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初々しい恋

「そういうとこがオマエらしくて良いと思うよ」


「なんだよ気持ち悪いな。

そんなことオマエに言われても……」


と、その時レトが二人の元に駆け寄ってきた。


「大丈夫二人とも?

……って、その奥の魔物は誰が倒したの!?」


「いやまぁ……」


「これはヴァルテルが倒したんだ。

みんなの為に、特にレトのために倒したらしいぜ」


「おいおい…別にそんな事俺は一言も言ってねぇよ」


悪戯な笑みを浮かべたロサの頭を優しく叩く。

だがヴァルテルも満更ではない表情を作った。


「……おっと、俺は他の人の援護に行くわ。

じゃああとは頼んだ」


「おい、ちょっと」


反射的にロサの肩を叩く。

しかし彼は何も言わずにニコッと、意味深なウィンクをすると走り去っていった。


……まったく、あの野郎っ。


なんて思うが本当に怒っているわけでははい。

どちらかというと自分の手柄を彼女に見せることが出来て、少しでも見る目も変わってくるのではないかと、内心どこかで期待している。


二人だけの空間でヴァルテルは恥ずかしげに、


「あいつの冗談は真に受けなくて良いよ。

全く俺としても、あいつが何がしたくてこんな事やってるのか分からないからな」


「……でも、この魔物はヴァルテル君が倒したんでしょ?」


「えっ…」


ヴァルテルはドキッとして目を背けてしまう。

彼女がより一層近寄ってきて、覗き込むようにこちらの顔を見てきたからだ。


「まぁ…まぁな」


おいおい顔が近い…しかし困った。

レトといるといっつも気まずい雰囲気になるんだが、それは俺が意識しすぎてるのか?

否定はできないが……。


リアネではあるまいしまさかとは思うが、意図的に愛嬌を振り撒いている訳でも、思わせぶりな態度を取っている訳でもないと思っている。それでもこうも近づかれるとやりように困ってしまうのが自分の悲しいところだ。


「ヴァルテル君は強くてカッコいいね」


「まぁそうだ…へっ?」


……うん?今なんて言った?


ヴァルテルは思わず素っ頓狂な顔をする。

今の彼女の言葉が聞き間違いでなければ、自分のことをカッコいいと言った。


「ごめん…もう一回言ってもらっていいかな?」


「えっ…さっきのこと?いいよ。

ヴァルテル君は強くてカッコいいねって…」


「か、カッコいい!?ほ、本当っ!?」


「えっ……。う、うん本当だよ。

ヴァルテル君は強くて魔物を倒すところがカッコいいから私は尊敬してるよ」


「……尊敬?」


「うん、ヴァルテル君のことは尊敬してる」


へー尊敬……なんだね。尊敬なんだ……。


意味もなく尊敬という言葉を心でリピートする。

普段なら他人から言われれば嬉しいであろう尊敬という言葉が、今の自分にはなぜか鋭く突き刺さった。


昔、ヴァルテルはどこかで聞いた事がある。

理解から最も遠い感情は尊敬だと。同じパーティーであり毎日のように顔を合わせているレトは、自分のことを全く理解していないのか。二人だけになると気まずいと感じていたのは、もしかして自分一人だけだったのか。先ほどの思わせぶりな言動も尊敬から来るものだったのか。


ヴァルテルは嫌な考えを振り払う。

いやいや、まだそう決まった訳ではない。

魔物を倒す自分の姿はカッコいいと彼女は言ってくれたのだ。ならばここで数多くの魔物を倒し、彼女にカッコいいところを見せようではないか。


そうだ。それが彼女を振り向かせる一番の近道。


「えっ、ちょっとどこに行くの?」


「俺らも残りの魔物を討伐の手助けをしよう!

