第31話 初恋は闇の聖女
姫ヶ咲学園総選挙第1位・宵闇月姫。
入学して最初の総選挙で1位を獲得すると、現在まですべての総選挙で1位を獲得している姫ヶ咲学園を象徴する姫の中の姫。
二つ名は”闇の聖女”。
女王である氷川亜里沙、女神の土屋美鈴と並ぶビッグ3の一角。1位だからこの場合はセンターとでも言えばいいだろうか。
聖女と呼ばれる由来は神秘的な美しさがあり、そして清廉潔癖なところから命名されたものだ。
流れるような長い黒髪、地上波で活躍するトップアイドルにも負けない整った顔立ち。すらっと伸びた手足に抜群のスタイル。性格は優しく穏やか。下ネタなどの下品な話が嫌いで、男子とは一定の距離を保って生活している。
月姫をひと言で表すなら王道。
現在の姫はそれぞれ個性的な美少女ばかりだが、月姫に至っては王道の超正統派美少女といっていいだろう。
頭も良く、美しい所作には品性を感じる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正、まさに大和撫子と呼ぶにふさわしい。
容姿も中身も姫の中では土屋に一番近い。まあ、両者に惚れたってことは単純に俺の好みタイプってわけだ。
昔の月姫はそこまで長い髪ではなかったが、中学の中盤くらいから伸ばし始めた。疎遠になった辺りからだ。
俺とは小学生になる前からの知り合いで、母親同士が友達で家が近かったことから毎日のように遊んでいた。
甘酸っぱい初恋と、苦々しい失恋をくれた相手でもある。
どうして月姫がここに?
彩音の仕業か?
けど、あいつは中間テストに向けて勉強すると言っていたしな。この状況で月姫に連絡するのはありえないよな。
「あの、ゆう君?」
「あ、おはようっ」
挨拶を返すと、月姫は安心したように笑った。
懐かしい笑顔だった。昔に比べるとグッと大人になっているが、それでも懐かしいという感情を覚えるのは、俺にとってそれだけ月姫が特別な存在だったからだ。
「良かった、無視されてるのかと思ったよ」
「そうじゃない。ビックリしてな」
「久しぶりだもんね」
月姫はくすっと笑うと。
「さっ、行こっか」
「……行くってどこに?」
「学校だよ。登校する時間でしょ」
「お、おう。そうだな」
促されて歩き出すと、月姫は当然のように隣を歩いた。どうやら彩音ではなく俺が目的らしい。
ここまで来て嫌とは言えなかったので一緒に学校に向かうことにした。
「一緒に登校するのは久しぶりだね」
「そうだな」
「何年振りだろうね。中学校の頃に戻ったみたい」
「う、うむ」
「高校に入ってからは同じ道なのに会う機会もなかったもんね」
意図的にズラしていたからな。
……ってか、これは何だ?
どうしてこうなった?
疎遠になったはずの幼馴染との登校。まるで意味がわからない。
チラッと隣を見てみたが、間違いなく月姫だ。ニセモノじゃない。こいつの顔を間違えるはずないし、「ゆう君」という呼び方をするのも月姫だけだ。
「私の顔に何かついてる?」
「えっ、いや、別に」
「……そっか」
「……」
沈黙は気まずい。話題を出そう。
あの時のイケメンについて聞くのはどうだ?
