人がどうして噂を気にしてるんだ。


 俺の恋愛とか全然興味ないはずだろ。


 そう思ったが、途中で気付いた。花音も不知火も学園で仲のいい男子がいない。唯一の例外が俺だ。花音からすれば友達の兄であり、不知火からすれば同じVtuberを愛する同志である。


 面識ある男子の恋愛事情が気になるってわけだ。


 俺だってこの二人に彼氏がいるとか、実は将来を誓った相手がいるという噂が流れたら気になる。恐らくそういう感じだろう。


 さて、どう説明するべきか。


 月姫と幼馴染なのは事実だし、家を行き来してたのも事実だ。実際、今日も後で来る予定だしな。まあ、家に来るのは数年ぶりなわけだが。


 この話題は後でまたいろいろな奴から聞かれるだろうな。風間もかなり気にしていた様子だったし。

 

 いっそ噂を肯定するのはどうだろう。


 結婚の約束については覚えていないが、それ以外は概ね事実なのだから否定したら嘘になる。下手に隠すよりは潔いし、変な目で見られなくて済む。


 ……というより、チャンスでは?


 肯定した場合について考えてみると、あるメリットが浮かぶ。

 

 噂を肯定すればこれまで男の影がなかった清廉潔癖な月姫のイメージは崩れる。人気も急落するだろう。姫陥落もありえる。

 

 そうなったら姫攻略が終わる。


「……」


 ここまで考えたがリスクが高い。


 幼馴染と認めるのはいいが、結婚の約束は覚えちゃいない。この噂が月姫ではなく別の奴が流したものだったら全部終わりだ。


 噂を肯定した後、あいつに恋人がいると発覚すれば俺は噂を利用して月姫を奪おうとした最低野郎にされちまう。残念ながら俺は寝取り趣味とかないし、そんな度胸もない。


 まあ、その場合は月姫に彼氏がいると多くの生徒が知るから彩音は姫になれるかもしれないが……

  

 ありえないな。俺が破滅しちゃ意味ないだろ。


「観念して喋って」

「さあ、教えてくれ」


 追い詰められたその時だった。


「あっ、ゆう君見っけ!」


 扉が開き、月姫が入ってきた。この時ばかりは月姫が本物の聖女様に見えてしまった。


 教室に入ってきた月姫は真っすぐ俺のほうに歩いて来た。その途中で、俺と対峙する二人の存在に気付いた。


「あれ、不知火さんと氷川さんの妹さんだよね。お取込み中だったかな?」


 月姫は俺と二人を見比べる。


「違うぞ。偶然会っただけだっ!」

「へえ、偶然ね」


 空き教室で偶然は無理があったか。しかしここは力で誤魔化す。

 

「それより、月姫はどうして俺を探してたんだ?」

「放課後の打ち合わせだよ。どこの教科からやっていこうかなって」


 勉強する教科の話か。


 確かに打ち合わせをしておいたほうがいいだろうな。勉強する教科を絞ったほうが効率が良さそうだ。

 

 わざわざ昼休みに来てくれたのは月姫なりの配慮だろうか。教室で話されるよりは誰もいない空き教室のほうがいい。


 配慮はありがたいのだが、タイミングが悪かった。せめて俺一人の時に来てほしかったよ。


 花音と不知火がジッとこっちを見ている。口を挟まないのは常識をわきまえているからだろうか。


「……順番は任せる」

「わかった。それじゃ、私が教えやすい教科からいくね」

「よろしくお願いする」

「任せてよ」


 月姫が振りかえり、歩き出した。


「じゃ、後で行くからね。家で出迎えてくれなきゃ嫌だよ、ゆう君」


 その発言の直後、わかりやく空気が重くなった。


「家?」

「家だって?」


 花音と不知火が小さくつぶやいた言葉に、月姫は反応して足を止めた。

 

「うん。私とゆう君は家が近所で幼馴染なんだ。今日もこれからゆう君の家にお邪魔するんだよ。あっ、それから一緒に晩御飯も食べるんだ」

「待てっ、飯の話は聞いてないぞ!」

「さっき誘われたんだよ。ゆう君のお母さんに」

 

 月姫はスマホをぶらぶらさせる。


 俺の母親と連絡先の交換してたのか?

 

 よく考えれば普通だわ。うちの母親は月姫を自分の娘のように可愛がっている。俺たちが疎遠になっている間も親交があり、夕食の時とか聞いてもいないのに月姫の近況とかを話して来るほどだ。


「……親公認」

「一緒に食事」


 何故か花音と不知火の表情が青ざめていた。


「あれ、もしかして二人は噂の真相をゆう君に聞きに来たとか?」


 おまえも噂を知ってるのかよ。


「あの噂なら本当だよ。私とゆう君は幼馴染で、お互いの家に何度も行き来してるんだ。昔は一緒にお風呂入ったし」

「っ、止めろ!」

「えぇ、事実でしょ?」


 月姫の言葉に二人はぎろりと俺を見る。


 これに関しては事実だ。事実だが、幼稚園とかその辺の頃の話だ。記憶の片隅のほうに残っている程度でしかない。


 しかし月姫の奴、どういうつもりだ。


 恨み言でも言ってやろうと月姫の顔を見たが、くすくすと笑っていた。その笑顔はまるっきり聖女らしくない黒い笑みだった。


「ふふっ、これで目的は完了……それじゃ、また後でね。ゆう君」


 鼻歌を口ずさみながら月姫が出ていった。


 あれ?


 月姫が出ていった扉を眺めていると、一瞬だけ土屋と氷川の姿が映ったような気がした。


 見間違いだよな。ビッグ3はそこまで関係が深くないはずだ。


「……家、公認、お風呂」

「家族で楽しくご飯。お風呂で洗いっこ」


 外にばかり気を取られていたら、ぶつぶつと声が聞こえてきた。


 このままだとやばいな。早いとこ教室に戻るか。

 

 この場から離れようと動き出す。


「待って!」

「そうだよ。まだ話は終わっていない!」

 

 掴みかかられそうな勢いだったので、走って扉まで向かう。


「もうすぐ午後の授業が始まる時間だ。じゃあな!」


 俺は逃げるようにその場を後にした。背後から強烈な気配を感じたが、一度も振り向かずに教室まで逃げ切った。

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