さぁこっちに来て!」


「う、うん!」


はしゃいだようなヴァルテルに強引に手を取られたレトは走り出していく。しかし当のヴァルテルは気付いていなかった。彼女が繋いだ手を見て頬を赤く染めていることに。



△△△△



「ハァ、せいやぁ!」

 

飛びかかってくる魔物を最小限の一太刀で男は息の根を止める。カチャン…という金属的な音がゆっくりと辺りに響き、持っていた剣を納めた。


卓越した技術と今までの知見によって蓄えられた確かな経験を持つ彼こそ二等冒険者のハウル・クルージス。冒険者の中でも選ばれし者しかなれない二等級の一人だ。そんな彼にとってすれば野営を襲撃してきた魔物など取るに足りない。


問題は自分ではなく他の冒険者達。

彼らに少しで身の危険があればすぐにでも自分が助けにいかなければならないが、周囲を見渡してみると、どうやら鎮圧出来たようだった。


今は負傷者をキャンプに運んでいる最中。

どうやら被害は最小限で留めることができたらしい。


そんな事を考えているハウルに近寄ってくる二人の男女の姿がある。一人は腰に剣を携えた男性であり、もう一人は弓を背負った女性だ。恐らくこちらが戦っているのを見て駆けつけて来たのだろう。


ハウルはそんな彼らに手を振って、もう大丈夫だという風に合図をする。


「わざわざ来てくれて感謝します。

だけど敵はこの通り、全部倒せる事が出来ました。

被害も多少は出ましたが、ポーションや回復魔法を使える魔法使いの方々がいるので大丈夫かでしょうか」


「そうみたいですね。やはりというか流石です。

俺たちは星空龍ステラという冒険者グループをやっていまして、俺の名はロサ・パティシプル。

隣がリアネ・クルーシュです」


「よろしくお願いします」


と、ロサの紹介に乗じてリアネは頭を下げる。

それに続いてハウルもお辞儀をした。


「よろしくお願いします。

僕の名は先ほど言った通りハウル・クルージスと申します。クレイストという冒険者グループに所属しています。今は単独でこの依頼を受けていますが、元々は三人パーティーでやってます」


「クレイストって言ったらブルー・パレスで名前が知れ渡ってるチームですよね、そんな方と会う事ができるなんて嬉しいです」


リアネの言う通り、クレイストはブルー・パレス内の冒険者の中で非常に名前が知れ渡っているチームだ。なんてったってブルー・パレスにいる数少ない二等冒険者チームのうち一つなのだから、それも当然である。ちなみに一等冒険者はブルー・パレスに存在しない。国内規模見てもほとんどいないが。


「いえいえそんな大層な者じゃないですよ。

僕自身は平凡な身ですが、仲間達や多くの経験でやっとなれたって感じで……危ない!?」


ハウルは突如ロサ目掛けて猛ダッシュする。

そして、


「えっ…うぉ!?」


彼はなんとロサにタックルしたのだ。

バランスを崩した二人はそのまま地面に落下する。

しかしロサに怪我はなかった、なぜなら地面に叩きつけられる直前にハウルに抱き抱えられるように守られたから。


理解不能という風にロサは彼を見る。

しかしその直後、彼のとった行動の意味を理解した。


地面の底から唸るような轟音が起きたのだ。

それは先ほどまでロサが立っていた場所。そこから巨大な木の根っこのようなものが無数に突き出してくる。


「大丈夫ですか…怪我はありませんか?」


「すみません…!大丈夫です!

