第15話 女神は諦めない
「おはようございます、翼先輩」
「今日もいい天気ですね」
「相変わらず翼様は素敵すぎますわ」
登校した俺の目に映ったのはいつもの光景だった。
不知火翼が多くの女子を引き連れて廊下を歩いている。その姿はアニメに登場する王子と、その取り巻きの貴族令嬢といった印象を受ける。
ジッと眺めていると、集団にある人物が近づいて来た。貴族令嬢たちは示し合わせたように道を開けた。
「おはよう、翼ちゃん」
土屋美鈴が挨拶しながら姫王子の隣にやってきた。
それはもう王子と婚約者の姫様という感じで、何というか非常にしっくり来た。完成された絵画のようなカップリングには神々しさがある。
「おはよう、美鈴」
あれから数日が経過した。
不知火と土屋は無事に仲直りし、今ではすっかり親友に戻っていた。
あの二人が何を話したのかは知らない。俺はただ場所のセッティングだけして、その後については二人に任せた。翌日には夏休み前のような状態に戻っていた。
「へえ、仲直りしたんだ」
隣の席から声がした。
「ちょっと前までケンカしてたっぽい雰囲気だったのにさ。まっ、あの子達ならすぐに仲直りすると思ったけど」
風間は廊下を見つめてつぶやく。
「気にしてたのか?」
「知らない仲じゃないからね」
そういえば、風間とあの二人は一年生の時に同じクラスだったか。あの時は不知火が姫じゃなかったが、美少女が同じクラスに揃っていると沸いていたのは記憶に残っている。
友達だったのか?
詳しく聞いてみたい気もするが、俺が姫に興味を持っていると悟られたら面倒だし止めておこう。
「けど、私が気になるのは二人のために奔走したモブキャラ君のほうかな」
「っ」
こいつ、見てたのかよ。
「な、何のことだ?」
「別に隠さなくてもいいじゃん。悪いことしたわけじゃないんでしょ」
「俺は何もしてないぞ」
「姫王子と放課後の空き教室で密会してたのに言い逃れするんだ」
完全にバレてるじゃねえか。
風間は俺の耳に顔を近づける。
「で、実際のところはどうなの。ケンカした理由とかよく知らないんだけど、神原君がなにか関係してるんでしょ。気になるから教え――」
その時だった。
不知火がこっちを見た。
目が合うと一瞬笑顔になったが、何かに気付くと急に不機嫌になってしまったようでそっぽを向いた。
どうしたんだ?
「……神原君、もしかして凄いことしちゃった?」
「どういう意味だ」
「わからないならいいよ」
今度は風間が機嫌を悪くしたらしく、友達のところに向かっていった。
何だあいつ、急に意味深な発言をしたと思ったら。
様子がおかしな風間に疑問を覚えたが、考えてもわからないので放っておいた。どうせ俺には関係ないだろう。
◇
時間は流れ、昼休み。
いつものように空き教室でスマホをぽちぽちしながら適当に時間を潰していた。そろそろ教室に戻ろうかと考えていたら、突然扉が開いた。
「あっ、佑真君。やっぱりここにいたんだ」
土屋が入ってきた。
「どうしてここが?」
「幸奈ちゃんから聞いたんだ。佑真君はよくここにいるって」
お喋り妖精が。
教室に入ってきた土屋は俺の前に座った。豊満な胸元に視線が向かいそうになるが、頑張って欲望を抑えた。
「まだしっかりお礼言ってなかったね。ここ数日は翼ちゃんと離れていた時間を埋めることを優先したけど、佑真君にお礼を言いたかったんだ。今回は本当に助かったよ。ありがとね」
「力になれたみたいで良かったよ」
といっても、俺が行ったのは不知火とVtuberの話で盛り上がっただけだ。後は場所をセッティングしてそれで終了だった。
元々どっちも仲直りしたがっていた。何もしなくても遠くないうちに仲直りをしていただろう。
そうは思うのだが、俺って生き物は姑息で卑怯な人間だ。自分の印象が良くなったのだからあえて訂正はしない。
「あのね、翼ちゃんの近くに戻ってわかったの」
「わかった?」
「わたし、まだまだ翼ちゃんが好きみたい。むしろ離れていた時間が好きを加速させた感じかな。だから絶対諦めない。必ず翼ちゃんを振り向かせてみせるからっ」
はっきりと断言した土屋はどこか吹っ切れた様子だった。
その熱い瞳に胸が痛くなった。
この想いが俺に向けられる日は来ないのだと理解した。
昔好きだった女の子が同性の親友に告白し、失恋してから仲直り。これを間近で見る気分はどうにも複雑というか、感情がぐちゃぐちゃになった。見るどころか手伝ってしまったので余計に変な気持ちになる。
まあ、一番複雑なのはきらきらした瞳の土屋が今までで一番魅力的に映ったことだけどな。
「一度くらいの失恋で心折れてたら恋愛なんて出来ないもんね。ただでさえ性別って壁もあるし、こんなところでへこたれてたらダメだよね。ここからもう一度やり直す。次は絶対に落としてみせるからね」
その姿はかつて、土屋を諦めた自分自身とは大分違って眩しく見えた。
だからだろう。
「頑張れよ。俺も応援してるぞ!」
俺の口から飛び出したのはそんな言葉だった。
……あれ、応援していいのか?
確か土屋を攻略するはずだったよな。
口にした直後に脅されている現実を思い出したが、さすがにこれは無理だろ。今の状態から土屋を口説くとか不可能だ。完全に友達ポジションに納まってしまったわけだし、恋愛に持っていけるような雰囲気でもない。
あの腐れ妹なら次は不知火を狙えとか言いそうだな。
仮にそう言われたとしても、こちらは土屋よりも更にきつい。男を嫌っており、女子から圧倒的な人気を誇る不知火を俺が落とせる可能性は皆無だ。そもそも不知火に迫ったら土屋に命を狙われかねないし。
アレだ、この二人に関しては無理だと素直に言おう。
文句は吐かれるだろうが、あいつも俺にそこまで期待してはいないだろうしな。
距離が開いていた旧友と友人関係に戻れたし、不知火という同志と仲良くなった。これはこれで良い成果だろう。
「それで、佑真君」
「どうした?」
「また困ったことがあったら相談に乗ってもらっていいかな。昔みたいに」
「……たまにならな」
「ホント!? ありがとね!」
それにだ。他の男子が見れない無邪気に喜ぶ女神様の姿を間近で見れる。これはこれで大きな価値がある。
「佑真君も困ったことがあったら言ってね。全力で力になるから!」
今がまさにその時なのだがな。
話が終わり、土屋は教室を出る――
「早速だけど、相談に乗ってもらっていいかな?」
「えっ」
教室を出ると思ったが、鼻息荒く迫ってきた。
「今回、佑真君は実際に翼ちゃんと接触したでしょ。そこで、男子目線から翼ちゃんの印象とか感じたことを聞きたいんだ。少しでも情報が欲しいからね。今後に向けて準備はしておかないと」
諦めの悪い女神様の姿に俺は苦笑いした。