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【書籍化】学園の姫攻略始めたら修羅場になってた件  作者: かわいさん
第1章

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第28話 シスコン女王と救世主

 氷川姉妹の仲の良さは多くの生徒が知っている。


 しかし、姉から妹に向ける愛がここまで重かったとはな。同じく妹を持つ身だが、これっぽっちも気持ちがわからない。

 

 などと思っていたら。


「弁明できないでしょう。あなたは昨日の放課後、花音ちゃんと楽しそうにお喋りしていた。そうよね?」


 鋭い槍のような目で俺を睨みつける。


 敵意と殺意のこもった視線には覚えがあった。花音と喋っていた時に感じたものだ。


「ちょ、ちょっと待て。あの場に氷川はいなかったはずだが」

「遠くから見ていたのよ」

「……妹を尾行でもしてたのか?」

「失礼ね。心配だから見守っていたのよ。妹の行動をチェックするのは姉として当然の責務でしょう」


 当然でもなければ責務でもない。


「心配とはいえやりすぎだろ。妹だって高校生なわけだし」

「馬鹿言わないで。花音ちゃんが誘拐でもされたらどうするの」


 その可能性はあまり考慮していなかった。


 ありえない話でもなさそうだな。平凡な我が家と違って氷川家は金持ちだし、花音の容姿が優れているのも事実だ。おまけに花音の体は平均に比べて小柄だ。誘拐される可能性はゼロじゃないだろう。

 

「花音ちゃんの可愛さは他人を狂わせるレベルよ。普段はまともな人でも野獣になってしまう。警戒を怠るわけにはいかないの」

「そ、そうなのか」

 

 気の抜けた返しをすると、氷川はわかりやすくため息を吐いた。

 

「あなたは花音ちゃんがどれほど素晴らしい天使なのか理解していないのね。いいわ、教えてあげる。その汚い顔でよく聞きなさい」

「顔は関係ねえだろ!」


 俺の声を無視して、氷川は昔話を始めた。


 これがまた、非常に長かった。花音との思い出を語りながら、花音がどれだけ可愛らしかったのかを力説していた。昔話をしながら幼い花音を思い出したのか、途中でうっとりした顔になった時は中々に気持ち悪かった。


「……」


 俺は黙って話を聞いていた。


「こうして花音ちゃんは可憐すぎる小学生時代を終えたわ。ちなみに、花音ちゃんの小学校卒業式の日はわたくしのほうが号泣していたわね」

「……何でだよ。おかしいだろ」

 

 冷静にツッコミを入れるが、特に気にした様子もなく氷川は続ける。


 今度は中学生になってからの思い出を語り始めた。俺は無表情で聞いていた。


「花音ちゃんはいつまで経っても子供っぽいところがあるの。中学生の頃、道路にある白線の上を目を瞑りながら歩く遊びにハマっていたわ。わたくしに気付かれないようにひっそり遊んでいたみたいだけどね。他にもあるのよ。あれは中学二年生の夏休みだったわ――」

 

 長いよ、女王様。


 その後も思い出話なのか、自慢なのかよくわからない話が数分続いた。


「そして、わたくしは誓ったの。この天使を全力で幸せにしようってね。特に邪な男からは絶対に守ろうと。そのためなら、正義の鉄槌を下す覚悟もあるわ」


 ようやく話を終えた氷川がぎゅっと拳を握る。


「というわけで、花音ちゃんを誑かそうとする男に鉄槌を下します!」

「まっ、待てっ。急に攻撃的になるな!」


 そもそも俺は誑かそうなど……あっ、ダメだわ。実際に誑かそうとしていたわけだし間違ってなかったわ。


 氷川の目が血走り、命の危機を感じた時。


「お姉ちゃん!」


 不意に声がした。


 声のする方角に目を向けると、花音が立っている。その後ろには彩音の姿もあった。彩音の奴は俺と目が合った瞬間に嫌悪感を出したが、一瞬で不安そうな表情を作りやがった。相変わらず器用な奴だ。


「花音ちゃん……どうしてここに?」

「お姉ちゃんが先輩を連れて行ったって聞いたから」

「そ、そうなのね」


 一瞬で殺気を霧散させた氷川は苦々しく笑う。


 ひとまずは助かったみたいだな。


 しかしこの状況どうする?

 花音に助けを求めるべきなのか?


