伐採タイム
「あなたはあの時の……」
ヴァルテルが驚いたように男を見る。
「うん…?お前は我と会った事があるか?」
「はい……!僕はブルー・パレスの衛兵と戦っていたヴァルテルと申します」
「……あぁ、あの時か、久しぶりだな。
まさかこんなところでまた巡り合うとは。
ふん、後は我に任せておけ。お前は早くその負傷した女を回復させてやるといい」
フェンリルは化け物の方へと歩き出していく。
そんな彼の背中をヴァルテルは見ながら、
……また彼が俺たちの味方をしてくれるのか。
それもあれだけの強さを持った彼が…。
後は任せましたっ!
この身体で対峙して、ブルー・パレスのリーダーと戦っているのを見て、分かった、あの彼がまた味方をしてくれる。そう思うと異常なほどの安心感と嬉しさが込み上げてきた。
だからヴァルテルは後の事など気にせずに走り出す。とにかく今はレトを助けるべきだ。
そんな彼を背中で感じ取っている者がいた、それはフェンリルだ。そして一定距離が離れた事を確認し、今度は周囲の冒険者へと意識を向ける。彼らは自分の突然の登場に唖然となっていた。
「後は我1人で片付ける。お前達は下がっていろ」
「は、はい!」
残ったのはフェンリルと無数の木の根達。
フェンリルは腰に携えた剣を抜いていく。刀身や持ち手に無数の結晶が突き出したその剣は、数日前の木の伐採で使ったのものと同じものだ。
それを息を呑む形で冒険者達は見守る。
「なんなんだあの剣は……。
今まで見てきたどんな剣よりも綺麗で恐ろしい」
「えぇそうね…一体いくらするのかしら」
思わずロサは魅入ったように剣を見る。
あの剣を見ているとなんだか引き込まれそうだ。
それほどに神秘的で、なおかつ悪魔のような悍ましさを兼ね備えた武器。
両者は同時に動き出した。
木の根は数の暴力を生かして袋叩きにするべく、周囲を囲んで雨あられの連続攻撃を放っていく。
大地が鼓で木の根がバチなのだろう。物凄い爆音だ。
「な、なんだこれは!?」
「うっ!」
思わずロサは顔を顰める。
けたたましい爆音が、恐るべき衝撃が、身体に吹き付けてくる。離れていてもこれほどの迫力なのだ、フェンリルの身体には比較できないほどの衝撃が襲っているだろう。
しかしよく見るとフェンリルはその全ての攻撃を躱していた。彼は大地をスケートのように滑っているみたく、滑らかに避けている。
そしてその演奏のお返しとばかりに一本一本の木の根をいとも容易く切り倒していく。自分やヴァルテルが渾身の力を出してもなお、切れる気がしなかったあの丸太のような根っこを、彼はゼリーのように軽々と切っているのだ。
「凄い、凄すぎるぞ……!」
巻き込まれれば瞬時に圧死するにも関わらず、そこにいた全員の冒険者が魅了されていた。ロサと同じように感嘆の声を漏らしている者さえいるほどだ。
しかしそれもすぐに我に返る。
なぜなら木の根によってフェンリルの剣が弾き飛ばされたからだ。
「まずい…!?フェンリルさん!!」
誰かが声を出した。
きっとその者はフェンリルが潰されると思ったのだろう。その予感は正しいのか、一本の根が彼へと襲う。
全員が悲痛な面持ちを浮かべた。
そしてロサも思った。例えフェンリルだろうと、武器を失ってしまえば潰されるに間違いないと。
しかしあり得ないことが起こる。
なんとフェンリルは重たい木の根を右手一本で受け止め、軽々と握り潰していったのである。恐るべき膂力と人間離れした反応速度、一体なぜそんな事を可能とできるのか。
「なっ…!?」
ロサにはこれが現実だとは思えなかった。
スキルも武器も使わずに振り下ろされる巨大な木の根を止める。一体どこからその力は来ているのだろうか。彼の拳は自分達の剣よりも強いのではないのか。
真の理解不能はむしろこれからだった。
彼の手によって抑えられた木の根が加速的に水分を失っていき、どんどん草臥れていったのだ。
大きく太い根っこは目に見張るペースで細くなってしまい、挙げ句の果てにはか細い老婆のように変貌を遂げた。
彼は大地を鷲掴みするかの如く木の根を引き抜いていく。
「おいおいマジかよ……」
姿を現したのは.それはそれは巨大な植物の化物。
顔は無いが、切り株のようなものが地中から姿を現し、その下には更に木の根のような生えている。
どうやら先ほどまで地上に姿を現していたのは木の根ではなく、この植物の頭の部分だったようだ。恐らくこれを使って動物に襲いかかるのだろう、自分達を襲った時のように。
軽く像が10体ほどの重さがあるのではないか、そんな化け物を彼は片手だけで軽々と持ち上げ、砲丸投げのように頭上へ掲げる。一体何をするのか、こちらが興味津々に見ていると彼はなんとそれをぶん投げた。
木の魔物はあっという間に姿を小さくしていく。
そして30km以上は離れているであろう遠い遠い山の頂上にピンポイントで落下していった。
虚空を一閃。剣に結晶が付いているせいで、空間そのものを切っているようにすらロサには見えた。
両手をポケットに入れてフェンリルは歩いてくる。
所在ないその仕草は初めから何事もなかったのよう。
「ふん、つまらん相手だ」
落ち着いた声が夜に響く。
それはまるでこちらに現れた時のような平坦な声。
到底戦っていた者が出す声ではない。
誰もが愕然として喋られない中、フェンリルはつまらなそうに話を続けた。
「馬車に揺られたままでは健康上に良くないと思って、軽いストレッチがてら相手してやったが、あまり意味はなさそうだ。それとあちらの山には誰もいないようだから安心しろ。では我は戻るとする」
たったそれだけ言うと、闇夜に溶け込むように彼は歩いていき、次第にその姿は見えなくなった。
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