お陰で助かりました」


「今のは一体なんなのよ?」


三人は辺り一帯、どこも抜け目無いように見回しながら各々の武器を抜き放つ。一瞬のことでよく分からなかったが今のは魔物の奇襲。敵を殲滅し油断していたとはいえ、まるで音も前触れもなくやってきた。

当然ハウルが気が付いたのも周囲の地面が隆起してからの事だ、もしそこでよそ見をしていれば今頃ロサの命は無かっただろう。


「どこだ…一体どこから来る?」


「二人とも右です!!」


索敵能力が優れたハウルだからこそ気付けたものの、二人はまだ気づいていない。遅れてやっと二人はハウルに言われた右を見る。そこには先ほどと同様の巨大な根っこが生えていた。


「まずい、威力拮抗っ」


三人をまとめてすり潰すような極太の木の根がしなって振り下ろされる。そこにスキルを発動し、なんとか威力を掻き消したハウルが防いでいく。


「くっ…この力、私一人では到底持たないっ!」


なんとか剣を横にして競り合っているが、それもスキルが発動している間のみ。スキルの効果が切れてしまえば容赦なく叩きつけられるのは明確。そのスキルももうすぐ切れてしまう。


そこにロサが援護をする。

巨大な木の根を剣で叩き斬ろうとしたのだ。


しかし。


「なんだこれ硬すぎるぞっ!?」


剣は呆気なく弾き返され、同時に少し刃こぼれをした。


「これを喰らいなさい!!」


巨大な木の根に一本の矢が突き刺さる。

木の根はまるで意識を持っているかのように苦しんで地中へ潜っていった。


「すみません助かりました!!」


「気にしないでくださいっ!

危険な時は皆んなで手を合わせて立ち向かいましょう!!」


そう言ってリアネは矢筒から一本の矢を取り出し、すぐに打てるよう装填する。リアネが射ろうとしているのは(やじり)に毒がたっぷりと塗ってある細工付きの弓箭(きゅうせん)


それは除草の効果があり、植物系に対して強い効果を発揮する。いざという時のためにリアネは様々なタイプに特攻力を持つ矢を持ち歩いていたのだが、それが今効果を発揮しているのである。


「おい、大丈夫か!?」


ちょうどよく援軍がやって来た。

10名以上の、先ほどの戦いで負傷していないためにテントに戻っていなかった者達だ。

そこにヴァルテルとレトの姿もある。


ヴァルテルはロサの隣に並んで来て、


「なんだったんだ今の根っこは?

まるでイカみたいだったぞ」


「そうだな。まるで船の上にいるような気分だ。

俺たちの船はクラーケンに襲われてるのかもしれない」


「ハッハッ、まったくそうに違いない」


こんな状況下でも二人は冗談で笑い合う。

当然、周囲をくまなく警戒しながらの話だが。


「ところでレトとは上手くいったか?」


近くにいる彼女に気づかれないように耳打ちする。


「お前のありがたいお節介のせいで少しは進歩したがまだまだってところだ。だがな…彼女は言ってくれたんだ、俺が戦ってる姿がカッコいいってなっ!!」


ヴァルテルは駆け出し、突如地面から突き出した根っこへと斬りかかる。


「くっ!」


しかし人間よりも分厚い木の根をぶった斬ることはほぼ不可能に近いようで、表面でつっかえた。

それでもヴァルテルの青春謳歌の馬鹿力によって刃はどんどんと進んでいく。


「ファイヤー!!」


「スティンガー!!」


「これもあげるわっ!」


レトの炎魔法、冒険者の石魔法、リアネの矢弾がヴァルテルを後押しするように木の根へと着弾していく。

これには思わず効いたのか、木の根は少しぐらつきながらヴァルテルを叩き潰そうとしていく。


それに対してヴァルテルは横に一回転。

突き刺さったままの剣は捨てて、新たに懐から一本の小剣を取り出す。


「もう一本これでも食らえ!!」


木の根に対して深く深く小剣を突き立てる。

すると木の根は地面へ潜っていった。


果たしてこれが効果的なのかヴァルテルには全く分からない。なぜなら植物系の魔物は動物と違ってうめき声など全くあげないからである。それでもレトが自分のことを見てくれる、それだけでヴァルテルにとっては十分だ。