「お姉ちゃん、神原先輩と何してるの?」

「えっと、これはその――」

「先輩に悪さしようとしてた?」

「ち、違うのよ!」

「だったらどうして連れて行ったの?」


 あの女王様が自分よりも一回り以上も小さい妹に追い詰められていた。その光景は新鮮だった。


 黙って見ていると、彩音がいつの間にか俺の背後に回っていた。


「女王と揉め事とか勘弁してよ」

「俺のせいじゃねえ」

「まあいいわ、事情は後で聞く。それより、この場を収めなさい。兄貴が連れてかれたことが話題になってるの。あたしの評判に関わるでしょ。花音のおかげで女王はテンパってるみたいだし、どうにかして」


 連行されたことが話題になってるのか。


 姫を目指している彩音の立場からしたら兄が女王に呼び出しを受けるとか良くないいか。


「ちょっと落ち着いて、花音ちゃん」

「彩音ちゃん?」

「ねっ、少し離れて冷静になろう。氷川会長も驚いちゃってるみたいだし」


 彩音はそのまま花音を連れて少し離れた。


 今の内にどうにかしろってことだな。相変わらずの無茶ぶりだが、俺の身の安全のためにもやるしかない。


「……あぁ、わたくしを追い詰める花音ちゃんも素敵」

 

 シスコン女王は追い詰められてうっとりしていた。それから蕩けたような目で花音を見つめている。


 しばらくしてようやく花音の隣にいた彩音の存在に気付いたらしい。


「あら、そういえばあの子は昨日も一緒だったわね」

「あいつは俺の妹だ」

「……そう、彼女はあなたの妹だったのね。最近よく一緒に居るわよね」


 ここでふと、俺は天才的なことを閃いた。


 この状況を打破するために彩音の奴を利用しよう。あいつは散々俺を利用してきたわけだし、バチは当たらないだろう。


「最近友達になったんだとよ」

「……友達?」

「そう、友達だ。しかも氷川花音のほうから友達になりたいと声を掛けたらしい」

「花音ちゃんが!?」


 花音が自分から友達を作りにいくようなタイプじゃないことを氷川もよく知っている。さっき花音との思い出を語る際にも触れていたしな。

 

 そこが俺の狙い目だ。


「昨日、俺と氷川花音が喋っていたのはそれが理由だ。ほら、友達の兄貴を無視するわけにはいかないだろ。常識的に考えてさ」

 

 我ながら苦しい言い分だが、この理論を押し通す。


 あの二人が仲良くなったのは事実だし、それは氷川だって確認している。そして俺は彩音の兄という立場だ。


 つまり友達の兄貴を邪険にはできないよね?


 という理論を展開していくわけだ。


「友達の兄だから最低限の敬意を払った……なるほど、わたくしの可愛い天使は常識が備わっているわ。友達の身内を無下に扱うことはしないわね」

「だろ? つまり俺は無実だ」

「……」

「俺の立場も考えてくれよ。こっちとしても妹の友達に挨拶しないわけにはいかないだろ。それだと俺が非常識な奴みたいじゃないか」


 互いに彩音を通した間柄なので、挨拶を交わしていた。


 これが俺の考えた弁明シナリオである。


 氷川亜里沙が固まったまま思案に耽った。


「あなた、妹さんとは仲がいいの?」


 仲良くねえよ。


 あのクソみたいな悪魔と仲良しとか冗談じゃねえぞ。あいつのクソさ加減を語らせたら、それこそ氷川が花音に対して贈った賛辞の言葉とタメを張るレべルだ。


 だがしかし、この論を通すためには――


「仲良し兄妹だぜ。あいつは最高の妹だ」


 間違いなく腐れ外道な妹であるが、渾身の笑顔で嘘を吐く。


 花音だって俺たちを仲良し兄妹だと勘違いをしている。学園内では仲良し兄妹で通したほうがいいだろう。


「あなたは自分の妹と花音ちゃんが仲良しだから、花音ちゃんと喋っていた。だから別に花音ちゃんを誑かそうとしていたわけではない。そう言うのね?」

「そ、その通りだ!」

  

 力強く頷いた。


「気に入ったわ!」

「……へっ?」

「実はあなたを見た時にそうかもしれないと思っていたのよ。あなたもわたくしと同じだったのね。妹を愛し、妹の幸せを切に願うシスコンというわけね」


 おまえと一緒にするな。あいつを溺愛とか冗談じゃねえぞ。


 っていうか、その結論に至った経緯が知りたいよ。


「花音ちゃんが自分から友達を作った。おまけに相手は花音ちゃんよりも小柄で妹系か。実にいいわね。これは予定を変更しないと」


 勝手に納得し、勝手に予定とやらを変更したらしい氷川は俺の肩にポンと手を置いた。

 

「明日の放課後、またここに来なさい」

「っ」

「安心しなさい。あなたの無実は証明されたわ。悪いようにはしないから」


 氷川は楽しそうに話している花音たちを見て、くすりと笑った。


 その時の顔は孤高の女王ではなく、妹を愛おしそうに見る立派な姉の顔をしていた。


「今日は思いもよらない収穫があったわ。またね、神原佑真君」


 それだけ残すと、氷川は花音の元に歩いて行った。


 ……助かった、のか?


 どうして助かったのかよくわからないが、あの最高のタイミングで現れてくれた花音は間違いなく俺の救世主だ。

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