ダメだな。疎遠になった幼馴染にいきなり恋愛の話題はおかしい。俺でもそれくらいはわかる。
ここは無難な話題を選ぶべきだ。
「そういえば、もうすぐ中間テストだな」
「来週だね」
「勉強はしてるのか?」
「いつも通りかな。でも、大丈夫だよ思うよ。氷川さんには勝てないかもしれないけど、上位はキープできると思う」
よし、話題のチョイスは上手く行った。
「月姫は頭が良くて羨ましいよ」
「ゆう君だって悪くないよね」
「普通だろ」
「そんなことないよ。これまでのテストでもずっと良い点数だったし。私が知ってる頃とは全然違うからビックリだよ」
何故俺の点数を知っている。
と、思ったけど姫ヶ咲学園では学年の成績上位100位までが廊下に張り出されるシステムだ。俺の成績はぎりぎりそこに載るくらいだ。学力でいえば、上の下から中の上付近といったところだろう。
疎遠になったとはいえ幼馴染だ。名前の確認くらいはするか。俺だって月姫の順位を知っているからおかしくはない。
「今回のテストどう?」
「今回はちょっと自信がなくてさ」
「えっ、何かあったの?」
「勉強が疎かになってるんだ。時間が取れないってのは言い訳になるが、少々多忙でな」
残念ながら俺の成績は徐々に下がっている。
二学期になってからはロクに勉強していない。姫攻略とやらを開始する羽目になったからだ。勉強に割く時間がなくなり、このままだと大幅に点数が下がる。
「もしかして、バイトのせい?」
「いや、バイトは関係ない。去年もバイトしながらだったけど成績は落ちてないし」
「それもそっか。バイトもそこまで長い時間してないもんね」
何故バイトの時間を知っている?
俺のバイト先は近所にあるコンビニだが、月姫が来た記憶はない。
あっ、親経由か。母親同士が仲良しなので親から聞いている可能性はある。むしろそれしかないだろうな。
「成績がピンチなら、昔みたいに私が教えてあげる」
「いいのか?」
「これでも学年二位だからね。ゆう君が一人で勉強するよりも効率良いと思うよ」
そう、月姫は氷川に次いで学年二位の成績を誇っている。
こいつは昔から頭が良かった。小学生の頃はよく教えてもらった。教え方も上手で、将来は教師になりたいと言っていたのは記憶に残っている。
姫攻略とは関係なしに勉強は教わりたい。このままだと冗談抜きで成績が落ちそうだし、姫の攻略を続けていくと間違いなく学力は低下する。
……彼氏はいいのか?
すでに別れているのかもしれないが、途中で彼氏が乗り込むとか勘弁してくれよ。
でもまあ、大丈夫だよな。教えるといっても何人か集めての勉強会だろう。昔みたいにどっちかの部屋ってわけじゃないだろう。お互いに昔とは立場が違う。
「じゃあ、放課後ゆう君の家に行くね」
「えっ」
「ゆう君の家だと都合悪い?」
「そういうわけじゃない。家に来るのは大丈夫だ」
「楽しみだなぁ。久し振りに彩音ちゃんともお喋りしたいんだ」
なるほど、目的は彩音だったか。
当然ながら彩音とも幼馴染になる。今は知らないが、昔はそれなりに仲良しだった。月姫は一人っ子なので妹がいて羨ましいと何度も聞かされた。
久々に旧交を温めたくなったわけだ。俺はオマケ扱いか。
でも、オマケの俺と一緒に登校するのはおかしくね?
妙な引っ掛かりを感じたと同時に周囲からの視線を感じた。ようやく今の状況の危うさに気付き、俺はその場に止まった。
「このまま登校するのはまずい。ここからは別行動にするぞ」
月姫は小首を傾げた。
「どうして?」
言わなくてもわかるだろ。
聖女様と登校したら一瞬で取り囲まれる。事情聴取され、場合によっては袋叩きにあう。絶対にゴメンだ。テスト前にテストを受けられない体にされちまう。
「一緒に行こうよ」
「ダメだ」
「えぇ、私はゆう君と一緒に行きたいのに」
「ダメだ。別々に行かないと勉強会の約束もなかったことにするぞ」
ピタッと月姫の動きが止まった。
「勉強会が無くなるのは嫌だから、ここは大人しく引き下がるね。それじゃ、また放課後に」
残念そうな顔でそう言った月姫は学園に向かって歩き出した。
周囲の視線を浴びながら歩く幼馴染の姿を見ながら、俺の胸は数年ぶりに強く脈打っていた。