ただ、幸運は長く続かないが世の常。

彼らの命運はそこまでだった。


「……はっ?」


「っ、ぇ……」


全員が喋る言葉を失う。


現れたのは先ほどの一本や二本などという生ぬるい数を遥かに超えた、圧倒的な数々の根っこ達。太さも段違いで、先ほどのよりも二回り以上サイズアップしている。これはもう木の根じゃない、大樹だ。無数の大木がしなりながら、自分たちを囲んでいた。


ヴァルテルはその光景に近いものを見たことがある。作った木の(かご)の罠に、魚が入っている光景。

ピチピチと跳ねたところで逃げられる訳がないのに、無意味に抵抗する魚達のその姿は、まるで自分たちが置かれているこの状況と瓜二つだった。


「う、うそ…」


「こんなのはっ…」


「おいおい…嘘だろ。

こんなん一体どうやって対処しろって言うんだよ」


そのうちの一本がレトに向けて振り下ろされた。


「キャァ!?」


ボールのように彼女は吹き飛んでいく。


「レトっおお!!」


「おいっ!」


「レトっ!!」


三人は悲鳴に近いような声を発して、駆け寄る。

急いで確認すると、幸い彼女にはまだ息があった。

恐らく全身を強く打って、身体中の至る所が骨折しているだろう。だが命に別状はない。返事がないのは気絶しているからだ。


しかしそんなことはヴァルテルには分からなかった。

彼の瞳に映るレトはピクリとも動かないのだ。

だから心の中で最悪のシナリオが出来上がってしまい、


もしかして彼女は……。


「まずいなっ、早くレトを!!

……ぁぁあ!!レトがぁぁあ!?」


「おい落ち着けっ!」


狂乱する彼にロサが一喝。

するとヴァルテルは我に帰った。


「えっ…」


「お前が取り乱してどうする?

レトを救えるのはお前だけだ、だからどうか気をしっかり持て」


「……すまない。

今の俺は冷静じゃなくなってた……」


「気にするな」


「えぇそうよ、今こそ冷静に状況を把握するべきなの。取り敢えずこの場は私たちに任せなさい」


「あぁそうだ。ここは俺たちに任せろ。

偶然か不幸中の幸いだか知らねぇが、クラーケンは固まってるしな」


言われるままにヴァルテルは周囲を見渡す。

確かに彼の言う通り、木の根は一部たりとも動かずに止まっていた。そう、一部たりとも。

それはまるで怯えた子犬のようだった。


よく分からないが、レトを避難させる絶好の機会だ。


「ロサやリアナ達は大丈夫なのか?」


「えぇ私達は大丈夫よ。

他の冒険者の皆さんと協力してコイツを倒し、二人の下にすぐ駆けつけるわよ」


「そうだ心配すんな。だから早く行け」


「……あぁ分かった」


ヴァルテルは知っている。

このまま木の根と戦えば2人は無事で済まないことを。2人もそんなことは分かりきってきた。


それでもあえてヴァルテルに嘘を付いたのは彼らなりの優しさ。自分の大好きな人を守れという励ましなのだ。ロサとリアネは戦いの中でお互いを守り合う。

だから自分もレトという女性を守ろうではないか。


それが今の自分にできる精一杯である。


そう思ってレトを担ぎ野営地へ戻ろうとしたヴァルテルに、


「……その心配をする必要はない。

なぜならこれから我が相手をするのだからな」


と声が掛かる。静かな夜にその声はやけに通りが良かった。そちらを見れば1人の男性がこちらへ歩いてきていた。


杖をついた黒いタキシードの男性。

何より特徴的なのは帽子だろうか、顔が窺い知れないように深くハットを被っている。


その人物にヴァルテルは見覚えがあった。

かつてブルー・パレスで犯罪集団を蹴散らし、自分達を救い、吸血鬼が襲ってきた時は巨悪な首魁を屠った男性。


ブルー・パレス、いや王国で彼の名前を知らない者はいないだろう。


そう、彼こそが蒼翠のフェンリルである。



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